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第5話 スキル【眼福】、女子にツボる

 意外な展開だった。


(……下駄顔さんが、僕と旅を?)


 彼女は四角い顔で、ニコニコと微笑んだ。


 このシーン。もし僕が、自分で自分のことをイケてると思っている陽キャ野郎だったとしたら、


「誰がテメーみたいなブスと旅するかよ!」


 と、ヒドいことを言ったかもしれない。しかし、優しいハートを持つ陰キャの僕は、決してそんなことは言わない。言葉がどれほど深く人の心を傷つけるかを、身をもって知っているから。


(確かにこの子は美人じゃない。だけど、それだからこそ僕とは釣り合うし、変に緊張しなくて済む。それに何と言っても、【眼福】で彼女が動物好きであることを知っている。例え顔が下駄でも、動物が好きなら素敵な人ではないか?)


「ありがとう。あなたみたいな素敵な人に仲間になってもらえて、嬉しいです」


 そう言って頭を下げると、サラさんと彼女が顔を見合わせた。


「素敵って、私?」


 下駄顔さんが、自分のぺちゃんこな鼻を指差して訊いた。僕はうんと頷き、


「動物が好きですよね? そういう人は、素敵だと思います」


 それを聞いて、彼女は四角い顎に手を当てた。


「やっぱり、特殊なスキルを持ってるわね。サラの性格を当てたり、私の動物好きを見抜いたり……ズバリあなたのスキルは、【鑑定】ね?」


「いえいえ、ちがいます。鑑定だったら、他人のステータスも視えますよね? でも僕は、サラさんが聖属性のSSランクだなんて、これっぽっちもわかりませんでしたから」


「じゃあ何なの? 教えて」


「人に言うほどじゃないです」


「何言ってんのよ。これからパーティーを組む仲間でしょ?」


 それもそうだ。


「えっと、僕のスキルは【眼福】といいます。ちっともバトルの役には立たない、ハズレスキルです」


「……眼福?」


 彼女は豆粒みたいな小さな目を、大きく見開いて言った。


「眼福って、サラみたいなキレイな子を、オジサンが見たときに言う言葉でしょ? 眼福、眼福って。それがスキルなの?」


「それだけじゃないです。美しい風景や、人助けなんかの心温まる光景を見たときにも使うし、それに僕は、オジサンじゃなくてまだ17です」


 ちょっと傷ついてそう言うと、彼女は大げさに手を叩いて笑った。


「眼福……可笑しい……ウケる」


「人のスキルがウケますか?」


「だって、ねえ、サラ?」


 サラさんもツボっていた。2人の女子は、あんまり笑いすぎて涙を流した。


 なんとも複雑だった。異世界を生き抜くには、自分のスキルを頼りにするしかない。だから一生、そのスキルを大切に磨いて成長していくしかないのだが、まさかそれが女子のツボに入るとは……


 男としては情けない話かもしれない。でもこのとき僕は、サラさんが笑ってくれるのなら、転生特典で【眼福】を与えられて良かったと思った。


「そうですか。ウケたのなら、良かったです」


 本心からそう言うと、女子2人は、さらに激しくお互いの身体を叩き合って笑った。


「ス、ス、スキル【眼福】って、ど、どうやって使うの?」


 笑いながら下駄顔さんが訊く。この笑い方は、たぶん2人とも箸が転んでも可笑しい10代だろう。


「【眼福】を発動させれば、その対象の隠された良い面が拡大されて視えます。例えばモンスターでも、中には性質の良いのがいるのです。後輩の面倒見がいいとか、義理人情に厚いとか。それがわかれば、バトルで倒さずに助けてやり、その見返りで、強いモンスターが出る場所などを教えてもらうことができます」


 サラさんが腹を抱え、足をバタバタさせて笑った。


「が、【眼福】を、は、発動させると、こ、こ、後輩の面倒見がいいモンスターが」


 下駄顔さんが最後まで言えずに、床に手をついてヒーヒー笑った。


「でもそれは、もしバトルで使うならの話です」


 僕は【眼福】を理解してもらいたくて、あくまでも真剣に語った。


「僕は正直、この世の中に、好きじゃないものがたくさんあります。どうしてこんなにバトルが多いんだろう。どうしてみんな仲良くできないんだろう。どうして優しい人が傷ついて、ズルい人がいい目を見たりするのだろう。そう考えると、この世界は何かが間違っていて、自分には合わないと感じるのです」


 2人の女子は、黙って聴いていた。まだ可笑しそうな顔はしているが、少なくとも、声を出すことはこらえていた。


「そんな気持ちに満たされたとき、【眼福】を使います。すると、この世界に隠された、たくさんの美しいものが視えてくるのです。そうなると、僕は我を忘れて呟いてしまいます。眼福、眼福と」


 下駄顔さんの口から、ピーッという音が洩れた。笑いを我慢したら、プーの音がピーに変わったのだろう。するとサラさんが苦悶の表情で、下駄顔さんの肩をピシッと叩いた。


「……あの、笑いたかったら、我慢しなくていいですよ」


 2人はブハーと息を吐いて笑った。


「まあ、他人から見たら変かもしれませんけど、僕にとってはこのスキルが必要なんです。もし【眼福】がなかったら、この世界で生きるのはしんどすぎたと思います。ハートの弱い人間にとって、世界というのはある意味理不尽で残酷ですから」


「弱いというか、優しいのよね」


 サラさんが、笑い涙を指で拭きながらそう言ってくれた。


「ありがとうございます。僕はついこのあいだも、理不尽にパーティーを追放されました。荒れ果てた辺境の地に行くように言われたのです。でも【眼福】があるから、絶望せずに、旅をしようという気になれました」


「どうして?」


 サラさんの問いに、心持ち胸を張って答えた。


「旅で【眼福】を使えば、まだまだ知らなかったこの世の美しいものを知ることができる。そうなれば、きっとこの世界を好きになれるだろうと思ったからです。どうですか、【眼福】も、なかなか捨てたもんじゃないでしょう?」


 僕は全然面白いことを言わなかったのに、女子2人はやっぱり笑った。


 まあいい。許してあげよう。


 女子の屈託のない笑い声を聴くことは、この世における、もっとも貴重で楽しいことの1つなのだから。


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