第6話 SSSランク全開
しかし女子の笑いも、時に残酷なことがある。
好きでもないくせに、ガッツリ目を見て笑ってくるときだ。
そのとき陰キャの心臓がどれほど大きな音で鳴るかを、陽キャは決して知るまい。
死ぬかと思うほどである。
であるから、下駄顔さんが「一緒に旅してあ・げ・る♡」と言って笑いかけてきたとき、
(え、マジで?)
と思ったあと、
(僕のこと好きなの?)
という想像が頭の中を駆け巡り、【眼福】の話で盛り上がりながらも、ずっとそのことが胸を疼かせていた。
(もし好きになってくれたとしたら嬉しい話だ。顔なんて、この際あればいい。下駄でも草鞋でも構わない。だけど、僕のことを何にも知らないのに、いきなり好きになるか? ただ面白くて笑っただけじゃないか? そうだ、前の世界でも、よく意味もなく笑われることがあった。たぶんカッコ悪いからだ。それなのに、さも気があるような笑い方をするなんて……ああ、女子ってなんて残酷なんだ!)
胸が痛んだ。そうだ、サラさんも下駄顔さんも、僕が変だから笑っているだけだ。気なんか1パーセントもないのだーーそう思っても、まだ心臓のドキドキは止まらなかったが。
(でも下駄顔さんは、僕に興味があると言っていた。そりゃ女性としては、いささかサラさんの魅力には劣るかもしれないけど、自分に興味を持ってくれた人のことは気になる。サラさんと比べて話しやすいし、今はお互い好きまでいかないにしても、将来はわからない。もしかしたら付き合うかもしれない。でも冒険者同士の男女交際って、いったいどうやったらいいんだろう?)
わからないことだらけで、僕の頭はパンクしそうになり、脳が酸欠になってクラッとした。
「大丈夫?」
気がついたら、下駄顔さんに抱えられていた。
「貧血? それともさっきのフレアのせい?」
下から見上げた下駄顔さんの目。
その瞳の奥の輝きーー
【眼福】が、勝手に発動した。
そして知った。
「きみは」
驚きに、声がかすれた。
「本当は、下駄顔じゃない。その顔は偽物だ!」
さっきは見抜けなかったことが見抜けた。つまり僕の【眼福】は、この短いあいだにレベルアップしたのだ。
下駄顔さんが、感心したように言った。
「よくわかったわね。あなたの【眼福】、Fランクから一気にBランクになったわよ」
「どうしてーー」
「私に出逢ったからよ。私のレベルに反応して、あなたのスキルが引き上げられたの」
「いや、どうしてっていうのは、どうして僕がレベルアップしたのがわかったのかってことでーー」
「そんなの簡単。私、SSSランクだから。ちょっとした【鑑定】くらいは楽勝」
度肝を抜かれた。まさか、千年に1人しか現れないと言われるSSSランクに、生きているあいだに出会えるとは……
「きみはいったい、誰?」
「私の名前? アルファでもベータでもガンマでもいいわ。なぜなら私の固有のスキルは【変容】で、どんな姿にでもなれるから」
「どんな姿にもってーー」
「四角い顔にも丸い顔にも、男にも女にも、赤ん坊にも老人にもモンスターにもなれるの。さあいったい、どれが本当の私でしょう? ウフフ」
僕の目の前で、彼女の顔がまるでCGのように、様々な年齢や種族(つまりドワーフ族とか、コボルト族など)の顔になめらかに変化していった。
「どう?」
最後はティラノサウルスそっくりの顔で、牙をむいて笑った。
「その顔で歩いてたら、賞金稼ぎの荒くれ男たちが追ってくるよ。ねえ、本当の顔を見せてよ」
「ちょっとあなた、急に馴れ馴れしくなったんじゃない? 固有属性SSSランクのレディに、名前を訊いたり素顔を見せてって頼むなんてさ」
一瞬うっと詰まったが、ひるむことはなかった。
「だって、一緒に旅をしてくれるって言ったのはきみだよ。だから僕のスキルも教えたし、名前くらい言ってくれてもいいんじゃない?」
「デルタでもイプシロンでもゼータでもいいわ」
「ねえ、きみは仲間になるんでしょ? そんなこと言われたら、少しは好意があると思うじゃないか。それなのに名前も教えないなんて、きみのこと、残酷な人だと思っちゃうよ」
つい感情的になった。下駄顔に変身して騙されたことに、今さらながら、怒りが湧いてきたからでもある。陰キャにだって、プライドはあるんだゾ!
「ハッキリ言うよ。僕は四角い顔の女性のほうが、素顔を隠して近づいてくる女性より好きだね」
「そんなに怒らないで。もちろん私が、あなたに興味があるのは本当よ」
そう言った彼女の顔は、生後3か月くらいの赤ん坊になっていた。
「いつまで僕をからかうつもり?」
「だって私、元の顔なんて忘れちゃったもの。だから赤ちゃんになって、あなたに名前をつけてもらおうと思って」
そう言った彼女の顔はあどけなく、この世でいちばん無防備な生き物に見えた。
「ねえ。赤ちゃんだからって、抱っこしてチューなんてしないでね」
「しないよ」
「この姿の私をベビーカーで連れて旅したら、モンスターも襲ってこないと思わない? かわゆすぎて」
「たぶん世の中、そんなに甘くないよ」
そんなことをしても、せいぜいシングルファザーに間違われて、憐れまれるのがオチだと思った。
「さあ早く、名前をつけて」
「じゃあ……セイラ」
「セイラ? 由来は?」
「別に。とっさに浮かんだだけ」
たぶん、サラさんに近い音が、無意識に浮かんだのだろう。意味は何もなかった。
「あなたも自己紹介して」
「僕の名前はアリスター。きみと同じ固有属性で、ついさっきBランクになった」
「きみじゃなくて、セイラって呼んで」
「いいの? きみのほうがずっとランクは上なのに」
「当たり前でしょ。人間にどっちが上も下もないわ。そんなことより、早くあなたが追放された土地に行きましょう。私は旅がしたいのよ。あなたとね。ね、アリスター」
「うん。セイラ」
自分でつけた名前ながら、彼女をきちんと名前で呼んだとき、僕の胸にふと【幸福】という文字が萌した。




