第7話 不思議な少女
僕はサラさんに別れを告げ、用心棒に礼を言い、下駄顔に戻ったセイラを連れてギルド酒場を出た。
女子と並んで道を歩くなんて、初めての経験だ。
「ねえ。アリスターが良かったら、私サラの顔になってもいいよ。サラのこと、好きだったんでしょ?」
「よしてくれよ。そんなことをしたら、女好きのバカどもに狙われちゃうから」
それに、緊張して疲れるからでもある。下駄顔のセイラだと、至近距離にいても安心していられた。
「でもさあ。私の素顔、実はサラより美人なんだよ」
「ホントに? さっきはもう憶えてないって言ったくせに」
「ウフフ。冗談よ。男って変だよねー。ちょこっと顔がいいくらいで緊張するなんて。問題はここでしょー」
セイラが人差し指で、僕の心臓をグリグリしてきた。問題はハートーーというセイラの意見に関して、僕にはいっさい異論はなかった。
しかしボディタッチに関しては、彼女と考え方が違うと感じた。
「そのー、あんまり簡単に、触らないでほしい」
「どうして?」
「それは、セイラが思ってるのよりもずっと簡単に、僕の心は乱れるから」
「どういう意味?」
「SSSランクのくせに、そんなこともわからないの?」
彼女は首を傾げた。まったくセイラは、謎だらけの女性だった。
【変容】というスキルを聞いたのも初めてだし、出逢っただけで僕のランクが上がったのも、初めて聞くような現象だった。
中でも最大の謎は、
「どうしてSSSランクの冒険者が、やることもなくてギルド酒場にいたの?」
この質問に彼女は、
「偏差値やIQが高ければ、必ずいい仕事にありつけるという訳じゃないでしょ? 私はまだ15歳で、学校を出たばかり。仕事も冒険もしたことがないのよ」
「えー、15かあ。もっと大人に見えたよ」
「わざとそう見せてるのよ。舐められないようにね。それに私、見た目に騙されない人を探してたんだ。そういう人はほとんどいないから」
「僕も騙されたよ。この四角い顔に」
「ううん。アリスターは、私の心を見てくれた。それで素敵と言ってくれた。だから私、あなたのためなら、地の果てまで行く決心をしたのよ」
全身に、ゾワッと鳥肌が立った。
「そんなことくらいで……ちょっと重いな」
「そんなことじゃないよ。男も女も、自分の心を見て評価してくれる人に出逢うために、人生という旅をしてるんだからさ。違う?」
やっぱりセイラは、全然15歳とは思えなかった。
「それにアリスターのスキルって、超貴重でしょ? そのスキルがSSSまでいったらどんなことになるだろうって、むちゃくちゃ興味があるの。ね、どうなると思う?」
「さあ。道端の石ころを見ても、眼福、眼福って言うようになるんじゃない?」
「なんだか、もっとずっとすごいことになりそうな予感がするの。超楽しみ!」
さっきは散々【眼福】を笑ったくせにと、少々ムッとした。
「じゃあセイラはさ、見た目とかスキルじゃなくて、僕の心をどういうふうに見てくれたの?」
「もちろん素敵よ、アリスターは」
「どんなところが?」
「まるで5歳の男の子みたいに純真。私思うの。どんなスキルを持つよりも、少年の心を持ち続けることのほうが、冒険者には必要なんじゃないかって。世界を変えるのは、きっとそういう人よ」
「大げさだなあ。世界を変えるだなんて」
「世界を変えた科学者も、発明家も、作家も画家も音楽家も、みんな少年の心を失わなかった人だと思う。だからアリスターも、ずっとその心のままでいてほしいな」
その心のままでいてーーそんなことは、生まれて初めて言われた。
「もっと大人になれよ、アリスター」
前の世界でもこっちの世界でも、思い返せば、世の中からずっとそういうプレッシャーを受け続けてきたような気がする。
それが逆に、
「少年の心を持ち続けて」
と言われて、ようやく自分が、自分らしく生きていいと肯定されたと感じた。
それはある意味【幸福】なことだった。
「良かった。僕は大人にならずに、この心のまま生きていいんだね?」
「そうよ。そのことにもっと自信を持って」
足取りが軽くなった。そうか、僕に足りなかったのは自信なんだ。それが自分にいちばん必要なことだったんだと、この不思議な少女に出逢ったことで教えられた。
(これはひょっとすると、ランクがFからBにジャンプアップしたこと以上に、大きな意味を持っているかもしれないぞ。セイラという女性は、僕に自信を注ぎ込んでくれるパートナーなのだ!)
やがて、街の外れまで来た。
「アリスターがもらった土地って、ずいぶん遠いの?」
「うん。〈イーゾ〉っていうんだけど、遙か北にあるんだ。まっすぐ行くとすると、山越えをしないといけない」
「私、馬に【変容】して、アリスターを乗せて行こうか?」
「まさか、パートナーを乗り物にはさせられないよ。今日は宿屋に泊まろう。ほかの宿泊客から、山で出るモンスターの情報を聞けるかもしれないしね」
冒険者専用の宿屋は、たいてい街外れにある。その宿屋も例外ではなかった。
「こんばんは。空きはありますか?」
宿の帳場で、まだ若そうな女性に訊くと、
「お一人様ですか?」
と訊かれた。いえ、2人ですと答えて後ろを振り返ると、
「ニャー」
白猫に【変容】したセイラが、澄ました顔で鳴いた。
「ペットは勘定には入れませんよ。旅のお供に連れているのですね。どうぞ、うちはペット持ち込みOKですから」
帳場の女性に部屋まで案内されるあいだに、セイラは可笑しくなったのか、ケラケラと笑った。
「え? その猫ちゃん、笑うんですか?」
僕はヒヤッとして、
「まさか。今のは僕の思い出し笑いですよ。ケラケラ」
なんとかごまかした。
「どうぞごゆっくり」
部屋に入ると、白猫のセイラはベッドに駆け上がり、
「1人分、部屋代が浮いたね」
やったぜと、肉球のある手(足?)でピースしたのを見て、セイラの本質もまた、イタズラ好きの子どもの心を失わない5歳の少女なんだと思った。




