第4話 恋をしました
サラさんの【ヒーリング】は圧巻だった。
僕の腸に、高山からの清冽な雪解け水が、奔流となって注ぎ込まれたようだった。
あっという間に小型のフレアは消えた。
そのあと雪解け水は、こんこんと湧き出る温泉に変わり、血管の隅々までをあっためた。
そうなると、フレアによって与えられた苦痛の記憶は消え去り、ただひたすら心地良さに包まれて、生きている悦びに満たされるのだった。
(うーん。人生捨てたもんじゃないぞ。バトルには負けたけど、その結果として、サラさんの【ヒーリング】を味わうことができた。これって、超ラッキーじゃない?)
「どう? 痛みは消えた?」
「あともうちょっと」
ささやかな嘘。僕の幸せが持続するだけの、誰にも1ミリも迷惑をかけない嘘だった。
しかし、
「ねえ、サラ。このふやけた顔を見てよ。もう痛い訳ないじゃん。男子ってこれだから嫌あね」
下駄顔女子がケタケタ笑い、サラさんが、僕のお腹からそっと手を離した。
嗚呼……幸せって、やっぱり永遠には続かないものですね。
「さあ、出てってもらおう。ここじゃバトルは厳禁なんでね」
床に寝たまま見上げると、陽キャ野郎が、酒場の用心棒に子猫みたいに首根っこをつかまれていた。
「冗談でしょ? 俺、バトルなんかしてないっすよ」
「言い訳無用。貴様がフレアを使ったのはわかってるんだ」
「勘違いですよ。やるマネしただけっすから」
「嘘つくなあ!」
用心棒が、トゲトゲの腕輪をはめた手で、陽キャの頬をフルスイングで殴った。
陽キャはカウンターまで吹っ飛び、中身の入ったグラスをいくつも割って失神した。
「俺は嘘と暴力がヘドが出るほど嫌いなんだ。どんな小さな嘘でも、俺の耳に入ったら許さない」
用心棒がそう言って、僕をギロッと見た。
僕はハッとして、とっさに「すみません」と土下座した。
「なんでお前が謝る? もうお腹は平気か?」
「すみません。全然痛くないです。申し訳ありません」
「お前は被害者だからいいんだよ。やられる前に助けてやれなくて悪かった。1杯奢るから好きなのを注文しろ」
どうやら用心棒は、僕の嘘(ずっとお腹が痛いと言ってたこと)には気づかなかったらしい。しかも恐ろしげな風貌に似合わず、性格がメッチャいい! こういう人と出会うと、やはりこの世を心底嫌いにはなれなかった。
「さあ、何を注文する?」
「いえ、僕は結構です。もし奢ってくださるのでしたら、こちらの方に」
サラさんを手で示した。するとサラさんが、クスッと笑った。
おお……
サラさんは、10人の男が見れば、10人とも美人と思うこと間違いなしの美人である。そういうお方に、
「この人、面白いこと言うわね」
という目で見られて、クスッと笑ってもらえるということほど、ゾクゾクする嬉しさがこの世にあるだろうか?
もっともっと、サラさんの笑顔が見たい!
「さっきは【ヒーリング】、ありがとうございました。まるで僕の体内で、温泉が湧いたようでした」
「ウフフ。温泉だなんて……面白い」
幸福すぎて、死にそうだった。
「僕って、バトルの能力がゼロなんですよ。完璧に無なんです。だから、誰か強い人が仲間になってくれないかなって酒場に来たんですが、ハッキリ言って、強い人はいても性格のいい人が少なくて。旅の友には、やっぱり性格がいい人がいいですからね。ところで、こんなことを言って誠に失礼ですが、サラさんって性格がすごくいいですよね? それを知ったときは本当に驚いて、眺めているだけで嬉しくなっちゃいました」
サラさんが口に手を当てて笑った。よし! ポイントゲットだぞ、アリスター! だけど、ここら辺で満足してやめておこう。もしもっとウケようとしてスベったら、ポイントを全部失うからな。
僕はサラさんに笑ってもらえた幸福を、大切な記憶として胸の奥深くにしまった。
「ねえ、この人、サラと一緒に旅したいって言ってるんじゃない?」
「とんでもない!」
下駄顔の女子に勘繰られて、大慌てで否定した。
「それはないです。もちろんサラさんは素敵な方で、こうして出会えたことは嬉しいですが、旅の友になっていただくのは無理があります。僕とはとても釣り合わないことは、自分でもよくわかっていますから」
そして、自分と釣り合わない女性を好きになってしまうことほど、苦しいことはないこともよくわかっていた。
「それにですね、ぶっちゃけ、美人と旅をしてたら、いろんな男から狙われます。そいつらからサラさんを守ってあげられる自信が、僕には100パーセントないのです」
僕の発言は、またしてもサラさんを笑わせた。笑わせるつもりではなかったが、それでもサラさんの笑顔を引き出せたことに、心の中で小さくガッツポーズをした。
「もし機会があったら、旅はしたいけど」
サラさんが、ドキッとすることを言った。
「今はこの町で、薬草の調合の仕事をしてるの。良かったら、万能薬を差し上げるので、ケガや病気をしたときに使ってね」
と、ポーチから小瓶を出して、僕の手に握らせてきた。
おお……
こんなふうに手を握るなんて……サラさん、陰キャはこれだけで、ズブズブの恋の沼に沈んでしまいますよおおお!!!!!!
たぶん僕は、今日から寝ても覚めてもサラさんのことばかり考えて、この手の感触を100万回でも思い返すことでしょうね。
と、小瓶を握ったまま茫然と立っていると、下駄顔の女子がそばに寄ってきて言った。
「あなた、どうやら特殊なスキルを持ってるわね。興味があるから、私が一緒に旅してあ・げ・る♡」