第39話 新メンバーはベイビー?
鬼のせいでろくに睡眠もとれなかったが、朝になってしまったので、
「どうする? 朝食にする?」
と声をかけると、みんな頷いた。
「俺が狩りをするから、料理は鬼に任せる。ラブちゃん、匂いで獲物のいる場所を教えてくれ」
ジャックが言った。するとセイラが提案した。
「私が小動物に【変容】して、獲物をおびき寄せてあげようか?」
「なるほど。アリスターはどうする?」
「僕は山菜でも採ろうかな。狩りはやったことないから」
「山菜の場所、ピヨが、空から、教える!」
ピヨちゃんがそう言ってくれ、役割分担が決まったとき、
「俺はキノコを集める。キノコ料理が、人肉料理の次に得意なのだ」
青鬼が自慢げに胸を叩き、僕らは谷を登り始めた。
「この地獄谷を登ると、また元の大きさに戻るんだよね?」
僕の問いに、鬼が頷いた。とすると、もう小人には会えないのかと思い、それはそれで寂しい気持ちになった。
「冒険の旅ってのは、ワクワクするけど、別れがあるから寂しいな。もっと小人のことをよく知りたかった」
「私も」
と、さっそくリスに【変容】していたセイラが、僕らの足元をチョロチョロ走りまわりながら言った。
「キツネさんにも、騙されはしたけど、また会えるといいな。喜怒哀楽ゲームみたいなこと、もういっぺんやってみたい」
「セイラはホントに動物が好きだなー。でも僕は、もう化かされるのはゴメンだ」
苦い思い出を、噛み締めたときだった。
「……ん? 何だ」
不意に青鬼が立ち止まって、耳を澄ませた。
「どこかから、子どものような声が聴こえたぞ」
「ホント? 鳥の鳴き声じゃなくて?」
僕も鬼に倣って耳を澄ませた。とーー
「あそこだ!」
ジャックが西の方を指差した。みなでそっちを振り向いたとき、僕も見つけた。
谷の斜面に繁ったヤブがごそごそ動き、その辺りから「ギャーギャー」という声が聴こえたのだ。
「確かに人間の、しかも赤ちゃんの泣き声みたいに聴こえるけど……」
小走りでそっちに向かっているあいだに、だんだん胸騒ぎがしてきた。もし人間の赤ちゃんだとしたら、とんでもないことだ。まさか……捨て子?
「むおう!?」
真っ先にそこに着いた青鬼が、仰天した声をあげた。鬼がこれほど動揺したところは、初めて見た。
「見ろ! 赤ん坊だ!」
恐れていたことが起こった。誰だか知らないが、この地獄谷に赤ん坊を捨てたやつがいたのだ。
なんてひどいことを、と唇を噛んだ僕は、鬼の抱き上げた「赤ん坊」を見て、「おや?」と目を見張った。
ギャーギャー泣く子の頭から、1本の角が生えていたのだ。
「……あのー、鬼さん。その赤ん坊って、ひょっとして、鬼の子?」
「もちろんそうだ。ひどい鬼もいたもんだ。子どもを産むだけ産んで、あとは地獄谷にポイだ」
捨て子には違いなかったが、それが鬼と聞いて、僕は少しホッとした。
「そうか。鬼同士で、子どもをつくったりするんだね。夫婦の鬼もいるの?」
「当たり前だ。男と女がいりゃ、それが自然だろう?」
「ごもっとも。でもそこは鬼だから、子どもに対する情愛なんてないんだね」
と言ったとたん、僕は鬼に喉をつかまれた。
「もういっぺん言ってみろ! こんないたいけな赤ん坊を愛せないなんて、そんなやつは鬼じゃない。鬼でなしだ!」
そう噛みつくように言って、僕の喉から手を放した鬼の目に、何かが光って見えた。
「あれ? 鬼さん……泣いてる?」
鬼はサッと顔を隠した。
「朝日がまぶしかっただけだ。鬼の目にも涙とか言ったら、マジ殺すぞ」
と、鬼の赤ん坊が、火がついたように泣いた。
「あーゴメンなちゃいねー。殺すって、このお兄ちゃんのことでちゅからねー。いい子だから泣かないでー、いないいないバァー!」
バァーの瞬間の鬼の形相は、普通の人間なら即心臓停止するほどのド迫力だった。
が、そこは鬼の子。
「キャッ、キャッ」
大喜びで笑い、手を伸ばして、鬼の顔に触れた。
「チビ鬼ちゃん、可愛い! 鬼さんに懐いてる!」
リスに【変容】したセイラが、僕の肩に乗って嬉しそうに言った。でも僕は、それに賛同できなかった。
「可愛いってのはどうかな。人間の感覚からすると、あの顔はどうも」
青鬼に抱かれたチビ鬼は、目は離れ、鼻は潰れ、口は耳まで裂けていた。それがキャッキャッと笑っても、僕には微塵も可愛いとは思えなかった。
「でもまあ、案外鬼としは、可愛いのかもしれないね。鬼のやつ、目に入れても痛くないって顔してるもの」
チビ鬼は、キャッキャッと笑いながら、鬼の目に指を入れていた。鬼はボロボロ涙を流しながら、されるがままにしていた。
「おい、鬼さん。いくら赤ちゃんが好きだからって、それはやらせすぎだ。ダメなことはダメってちゃんと教えないと」
しかし鬼は、忠告など耳に入らない様子で、世にも恐ろしい「バァー」を繰り返していた。
「あのー、鬼さん。もしかして、その子を育てるつもり?」
そう訊くと、青鬼は恥ずかしそうに顔を赤らめ、「ウン」と頷いた。
「マジかー。パーティーに赤ん坊が増えるとはなあ。しかも鬼の子で、むっちゃ不気味な顔してるし」
僕は気が進まなかったが、高い高いをしている青鬼を見ると、さすがにその子を置いて行けとは言えなかった。
「どうしよう、セイラ。鬼の子なんか連れて、大丈夫かな?」
「どうして?」
「だって、鬼として立派に育ったら、いつか人間を喰うでしょ?」
「そこは鬼さんが、教育してくれるんじゃない?」
「どうだろう。あいつ、子どもに激甘そうだからなあ……」
どうにも不安を抑え切れずにいると、セイラがあっと声をあげた。
「どうした? 何かあった?」
「アリスターの【眼福】、SSSランクに上がったよ! SSSランクっていったら、千年に1人じゃん!」
「本当? じゃあ僕、セイラに追いついたね」
嬉しさが込み上げてきた。と同時に、いいことを思いついた。
「そうだ。チビ鬼に【眼福】を使おう。あの赤ちゃんのいい面を視て好きになれば、この不安も消えるだろうから」
と、SSSランクに上がったばかりの【眼福】を、早速発動させてみると……
愕然とした。
チビ鬼に、いい面は1つもなかった。
それどころか、関わった者すべてを不幸のどん底に落とす最悪の存在であることが、ハッキリ視えてしまったのだ。




