第272話 聖断よ、ふたたび
実は地球のニッポンでも、よく似たことがあった。
終戦時の首相であった鈴木貫太郎が、総理官邸で行なわれた記者会見で、
「ポツダム宣言は黙殺する」
と、記者に対して答えたのである。
この「黙殺」のニュアンスを、どう解釈するか?
ポツダム宣言の内容は、その前に発表されたカイロ宣言と大きく変わることはないので、「黙って今は返答しないことにする」という意味で鈴木首相は言ったのかもしれない。
しかしこれは、海外の通信社の翻訳者たちに「拒絶」と訳された。
そしてこの「誤訳」により、アメリカは原爆投下を決定し、ソ連の参戦に口実を与えたと言われている。
だとしたら、たった1語の「誤訳」としてはあまりにも代償が大きすぎる。
しかしーー
「黙殺」は、やっぱり「黙殺」である。
聞いたけど無視、無視、という態度をとることを、黙殺と呼ぶのではないだろうか?
したがって、「お前らの宣言は黙殺する」などと言ったら、「あいつ拒絶しやがった」と相手に思われても仕方がない。だからこれは、「誤訳」であるとは言い切れないと思うのだ。
ともかく、結果として原爆は落とされ、ソ連には参戦された。
ヒロシマに原爆を投下された2日後の、昭和20年8月8日に、ソ連は中立条約を一方的に破棄して宣戦布告し、戦力の低下していた満洲国・朝鮮半島北部に襲いかかった。
もはやこれまで、である。
そして8月9日にはナガサキに原爆を落とされ、その日の夜に皇居に造営された防空壕で開かれた御前会議で、ついに天皇陛下による「聖断」が下った。
一部を抜き出すと、およそ次のような内容である。少し長いが、ぜひ最後まで読んでいただきたいと思う。
「大東亜戦争が初まってから、陸海軍のしてきたことを見ると、どうも予定と結果が大変に違う場合が多い。今陸軍、海軍では、先ほども大臣、総長が申したように、本土決戦の準備をしており、勝つ自信があると申しておるが、自分はその点について心配している。先日参謀総長から九十九里浜の防備について話を聞いたが、実はその後侍従武官が実地に見てきての話では、総長の話とは非常に違っていて、防備はほとんどできていないようである。また先日編成を終わったある師団の装備については、参謀総長から完了の旨の話を聞いたが、実は兵士に銃剣さえ行き渡っておらないありさまであることがわかった。このような状態で本土決戦に突入したらどうなるか、自分は非常に心配である。あるいはニッポン民族は、みな死んでしまわなければならなくなるのではなかろうかと思う。そうなったら、どうしてこのニッポンという国を子孫に伝えることができるか。自分の任務は祖先から受けついだこのニッポンを、子孫に伝えることである。今日となっては、一人でも多くのニッポン人に生き残っていてもらって、その人たちが将来再び立ち上がってもらうほかに、このニッポンを子孫に伝える方法はないと思う。それにこのまま戦を続けることは、世界人類にとっても不幸なことである。自分は明治天皇の三国干渉のときのお心持ちも考え、自分のことはどうなっても構わない。堪えがたきこと忍びがたきことであるが、この戦争をやめる決心をした次第である」
これを地下10メートルの防空壕で聞いていた、最高戦争指導会議の構成員らは、号泣したという。
そしてこれによって、ようやくニッポンは終戦に向けて動き出すことができた。
ただし、
「このポツダム宣言の諸条件の中には、天皇の国家統治の大権を変更する要求は、これを含まないものと諒解するが、この点について明確なる返事をしてほしい」
という留保をつけて、ポツダム宣言を受諾する用意があることを、中立国を通して連合国に通知することになった。いわゆる「国体護持」を唯一の条件にした、終戦決定である。
さて。
異世界でも、これを再現できるだろうか?
何しろグリアム王は、「アホの中のアホ」である。
誰よりもアホであるがゆえに、国民に慕われ尊敬されてはいる。
が、実際にグリアム王に【変容】したセイラが、
「余はどうなっても構わないから戦争をやめよ」
と軍人たちに言っても、局地的な戦闘はともかく、戦争自体は終わらなかった。
(さてどうしよう。ポッチャリ宣言を「シカト」したと誤訳された今となっては、新型爆弾投下のカウントダウンが始まったも同然だ。すぐにも最高戦争指導会議を開いてもらって、ポッチャリ宣言受諾を決定してもらわないといけない。でなかったら、それこそナン民族は滅亡し、世界人類は【不幸】になってしまうが……)
僕は声もなく、ただMCヤマーやヘラズグチ中将やシオ中将の顔を見つめるばかりだった。




