第60話 異世界オリンピック
「あのー」
と、突然後ろから声をかけてきたのは、ボスを倒せばやってくる例のボッタクリ妖精、情報屋のドングリおじさんだった。
「どーも神出鬼没でスミマセン」
「そんなことはどーでもいいけど、また金をむしりに来たんだろ?」
「エヘヘ、こりゃまたどーも人聞きの悪い。このたびは、1万ポイントゲットおめでとうございます」
「なんだ、1千万ポイントじゃないのか。ぷよの得点とステージクリアの得点は別物なんだな」
「さっきはよござんしたね。ヒロインのお嬢さんと肌をお合わせになって」
「肌をお合わせって、妖精のくせに嫌らしい言い方をするんじゃないよ」
「気持ちよござんしたでしょ?」
「だったら何だ! お前に関係ないだろ!」
「あ、良かったんだ。妹みたいに思ってるはずの、15歳の女子の感触が」
「声が大きいぞ、黙れ!」
「旦那に教えてあげましょうか? あのお嬢さんが、旦那のことをどう思ってるか」
「旦那旦那言うけど、僕だってまだ17だぞ」
「この情報は、特別に100ptでご提供させていただきますよ」
「金をとるのか?」
「ヒロインの本音、知りたくありません?」
「そりゃあ、まあ……」
「わかりました、今回だけ、特典として、絶対に焦げつかない鍋も無料でお付けします」
「実演販売かよ!」
「さあさあ、耳をお貸しなさい。その前に100pt……あ、どーもあざーす!」
「早く教えろ!」
「ヒソヒソ、お嬢さんはですね、旦那のこと、好きでござんすよ」
「……マジで?」
「誘ったら、タダでゲットできますよ」
「変なことを言うな! そういうつもりはない。まだ」
「でもさっき旦那に抱かれたことで、あの女は開花されちまってやすよ」
「嘘つけ! セイラはそんな子じゃない!」
「開発されたがってやすよ」
「開発って何だよ。意味わかんない」
「知ってるでしょ?」
「知らないよ。何だ?」
「いずれ辺境の地へ行って、そこを開発する予定でやんしょ? そういうことでやんすよ」
「全然わかんないな」
「しかし旦那、追放された割には、彼女もできて充実ライフを送ってやすね。どうです、【眼福】のほうは磨いてやすか?」
「なんかいちいち、絡むような言い方をするな。そんなことより、次のステージの情報を売れよ」
「1万ptですけど、買いやすか?」
「買うよ。クリアのためだ」
「まいどあり〜」
胸がムカムカしたが、情報のあるなしは死活問題だったので、グッとこらえた。
「今回お売りする情報は、文章ではございません。こちらの品となっております」
と、情報屋が空中から取り出したのは、長さ30センチくらいの定規だった。
「何? 定規がどうした?」
「これがクリアの鍵です。どうぞお納め下さい」
手にとってみた。何の変哲もない、ただのステンレス定規である。
「まさか、こんなものが武器になるわけないし、何かの謎解きで長さを測ったりするのか?」
「まー、長さを測るっちゃー測りますけど、その定規で測ることはしません。だけど、定規なしじゃあとても勝てませんよ」
「謎めかすじゃないか。そこまで言うんなら教えろ。定規は何に使う?」
「ポイント残高0の方にはこれ以上教えられません。どうぞご無事で」
情報屋は消えた。
僕はパーティーのメンバーのほうを振り返った。
「今回の情報は定規だって。よくわからないけど、次の時代に行ってみよう。おっと、その前に」
セイラの手をとって、強く握った。
「え? 急にどうしたの?」
「だって、時の門をくぐろうとすると、毎回セイラはさらわれちまうじゃないか」
「守ってくれてるのね」
「こうやって離れなければ、安心だ」
「アリスターの手って、あったかいね」
「そう? 自分じゃわからないけど」
「あったかいって言うより、熱いくらい」
「ホント? 熱でもあるのかな?」
「おでことおでこをくっつけてみる? そしたらわかるよ」
「おでこ……ああ、試してみようか」
セイラが髪を掻き上げて、額を出した。僕はゴクリと唾を飲むと、同じようにして、額をセイラにゆっくりと近づけーー
「なんだか見てらんねーな、おい」
不意に鬼にどつかれて、僕は砂漠に倒れた。
その瞬間、
「キャー!!」
時の門から腕が伸びて、セイラが引きずり込まれた。
「チクショー! 毎回同じパターンだ。行くぞ、みんな!」
揃って時の門に飛び込む。
ギュイーン。
白い光が薄れると、あたりの光景が見えてきた。
「今度はどこだ?」
僕たちは広場にいた。そして広場の周りは高く盛り土がしてあり、そこに大勢の男女が坐っていた。
「久々に人の姿を見た気がするな。ちょっと情報を集めに行ってみよう」
土を固めた階段を昇って、盛り土に坐っていた男性に声をかけた。
「すみません、僕たちは、旅をしている者ですが」
その若い男性は、青鬼を見てギョッとした様子だったが、逃げはしなかった。
「な、何ですか?」
「この広場に、どうしてこんなに人が集まっているのですか? 何か見世物でもあるんですか?」
「えっ、知らないの?」
男は呆れた顔をした。
「今から10種類のスポーツをやって、チャンピオンを決めるんだ。総合優勝者は、お姫様と結婚できるんだぜ。すごいイベントだろ?」
男が指差したほうを見る。すると、一段高くなった場所に大理石の椅子があり、そこにはなんと、セイラ姫が坐っていたのだ!
「セイラ! うーん、どうやら催眠術でもかけられて、あそこに坐らされてるんだな。ということは、セイラを救い出すには、10種競技のチャンピオンにならないといけないのか。うわー、過酷だなあ」
無理だよ、僕は運動オンチのオタクなのに、と嘆きつつ、ふとこの状況が、古代オリンピックみたいだなと思った。
(……オリンピック!?)
その連想は、僕に閃きをもたらした。
(もしこれが、オリンピックとするならば)
情報屋から買った定規の使い方が、一瞬にしてわかった。




