第249話 地下牢へ
「リサ」
ジェイムズ・タイラー伯爵が、鋭い声で呼んだ。リサ・タイラーというのが、このオツムが弱いお嬢様の名前らしい。
「こいつはお前が部屋に引き入れたのか?」
「そんな、お父様」
リサ・タイラーは指を組み合わせて首を振った。
「お金がなくてお困りのようだったから、宝石をお貸しすることにしたのよ。だって困っている人を見たら、助けて差し上げるのが親切でございましょう? ねえ、ねえ?」
今にも泣きそうな顔で言い募る。父親が怖いのかもしれない。
ジェイムズ・タイラー伯爵は、ヴァン・ダイク髭のあごの部分を指でねじりながら、
「しかし相手は男だ。部屋で2人きりになるのは危険だと思わなかったのか?」
「危険、と申されますと?」
「お前の胸をチラチラ盗み見たりはしなかったか?」
「いやだわ、お父様。盗み見るだなんて」
リサ・タイラーは、谷間を寄せてニッコリと笑い、
「紳士らしく堂々と、寄り目になってごらんあそばしていましたわ♡」
ブチッと音がして、伯爵の髭が千切れた。
僕は恐怖でタマヒュンした(つまり何かがヒュンと縮んだのです)。
「それでね、お父様。私のここを、まるでスイカかパイナップルのようだとお褒め下さったのよ。だからお口がお上手と申し上げたら、お嬢様のほうがお口がお上手そうだねですって。ホントお世辞が上手なのー」
ジェイムズ・タイラー伯爵が、額から湯気を立てて僕を睨んだ。
「……殺すぞ」
ついに僕は、ジュワーとちびった。
が、動揺を見せてはならない。
ごまかすのだ。シラを切れ。何でもないフリをしろ!
「ヘイ、パパ、ハロー、ハロー」
まずはアホほど陽気に挨拶した。
「ワタシ、シン国から来た、アーノルド・シュワルツ男爵と言いまーす。高名なタイラー伯爵にお目にかかれて誠にワンダフル、実に光栄でーす!!」
とっさに偽名を名乗り、外人チックな芝居をした。
「ワタシの国では、魅力的な女性に会ったら、必ず胸を褒めまーす。これ、常識でーす」
「シンには友人が山のようにいるが」
伯爵が、タイタニックを沈めた氷山みたいに冷たい声で言った。
「だが1人も、女の胸を褒めるのが常識だなどと言ったものはいない。デタラメを言うな、小僧!」
「オー、ワタシ、田舎者ですねー。シンはシンでも、端っこのほうに住んでまーす。そこでは胸が一大ブームなんでーす」
「何という都市だ?」
「聞いても誰も知らないでーす」
「いいから言ってみろ!!」
「えーと、チキュウ郡の、ニッポンいいます。ド田舎でーす」
「チキュウ郡ニッポン……聞いたことないな。それも嘘だろう?」
「ニッポン、いいところでーす。男はチョンマゲ、女はゲイシャ、みんな背がちっちゃくてガニ股でーす」
「そんな未開の地があったのか……ぜひ一度行ってみたいものだ」
「ぜひおいで下さーい。女性が胸でおもてなししまーす」
「胸でおもてなしだと?」
伯爵が目をむいた。
「変わった文化だな。そこんところ、もうちょっと詳しく」
「はい、ニッポンの女性、みんな胸出して歩いてまーす。胸は全然恥ずかしくありませーん。男性も、見ても何とも思いませーん」
「……マジか?」
「閣下は、女性の胸を見て何か思いますか? ま、まさか、変なことを考えたりはしませんよね???」
僕は思いっきり疑いの目で伯爵を見てやった。すると娘のリサが谷間をサッと隠し、
「……お父様、私の胸を見て、何かお考えになったことがあるの?」
「バカ言っちゃイカン」
伯爵が、露骨にキョドった。
「バカも休み休み言いたまえ。バカバカしい。あー、バカだなー」
こいつ絶対に、娘の胸を変な目で見てるぜ!
「胸は芸術です。芸術だから、見せても見ても全然平気でーす。ニッポンは田舎だけど、芸術に溢れてまーす」
僕は、グラマーな女性が道を歩く芝居をした。
「いつでもどこでも、女性はこうして歩いてます。見るほうも見られるほうも、みんな穏やかな笑みを浮かべてまーす。この文化のおかげで、ニッポンはとっても幸せです。ぜひナハナハにもこの文化を広めたいでーす」
「それはちょっと、難しいかもしれないが」
ジェイムズ・タイラー伯爵が、チラチラと娘の視線を気にする様子をしながら、
「おもてなしとは、具体的にどうするのだ?」
僕は、自分がされてみたいことを話した。
「はい。両手でこう持って、腰を入れて左右に揺さぶります。今ものすごく揺れてます。さあ、伯爵は、ここに顔を近づけて下さーい」
「こ、こうか?」
「もっと近く! 胸骨にメンチを切るように……はいそうです。するとこうなりまーす」
僕は平手で、伯爵の頬っぺたをペチペチと張った。
「これがおもてなし其の一です。おもてなしは其の四十八までありまーす。きっと伯爵は、『お髭がチクチクする』と言われて、ニッポン女性に悦ばれるでしょう」
「そうか」
伯爵の頬は、赤く染まっていた。
「俺も女性のほうがそうくるなら、胸を褒めることにやぶさかではない。ニッポンの女性は、みんなおもてなし其の一をできるほど豊満なのか?」
「牛みたいにデカい乳もたくさんありまーす。その場合は、ぜひ遠慮なく大きさを褒めてあげて下さい。しかーし!」
僕は人差し指を立てて、チッチと舌を鳴らした。
「当然微乳もありまーす。目をよーく凝らさないと見えないくらいちっちゃいのもあるんです。でもしかし、微乳もまた素晴らしいのであります。これでされるおもてなしは、きっと生涯忘れ得ぬものになるでしょう!」
「何だ、それは。教えてくれ」
「ああ、それの素晴らしいこと! 味わったものでなければ、決して理解できない」
「もったいぶるな! 早く言え!!」
「あれぞ究極のおもてなし! 至高の珍味!!」
「ええい、ならばこうしてやる!」
伯爵の手には、いつの間にかピストルが握られていた。
「お遊びはここまでだ。貴様には地下牢に入ってもらう」




