第251話 世紀の大泥棒
ゴロツキ5人組の言ったとおりだった。
ジェイムズ・タイラー伯爵の城の地下牢は、まさに暗い・狭い・寒い・臭いの四重苦。
1日1度というメシも、いつ持ってくるかわからない。
(それは朝メシか夕メシか)
窓がないため、次第に時間の感覚がなくなり、今が昼か夜かもわからなくなった。
(焦っても仕方がない。昨日から寝ないで歩きとおしてきたんだ。横になって少し休もう)
と思ったとたんに眠りに落ちた。
「……旦那?」
揺り起こされて、ハッと目が開いた。
夢の続きで、目の前に貴いアイリンの顔があると、ほんの一瞬錯覚した。
が、目の焦点が合ってくると、そこにあったのは、信じられないくらいブサイクな男の顔だった。
「起きやしたね? 食事は置いときやしたよ」
目は離れ、鼻毛は出、歯はあちこち抜け、髪はボサボサで便所の匂いのする老人が、床に置かれた皿を指差した。
皿の中には、何やら得体の知れないものが入っていた。
「……これは、何ですか?」
「さあ。あっしにはわかりません。料理人じゃありやせんから」
「オートミールでしょうか?」
「食べたらわかりまさあね。旦那は選べる立場じゃないんだから、黙って食べたらどうです?」
老人が笑うと、歯の隙間から唾が飛んだ。
「へへへ、腹へ入りゃあ何でも一緒だ。この料理が何かは知らんが、もうすでに消化してあるみたいですなあ」
僕は昨日から何も食べてなかったが、食欲は湧かなかった。
「良かったら、オジサンが食べて下さい」
「バカ言っちゃあいけない。旦那に食わせるように言われたのに、あっしが食ったら即クビだ。それともあっしに毒見をさせるつもりですかい?」
僕はこの年寄りを見ながら、作戦どおりになったなと思った。
最初、この城に来たときは、何も情報がないから、行き当たりばったりで行動した。
しかし、伯爵に会ってみると、躊躇なくピストルを向けてきて、僕の名前も、僕がアイリンを救出しに来たことも知っていることがわかった。
そうなると、行き当たりばったりはもはや危険だった。
慎重に行動しなければ殺される。
いちばんマズいのは、城を追い出されることだった。
そうなったら、再び城に侵入できるチャンスは極めて少ない。
この場所にとどまってチャンスが来るのを待つ。だから喜んで牢に入ったのだ。
牢に押し込めるということは、すぐには殺さないということだ。
ゴロツキを雇うような伯爵ではあるが、さすがに無抵抗の人間を殺すのには抵抗があったのだろう。ましてや僕は、お嬢様のリサ・タイラーに気に入られている。いきなりズドンはできない。
殺さないことにすれば、メシを食わさなければならない。
とすると、誰かにメシを運ばせる必要がある。
誰が運ぶか?
おそらく、正規の使用人ではあるまい。
ゴロツキ5人組か、やつらと同じような、汚れ仕事のために雇った人間を寄越すだろう。
そう踏んだ。そしたら案の定、いかにも奴隷のような汚らしい老人が来た。
チャンスである。
この老人と親しくなれば、城の構造や、アイリンのいる部屋などの情報を得られるかもしれない。
そのための武器が僕にはあった。
固有スキル【眼福】である。
これを使えば、このどう見ても長所などなさそうな老人の、隠された良い面が拡大されて視えてくる。
それを指摘してやれば、たいていの人間は感動する。
自分の長所に気づき、それを的確に褒めてくれる人との出会いほど、強烈な印象を与えるものはない。
(俺の価値をわかってくれる人間に出会えた!)
そうして相手のハートをガッとつかんでしまえば、あとは上手に欲しい情報を聞き出せばいい。
僕は【眼福】を使った。
がーー
よく視えない。
まあそれは不思議ではない。僕の【眼福】はまだ最低ランクのFだったし、そもそもこの老人に、隠された良い面など1つもない可能性もあった。
が、それにしても、
(おかしいなあ。善人か悪人かもまったく視えないなんて……)
僕はハッとした。
目の前にいる汚らしい老人。
これは見たとおりの人間ではない。
ガードしている!
人に自分の正体を見破られないように、鉄のガードをまとっているのだ。
「オジサンは、もしかして」
一か八か、踏み込んでみることにした。
「変装してない?」
「変装?」
老人は歯の抜けた顔で、ポカンと僕を見た。
「どうしてそんなことを……ははーん。何かのスキルを使いやしたね」
老人の目に、鋭い光が宿った。
「伯爵に雇われている乞食みたいな年寄りが、実は変装していた。もしそうだとしたら、何のためだと思いやすか?」
僕はゴクリと唾を呑んだ。
「さあ……ひょっとして、この城に潜入して、何かを企んでいるんですか?」
「その何かとは?」
「うーん。借金の証書を破棄するとか?」
「そんなケチなことのために、殺される危険を冒して潜入しますか?」
「じゃあ、財宝を盗みに来た?」
「正解」
老人はニヤリと笑った。
「ジェイムズ・タイラーはナハナハでいちばんの金持ちで、しかもいちばんの悪党だ。俺様の獲物にうってつけだろ?」
それを聞いて、僕の背すじに電流が走った。
「あなたは、もしかして、もしかして……」
「わかっちゃった?」
その人物は若々しい声で笑うと、正体を明かした。
「世紀の大泥棒、ラウール4世とは俺のことさ」




