第282話 大団円
召喚獣ガルムを背負った重みで、召喚獣ガルーダが沈んでいく。
その途中で、オークの特殊技【スローモーション】がかかった。
魔王が【スローモーション】を解いたとき、おそらく高度は、地上3000メートルから4000メートルのあいだだったろう。
そこで新型爆弾が爆発した。
僕のパーティーは、全員ガルーダの翼に乗っていたのだから、もちろん至近距離にいた。
(パーティーは全滅した……)
もしこれがゲームなら、画面にそう表示されるところだ。
プルトニウム型の核爆弾が爆発したのである。
陸軍大将のカンタローはこう言っていた。
「これが爆発しますと、その1秒後には,直径300メートルの火の球ができます。この火の球の表面温度は、約5000度にもなるそうです」
こうも言った。
「爆発と同時に大気が膨張し、爆風が起きます。シンが行なった実験では、爆心地から500メートル離れた場所で、秒速300メートルの爆風が吹いたそうです」
さらに言った。
「火の球の下にいる人間は、この爆風で吹き飛ばされるか、あるいは爆発の高熱により、一瞬で蒸発すると考えられます」
これが正しければ、僕らは一瞬で蒸発するか、吹き飛ばされていなければならない。
が、そうなってはいない。
確かに爆風は浴びた。
しかし、全員ガルーダの翼にしがみついていて、飛ばされることはなかった。
熱も感じない。
5000度どころか、上空の冷たい風にさらされて、寒いくらいだった。
火の球は、現れなかった。
(どうしたのだろう? 正常に起爆しなかったのか? それにしても、この距離で熱さも感じないとは)
何かがおかしかった。
魔王が何か手を加えたのだろうか?
が、魔王が僕らを殺しはしても、助けるはずはない。
僕は、新型爆弾が爆発した辺りを見た。
そこには、爆弾の残骸が散らばっているように見えた。
爆風はやんでいたので、僕は警戒しながら、ゆっくりとそっちに這っていった。
「……む?」
残骸と思っていたものを、近くで見ると違った。
それは、きちんと包装された箱だった。
箱はご丁寧に、赤いリボンで結ばれている。
そして、まったく同じ箱が、ガルーダの背中に何百と散乱していた。
「何だこれは。どこから出てきたんだ?」
独り言を言いながら、リボンを解いて箱を開ける。
箱には、容器に収められたプリンらしきものが、4個入っていた。
「これはいったい……」
絶句したとき、カエルがまだそこにいたことに気づいた。
魔王の変装した姿であるカエルが。
「おい、やりやがったな、眼福マスター」
カエルが、苦り切った顔をして言った。
「余計なことをしてくれたな。おかげでこの世界が、クソつまらない場所になっちまった」
僕は困惑した。
「何がなんだかわからないけど……僕は何もしていない」
するとカエルが、箱をつかんで放り投げた。
「お前、ナハナハの戦いで、弾丸を食い物に変えたろう。精霊の寄越したアイテムを使って」
カエルの言うとおり、アン湖の精霊からもらった【賢者の杖】を使ってそうした。でもその効力は、ナハナハ島でしか発揮されないはずだった。
「どうやらそれを見て研究した錬金術師が、この爆弾を造ったらしい。もしお前が余計なことをしなければ、今ごろ核兵器が何十万人も殺していたはずなのに。あーまったく、お前はとんだ疫病神だよ!」
アホの錬金術師……
(どうだ。我輩の発明した兵器はなかなかだろう?)
と言って、あの異世界のアインシュタインが、舌をペロッと出している顔が目に浮かんだ。
が、それでも僕は、まだ全然意味がわからなかった。
「これは……核爆弾じゃなかったってこと?」
「当たり前だ、このアホウ!!!」
カエルは狂ったように吠えた。
「シン国の大統領は、人を殺すより、お菓子をやったほうがいいと考えを変えちまったんだ!! だから錬金術師に、プルトニウム型爆弾じゃなくて、プリン爆弾をナン国にお見舞いしろと命令したんだよ!!!!」
僕は驚いて、ガルーダの翼から下を見た。
ナンの首都に向けて、無数の箱が落ちていく。
あの全部の中に、プリンのプレゼントが入っている。
戦争はやめて、仲良くしようというメッセージだ。
「つまらん。実につまらん」
カエルが嘆いて肩を落とした。
「爆弾の代わりにプリンを落とすなんて、フン、天使じゃあるまいし。人間には失望した。1億年生きてきて、これほどガッカリしたのは初めてだ。俺は別の世界に行く。人間がもっと残酷に、とことん戦争してくれる世界にな」
そう言い残して、カエルは消えた。
「……アリスター?」
セイラが僕の横にきて、箱からプリンを出した。
「これ、シンの大統領がやったって、本当?」
僕は肩をすくめた。
「みたいだね。魔王がそう言ってた」
「魔王はいなくなったのか?」
ジャックがそばに来て訊いた。
僕はまだ半信半疑だったが、
「この世界がつまらなくなったから、別の世界に行くって」
そう答えると、
「じゃあこれで、魔王の影響力はなくなるのね?」
オーガが目を輝かせた。するとルイベが、
「アリスター、眼福マスターになったの? さっき白く光ったのはそれで?」
魔王に眼福マスターになったと言われたとき、僕の身体は発光した。
「うん。もう光は消えたけど、どうやら僕、マスターになったみたい」
「スゲエや! これで世界は【幸福】になるんだ!!」
オークがガッツポーズをした。
でも僕には、まるで実感がなかった。
「これで一瞬にして世界が【幸福】になったかっていうと、正直自信がない。でも、人間は自分から戦争をやめたし、その優しさに失望して魔王もどこかに行った。だから、ここから【幸福】へのスタートが始まったのかもしれない」
「きっとそうよ。人間を信じて良かったわね、アリスター!」
セイラが輝くような笑顔になって、僕の腕をつかんだ。
「ねえ、眼福マスターになったら、【眼福】が1億個貯まるかもしれないって、前に言ってたでしょ? その【眼福】を、世界中の人に配りに行きましょう。1人に1個ずつあげるの。そうやって、みんなが眼福、眼福って言って暮らしたら、世界はすっごく素晴らしい場所になるわ。さあ急ぎましょ。私たち、また新しい冒険の旅を始めるのよ!!!!」




