第267話 初めての夜
僕とセイラは結婚した。
するとジャックがしきりに、
「初夜はどこで過ごす?」
と訊いてきた。
「そんな」
僕は首を振った。
「今は戦争中だ。そういうことは、もうちょっと落ち着いてからでいい」
「ダメだ」
なぜかジャックは引かない。
「それでは初夜と呼べん。戦争中だろうが何だろうが、とにかく今夜決めろ!」
僕は、アイリンに別れを告げ、仲間たちと森から出た。
そしてナハナハの地を歩き回り、陽が傾くころ、ようやく一軒の宿屋を見つけた。
「今夜はここに泊まろう。明日には、本土に向けて出発する」
「おい、リーダー。明日の出発はどうでもいいから、今夜しっかり出発しろ。いいな?」
どうしてジャックは、人のことをそう心配するのだろう?
「いらっしゃいませ」
と挨拶をした宿屋の女将にも、
「この2人は新婚だ。初夜用の部屋に泊めてやってくれ」
と、赤面ものの要求をする始末。
「は? 初夜用でございますか? そうしますと……音が外に漏れない部屋がよござんすね?」
「いや、普通の部屋でいいよ。別に大声なんて出さないから」
僕が恥ずかしさで消え入りそうな声で言うと、
「おい、アリスター。何でそんなことがわかる。つい相手が大声を出すかもしれないだろ?」
「いちいちうるさいぞ、ジャック。セイラも僕も声なんて出さない!」
「バカやろう! 出せ!」
危うくケンカになるところを、オーガが割って入ってくれた。
「まあまあ。もし声が漏れたら、ワタシたちが騒いで掻き消してあげるから」
じゃあ声に耳を澄ますつもりだな? 意地でもサイレントでいてやる!!
女将が部屋に案内して、言った。
「ここでしたら、宴会場が近いので、声がまぎれるかと存じます」
「てことは、宴会の声が聞こえるのか。逆に落ち着かないな」
僕がそう言うと、
「贅沢言うな。どうしたって声は出るんだから、シーンとした部屋よりはいいって」
ジャックはなかなかしつこい。
「おい、女将。大浴場はあるか? もしあったら、新婚の2人に貸し切りにしてやってくれ」
ジャックが妙な頼みをするので、僕は慌てて、
「いや、いいよ」
と断わったが、
「よろしゅうございます。では今から30分だけ」
女将が頼みを聞いてしまった。
「ほら急げ、行ってこい!」
僕とセイラは大浴場に向かった。しかし、
「え? マジで一緒に入るの?」
僕は心の準備ができてなかった。でもセイラは、
「ベルマのチンチロゲ風呂に入って以来だね。憶えてる?」
嬉しそうに言った。
「あのときセイラはグリアム王に【変容】してたからなー。しかも何万人もの兵士と一緒だったし」
「また【変容】してもいい? じゃないと恥ずかしい」
「もちろん。何に【変容】する?」
「お猿さん!」
猿かー。ラウール4世を連想しそうだな。
僕と「猿」は、大浴場に入った。
猿ははしゃいで、キャッキャと床を走り回った。僕はいちおう腰にタオルを巻いた。セイラの前で堂々と出すのはまだ抵抗があった。
するとーー
「どれ、背中を流してやろう」
ジャック、オーガ、ルイベ、オークが、ドヤドヤと入ってきた。
「おい、何だよ。貸し切りのはずだろ!」
タオルで隠そうともしない4人の全裸姿に、僕は呆れた。
「まあ固いこと言うな。あ、さてはもう固くなってるな?」
最低のジョークを言うジャック。しかし僕はそんなことより、オーガとオークの全裸に目が釘付けになっていた。
2体の鬼は、まるで脚のあいだから金棒をぶら下げているようだった。
「ジャック……お前の嫁さん,なかなか立派なものを持ってるな」
「おう。鬼のパンツから、しょっちゅうはみ出してるぞ」
オーガとオークがしゃがんで身体を洗い出すと、床に「金棒」がベチャッとついた。キタネー。
「ねえねえ」
絶対隠さない女、ルイベが言った。
「みんなは、いちばん最初にどこを洗う? 私はアソコ」
ルイベはガシガシ洗い始めた。同じところをいつまでも。
僕はアホたちをほっといて、猿のところへ行った。
「どうだい、お猿さん。湯加減は?」
「最高ウキー!」
「じゃあ僕も失礼して」
猿の横に身を沈めた。すると猿が、ピタッと身を寄せてきた。
「ウキキ、幸せ♡」
「ゴメンね、セイラ」
「何でゴメン、ウキ?」
「ご両親にも挨拶してないし、指輪もあげてないし、ウェディングドレスも着せてあげてない」
「そんなことはいいウキ! 新婚旅行をしてくれてるウキ!」
「これが新婚旅行でいいの? 戦争中だけど」
「アリスターと一緒なら全部新婚旅行ウキ! だからこれからずーっと、一生新婚旅行ウキよ!!」
嬉しいことを言ってくれる。僕は猿にいい子いい子した。
さて。
風呂から上がった僕らは、宴会場で夕食を食べた。
「歌を歌おうぜ!」
ジャックとオーガが、余興でデュエット曲を披露した。曲目は、「100万回転生した鬼」、「異世界ブルース」、「追放されても愛してる」など。
「ほら、新婚さんも唱え!」
ジャックに強引にマイクを渡されて、僕とお猿さんも、「君はモンキー」、「恋のウキウキ」、「赤い尻の彼女」を唄った。
そうこうしているうちに、寝る時間になった。
「じゃあな、お二人さん、ごゆっくり!」
僕とセイラだけ、宴会場の隣の部屋に残された。
はてさて……
初夜って、いったいどうしたらいいの???




