第252話 謎の女、ヒミコ
ラウール4世!
神出鬼没、変幻自在、正体猿顔の世紀の大泥棒!!
「サイン下さい!!」
思わず正座して言ったら、ラウール4世は茶目っ気たっぷりに、
〈ラウール4世参上。お宝頂戴します〉
と、僕の服にペンで書いてくれた。
「わー、感動だ。ぜひスキル【変装】を見せて下さい!!」
「お安い御用、ほい、くるりんぱ」
顔の前で手をパッパとやると、汚らしい老人が、一瞬にしてドラキュラ伯爵に変わった。
「わっ! 血を吸われるぅ!」
「はい、くるりんぱ」
今度はフランケンシュタイン。
「殺さないでえ!!」
「くるりんぱ」
妖怪ぬりかべ!
「出たー!!!」
僕は腰を抜かした。するとぬりかべはノホホと笑い、
「こんなのは朝メシ前さ。この前は目玉のおやじに化けて、レディのドレスに潜入しちゃったもんね〜」
「マジですか!?」
「マジマジ。襟元から入って、胸の2つの膨らみのあいだを大滑降、へその丘でダブルマックツイスト1260を決めて、お股の大草原に見事着地! あの冒険は痛快だったなー」
僕は床に額をすりつけて懇願した。
「弟子にして下さい!」
「バカ言っちゃあいけない」
ぬりかべが、眉を曇らせた。
「将来ある若者が、泥棒の弟子なんかになるんじゃないよ。ところであんちゃんは」
「アリスターといいます」
「アリスター君は、どうしてタイラー伯爵に捕まったの? コソ泥にゃあ見えないが」
「はい。アイリンお嬢様を救うために潜入しました」
僕がこれまでのいきさつを話すと、ラウール4世は汚い老人に戻り、
「なるほど、がめつい伯爵だなあ。あの悪党にゃ、王家の秘宝は似合わないっつーの!」
ニヤリと笑って言った。
「そいつも一緒に俺様が頂くか。なーんてな。ノホホホホ」
大泥棒の貴重なノリツッコミだ!
「俺様は、美人と善人からは盗まない。目的のお宝を頂戴したら、さっさとずらかるさ」
「今回の獲物は、どんなお宝ですか?」
「それがまだわからない。何でもこの城には、とんでもない宝が隠されてるって噂でね」
「へえー、知りませんでした」
「ほら、アン湖には伝説があるだろ? 城の当主の心がキレイだと水が澄んで、汚いと濁るっていう」
「はい。それなら知ってます」
「そこに秘密が隠されてるらしいんだな。今、そいつを探ってるところだが……」
不意にラウール4世が声をひそめ、牢屋の壁をじっとにらんで、拳銃を向けた。
「おい、そこに誰か隠れてるな。コソコソ盗み聞きしてないで、姿を見せろ!」
と言いながら、おもむろに壁に手をかけた。
壁はクシャッとなった。そこだけ紙だったのだ。
ラウール4世が紙を引き剥がすと、
「お久しぶり、ラウール」
ピッチリした黒のボディスーツに身を包んだ、嘘みたいにボンキュッボンな超セクシー美女が現れた!
「ヒ〜ミコちゃ〜ん!!」
ラウール4世はそう叫ぶと、スポーンとジャンプした。ジャンプと同時に、着ている服を器用に脱ぎ捨てて。
トランクス一丁になったラウール4世は、平泳ぎの格好で空中浮揚し、やがて頭を下にして、ヒミコめがけて降下した。
ヒミコは、太ももに装着されたレッグホルスターからピストルを抜き、躊躇なく発射した!
が、ズドーンと発射されたのは弾丸ではない。実に奇妙なことだが、それはバネのついたボクシンググローブだった。
ボクシンググローブは、見事にラウール4世の顎をとらえて完全KO! 哀れラウール4世はトランクス姿で伸びた。
「ラウール。調子に乗らないでね」
セクシー美女のヒミコにかかったら、天下の大泥棒も形無しだ!
「チェッ、つれないんだなー」
ラウール4世は、人差し指と人差し指をくっつけて恨めしそうに言うと、脱いだ服を着てヒミコをジロジロ見た。
「ヒミコのいるとこにゃあ、金の匂いがプンプンする。さては何かを嗅ぎつけたな?」
「あら、ご挨拶だこと」
「お宝のこと知ってるんでしょ? おせーて、おせーて!」
「ダーメ。ラウールに教えたら横取りされちゃう」
「絶対しない。しないしない。したことない」
「どうだか」
ヒミコがため息をつくと、その大人っぽさに、僕の頭はクラクラしてどうかなっちゃいそうだった。
「あ、あの、ヒミコさん」
「なあに、坊や?」
その流し目に、僕は殺された。
「死にました」
「あら大変。坊や、幽霊くんだったの?」
「いや、何とか生き返りました。でもヒミコさんに坊やと呼ばれると、僕の心臓は停止するようです」
「困ったわね。心臓マッサージする?」
ズバリ言って、ヒミコさんは人殺しだ!
「ヒミコさん。そんなことより、知っていたら教えてほしいことがあるんです」
「なあに?」
「この城には、かつてのタマタマ王国の廃王女である、アイリンという13歳の女の子が幽閉されています。ジェイムズ・タイラー伯爵が拐ったのです。その少女の居場所をご存じないですか?」
「知ってるわ」
ヒミコさんは、あっさりそう言った。
「おとといの夜、眠ったまま運ばれて、居住塔の最上階の部屋に閉じ込められたわ。私は召使いに変装していて、翌朝そのお嬢様に朝食を運ぶよう仰せつかったの。でもアイリンちゃんは食べなかった。ちょっと話したんだけど、初めて好きになった人ができたのに、無理やりここに連れてこられたんだって。そう。あなたが彼女の初恋相手だったのね」
僕は居ても立ってもいられなくなった。




