第259話 いざ、悲劇の島へ
「どうしたの?」
セイラの声に、ハッと我に返った。
「何か考え事してたみたいだけど」
そのとおりだった。今僕らのパーティーは、召喚獣ガルーダの翼に乗り、ナハナハ島に向かっているところだった。
戦局が、いよいよナン国にとって深刻になり、何とかしなければナハナハの民間人が多数犠牲になるという、一刻の猶予もならないときだったのだ。
それなのに、
(運命のイタズラで、またアイリンに会えるだろうか)
などという甘い空想に、どっぷり浸っていたのである。
(僕には今、セイラという彼女がいる。ゆくゆくは結婚も考えている。そんな状態でバッタリ会ったら、あの子にどんな顔をしたらいいのだろう?)
と、まだ起きてもいないことを心配して、無駄な気を揉んでいる自分に、
(しっかりしろ! 事態はそれどころじゃないんだぞ!)
言い聞かせてはみるものの、
(またいつか、ニーニーに会える。そう信じてる)
というアイリンの凛とした声が、耳にありありと甦ってくるのだ。
「アリスター、ナハナハを心配しているのね?」
セイラは勘違いしていたが、言われたことは本当だったので、
「うん。実はーー」
と、転生前の世界の話をした。
「僕が昔いた地球のニッポンで、オキナワ戦というのがあった。そのオキナワとナハナハが、すごくよく似ているんだ」
正直、オキナワ戦については語りたくなかった。
あまりに悲惨すぎるからだ。
ニッポン側の戦死者は約20万。戦死者数というものはたいてい諸説あって、どの数字が正しいかは決められないが、この20万のうちの半数は民間人だったようである。
「オキナワでは、一般の県民も戦わなくてはならなかった。ニッポンの兵隊は明らかに足りなかった。その兵隊だって、ほとんど少年みたいな隊員を片道燃料の飛行機に乗せて、次々と特攻に送り出す状況に陥っていた」
ニッポンの陸軍は、来るべき本土決戦の準備をしていた。その時間を稼ぐために、オキナワで敵を少しでも長く食い止める。だから勝つというよりも持久戦ーーできるだけ粘って死んでくれという戦であった。
「オキナワではあらゆる人が犠牲になったけど、よく語られるのが少年少女たちだ。鉄血勤皇隊なんていう少年兵部隊とか、ひめゆり学徒隊なんていう、従軍看護をする女子学徒隊が組織されたりね。そのほとんどが死んだ」
僕は口を閉ざした。それ以上、言葉は出て来なかった。
「そうなんだ」
セイラも、口数が少なかった。
「ナハナハが、そうならないようにしないとね」
「うん」
ガルーダは、青い空を一直線に飛ぶ。
* * *
やがて、ナハナハ島が見えてきた。
僕たちは、北側の海岸に降り立った。その辺りの防備が手薄に見えたからである。
すると、
「ヤー!!」
まだ10歳くらいの頬っぺの赤い少年が、竹槍を構えて突進してきた。
竹槍の切っ先は、オーガの腹に突き刺さった。
「ウガー!!!」
オーガが咆えた。すぐにセイラが【ヒーリング】をかけたが、オーガはいつまでも腹をさすっていた。
「子どもにやられると、何だかこたえるわね。切なくて」
オーガがぽつりと言うと、
「すみません!」
ナンの国民服を来た男性が走ってきて、竹槍を持った子の頭をポカリと叩いた。
「コラ! いきなり何をするんだ!」
「だって父ちゃん、鬼畜シン兵が上陸したら、竹槍で戦えって言ったじゃないか」
「このお方は鬼畜じゃない。よく見ろ、鬼だ!」
オーガは恥ずかしそうに、手で角を隠した。
「どうも失礼しました。子どもには常々、シン兵は鬼だと教えていたものですから。まさか本物の鬼さんが上陸するとは思わなかったので」
「いえ、気にしないで下さいな」
オーガはそう言ったが、僕は黙っていられなかった。
「失礼ですが、あなたは民間人ですよね?」
「そうです。ナハナハで農業を営んでおります」
男性が丁寧に答えた。
「しかし、もはや民間人だから戦わないなどと言ってはいられません。ナン兵の何倍ものシン兵が、着々とナハナハに向かっているのです。我々には自分の身を守り、また本土に敵が上陸するのを防ぐ責任があります」
「いえ、その責任があるのは軍人です」
僕は暗澹たる気持ちで言った。
「しかも、こんな幼い子に竹槍まで持たせて……そうまでして戦争をやる義務はありませんよ。もし敵が来ても、どうか逃げて下さい」
「とんでもない。私は生まれこそナハナハですが、ナン人であることに誇りを持っています。ナン国のために命を捧げることを、少しも惜しいとは思いません」
昂然と胸を張る男性を見て、僕はもう何も言えなかった。
「……鬼さん、ごめんなさい」
少年はしょげていた。オーガは膝をついて少年と目線を合わせ、
「鬼ごっこして遊ぶ?」
優しく言った。
少年の目は輝いた。
「うん!!」
「よーし、それじゃあワタシとオークが鬼よ!」
オーガとオークが金棒をかざし、少年を追いかけた。
少年は全速力で逃げた。本物の鬼2体が迫り来る恐怖に、絶叫して泣きじゃくりながら。
リアル鬼ごっこかよ……懐かしいな!!!




