第263話 【賢者】の知恵
3つの願い事のうち、2つまでを無駄に使ってしまった。
残りは1つ。
たった1つの願い事をするだけで、
①戦争がなくなること。
②人々が愛し合うようになること。
を、実現しなくてはならない。
これは難問だった。
なぜなら「戦争が終わるように」と願っても、効力が発揮されるのはナハナハ島に限定されているので、むしろナハナハの戦いが終結することによって、本土決戦の到来が早まってしまうのである。
「いやー、難しい。僕は【賢者の杖】に、何をお願いしたらいいんだろう?」
「そんなことより」
明らかにムッとした顔で、ジャックが言った。
「アリスターが『カレーを食べたい』なんて願ったせいで、ナハナハじゅうにカレーの雨が降ったんだぞ。これをどうやって掃除するつもりだ?」
確かに見渡すかぎり、どこもかしこも茶色くべったりとしたもので覆われていた。
「あれは願い事のつもりじゃなかったんだけどな。【賢者の杖】っていう割に、人の気持ちを全然読めなくて困るよ」
「グチっても遅い。〇〇したいという言葉に自動的に反応する、融通の効かない機械みたいなアイテムだと思うしかないな」
「気をつけよう。うっかりすると、カレーを片付けることに最後の願い事を使っちゃいそうだ」
とはいえ、願い事を使わずに、ナハナハのカレーをすべてなくすことは不可能だった。
「雨が降っても、このスパイシーな匂いと色は落ちないだろう。仕方ない、島民には僕が謝って歩くよ」
するとセイラが、
「降ったのがカレーで、爆弾でなくて良かったね」
と言った。
それを聞いた瞬間、僕はそれこそ、頭上で爆弾が破裂したような衝撃を受けた。
「い、今セイラ、何て言った?」
「え? 私、何か言った?」
「降ったのが、カレーで良かったって言ったろ?」
「ていうか、爆弾だったら、被害はこんなもんじゃ済まなかったでしょ?」
もちろんそうだ。そしてもうそろそろ、シンのB31スペシャルがやって来て空襲が始まるかもしれない。
「セイラ、きみは天才だ! 最高だ!」
僕はセイラの手をとって、グルグル回した。セイラは人形のように回されながら、僕を憐れむように見た。
「かわいそうなアリスター。この世を救うというデカすぎるプレッシャーに負けて、とうとう気が狂っちゃったのね」
「アハハハハ、ダメだよ、セイラ〜。狂うなんて言葉は放送禁止だぞー」
「アリスターこそ何よ。さっきからアン湖見たいとかアン湖に入りたいとか連呼して、あれこそ放送禁止でしょ」
「違う違う。湖の名前だもん。変なこと考えちゃ困るなー。何を連想したの?」
「答える必要なし」
「アハハハ、僕は幸せだなー。セイラがいて、アン湖も見れたら、もう望むものはないよ」
「バカ! くっつけて言わないで! 私が何か見せたみたいでしょ!」
いやー、女の子を相手にふざけるのは、実に楽しいですね〜♫
と、その幸せな最中に、
ウーーーーーーーー、ウーーーーーーーー!!!!
この音は!?
「空襲警報よ!!!」
オーガが叫んだ。
「シンの飛行機が来るぞ! たぶんB31スペシャルだ!」
オークも叫ぶ。
ついに来た。
無差別大量殺人の始まりだ。
軍人を殺し、
民間人を殺し、
老人、病人、ケガ人を殺し、
女、子どもを殺し、
妊婦も赤ん坊も殺すのだ。
あと数分で、ナハナハは地獄に変わる。
「セイラ」
僕はセイラを抱き寄せた。
「ところでセイラは、死ぬ前に何を食べたい?」
「ちょっと、アリスター」
セイラが僕を押しのけた。
「ふざけてる場合じゃないでしょ。その杖で、早く戦争を終わらせてよ」
「まあまあ。さっきは僕の好きなカレーを降らせたから、今度はセイラが食べたいものを注文しようかなーと思って」
「バカッ!!」
セイラの平手打ちが頬にとんだ。
「罪のない大勢の人が殺されようとしているのよ! それなのに、何で食べ物を注文しようとしてるの!」
「それは、セイラがヒントをくれたからだ」
僕は【賢者の杖】を掲げた。
「これを持ったから、僕も【賢者】になったのかもしれない。すごく頭が冴えてるんだ」
「貸して。もうアリスターには使わせない」
「いや、信用してくれ。降ったのがカレーで爆弾じゃなくて良かったって聞いて、素晴らしいアイデアを思いついちゃったんだ」
「…………」
「あれ? それは何って訊かないの?」
「聞くのが怖い」
「まだ信用してないなー、僕は賢者だぞー」
「おい、いい加減にしろ!」
ジャックが怒った。
「グズグズしてると、本当に人が死ぬぞ。1人も死なさずに戦争を終わらせるのが、俺たちの大目標だったろ!」
「おお、ジャック。お前の好物は何だ。注文してやるぞ」
ジャックは後じさり、頭の横でクルクルパーとやった。
「ルイベはどうだ。何を食べたい。でっかい松茸か?」
ルイベが黙ったので、僕はくだらない下ネタを言ったオヤジみたいになってしまった。
「答えたくないならいい。ナハナハ島の人たちや、軍人さんが好きなものを頼むことにするから」
南のほうから、B31が飛んできた。たぶん数十機は来る。空襲と同時に戦艦も攻めてきて、一気にシン兵が上陸してくるかもしれない。
仲間たちが、険しい顔で空を見上げる。
その後ろに僕は立った。
「じゃあいよいよ、最後の願い事をする」
僕は【賢者の杖】についた石をさすり、天に向かって差し延べた。
「ナハナハの戦いで使用される爆弾を、全部みんなの好きな食べ物に変えて下さい!!!」




