第41話 情報屋さんは突然に
「ジャック!」
僕は駆け寄った。金棒は頭を叩いていた。死んでもおかしくない勢いだった。
ジャックは目を閉じていた。息はしていたが、意識はなかった。
「大丈夫よ。私に任せて」
セイラが【ヒーリング】をした。すると30秒ほどで、ジャックがパチッと目を開けた。
「……む、何だ? めちゃくちゃ気持ちいいぞ」
セイラの【ヒーリング】は、相当レベルが高いようだ。
「ジャック、どうだ、気分は?」
「最高でーす!!」
僕はホッと胸を撫で下ろした。生きていたから【ヒーリング】で回復できたが、金棒の当たりどころが悪ければ死んでいた。もしそうなったら、誰も【復活】は使えないから、これが永遠のお別れになっていたかもしれないのだ。
僕は青鬼を睨みつけた。しかし鬼は悪びれる様子もなく、
「チビちゃん、あのおじちゃん変でちゅねー。最高でーすなんて、変な宗教みたいでちゅねー」
「バブー、バブー」
チビ鬼に甘ったるい声で話しかけていた。そうだ。すべての元凶はあのチビだ。あいつがいると、いつか必ずパーティーはバラバラになってしまう。
僕はキレた。
「おい、鬼! 仲間を殴るとはどういうつもりだ!」
「チビ鬼が唾を吐きかけたとか、言いがかりをつけたからだ」
「言いがかりじゃなくて、本当にチビがやったかもしれないだろ!」
「ふざけるな。こんな天使みたいな子が、悪いことをするはずがない」
呆れて物が言えなかった。【母性】覚醒モードに突入していた鬼は、すっかり盲目になっていた。鬼の子が悪いことをしなかったら、そもそも「鬼」じゃないのに……
「超可愛いー。正に鬼ー。鬼可愛いでちゅねー」
もう無理だ、と思った。鬼をリストラしよう。それ以外に、パーティーを救う道はない。
「そんなにそのチビが可愛いければ、2人で生きていけ。僕たちとはここで別れよう?」
「は? 何言ってんの。俺、あんたらの家来なんですけど」
「家来だったら言うことを聞け! 追放だ、追放!」
正直に告白しよう。
鬼に追放を言い渡したとき、僕はちょっぴり、いや、【超】気持ち良かった。
(いやー、他人に上から物を言うのって、こんなに気持ち良かったんだ。自分が隊長から追放されたときは最悪の気分だったけど)
「もう一度言う。追放だっ!」
快感にジンジンした。そうすると、自分ばっかり気持ちいいことに、少々申し訳ない気分が起こってきた。
「ねえ、ジャックも言ってみる? 追放だーって」
「え? 俺はいいよ。ケンカに負けて相手を追放するなんて、超ダサいし」
「ダサい? そうかな?」
「鬼ダサいっしょ。それに遺恨を残すぞ。鬼に恨まれるのは、圧倒的ヤバい感があるな」
「……追放、ヤバい? セイラはどう思う」
するとセイラはケモ耳をヒクヒクさせて、
「自分が追放されたとき、嫌だったんでしょ? 自分がされて嫌なことを、他人にしたらダメだよ」
ゴリゴリの正論を言った。僕はうなだれるしかなかった。
(そうだ。僕はどうかしていた。快感でジンジン痺れちゃうなんて、いつから僕は、こんなに性格が悪くなったんだろう。わかった。これもまたチビ鬼のせいだ。あいつに関わったから、知らず知らずのうちに性格が悪くなったのだ!)
「ごめんなさい」
僕の心の中の「鬼」は怒りに震えていたが、何とか「天使」が勝ち、青鬼に頭を下げた。
「追放は取り消すよ。でもこれからは仲間を殴らないって約束してくれ」
「ならそっちも、チビ鬼に優しくすると約束しろ」
「……わ、わかった」
「それに謝るんなら俺にじゃなく、チビちゃんに謝れ」
「……ごめんね」
「ごめんじゃねーわ。申し訳ございませんでした、だ!」
「ちょ、ちょい待ち。僕がこの赤ん坊に、申し訳ございませんでしたって言うの?」
「そうだ。いや、やっぱり、『このたびは不快な思いをさせてしまい、深くお詫びいたします。誠に申し訳ございませんでした』と言って20秒頭を下げろ」
「フザケんな! 不倫会見じゃないんだ!」
結局またキレてしまい、セイラにたしなめられた。
「ねえ、鬼さんの言うことに、いちいちキレちゃダメだよ。鬼さんには人の心がないんだから。ね?」
「は? いつ僕がキレた?」
「キレてたでしょ?」
「キレてないよ。僕をキレさせたら、鬼も大したもんですよ、ウン」
と強がって、嘘をついた。
「さあ、行こう。早くこの山を越えたいんだ」
と、気を取り直して言ったときーー
「ペッ!!」
チビ鬼が唾を吐き、それがシャワーのように広がって、僕の顔にかかった。
頭が爆発した。
「み、見たろ、鬼! こいつが今、唾を吐いたの」
「誰が何をしたって?」
「いやいやいやいや。絶対見たって。て言うか、僕の顔がびっしょり濡れてるだろ!」
「いや、サラサラだ」
「ビチョビチョだろーが! 顔を近づけて、唾の匂いを嗅いでみろ!」
鬼の顔が迫った。
「うーん。甘い香り。全部舐めちゃいたい」
「や、やめろ!」
鬼が舌をベローンと出したのを見て、僕は必死で逃げた。
が、あまりに焦っていたせいで、
ドン!!
と、木の幹に思いっきりぶつかってしまった。
「痛い! 額が割れた!」
おでこに手をやったが、割れてはいなかった。
割れたのは、何と、木のほうだった。
「アリスター、意外と石頭だね」
と言いながら、セイラが割れた木の幹を覗いた。
「この木って、中が空洞になってるよ。あれ……誰かいる」
誰かいる? 木のウロに?
セイラの後ろから覗くと、本当に、「誰か」がいた。
「あ、あなたは……」
ぽっかりと穴が開いた木の中に、ちんまりと坐っていたのは、ドングリそっくりの顔をしたおじさんだった。
「僕かい?」
ドングリおじさんは、茶色い頬をポリポリと掻いて言った。
「僕は情報屋さ。何か情報を買うかい?」




