第246話 王家の秘宝
馬車を追いかけねば。
が、その辺りに、客待ちしている馬車などはない。といって、走って追いつけるはずはなかった。
何か方法はないか。人力車でも停まってないか……
焦って四方八方を見ていると、
「何キョロキョロしてんの?」
突然声をかけられた。驚いて振り向くと、〈クラブ:タマタマ〉のママが道端に仁王立ちしていた。
ママの顔つきは険しかった。
「騒がしいから店を出てみたら、私たちの街をすいぶん壊してくれたじゃないの。観光地でバトル? はっ、冗談じゃないわよ。これだから冒険者は嫌なのさ、ガサツで」
やったのは僕じゃない、というセリフが喉元まで出かかったが、今はそんなことで言い争っている場合じゃなかった。
「すみません。アイリンを拐われてしまいました。追いかけたいんですが、何か乗り物はないでしょうか?」
「何だって?」
黒ずくめの5人組のことなどを、かいつまんで話した。するとママはうーんと唸り、
「その馬車は間違いなく、タイラー伯爵のだね」
タイラーというのが、例の伯爵の家名らしい。
「とすると、向かった先はタイラーの城だろう。城に閉じ込めちまえば、もう2度と家出なんざできなくなるからね」
「それは監禁だ。人道上許されない」
僕は憤慨したが、ママは僕より冷静だった。
「でもアイリンはまだ13歳だろ? 両親の合意があれば、外野はとやかく言えない。むしろ、自由すぎるお姫様から自由を奪うことは、それこそ誘拐なんかから身を守ることになる」
「だからって、本人の意志に反して幽閉するのはあんまりだ」
「あんた、惚れたね」
「惚れましたよ」
僕はまだ、冷静さを失っていた。
「僕みたいなケチな冒険者が、惚れたらいけませんか?」
「いや、いいさ。それこそ恋愛は自由さ」
ママが優しい目で僕を見て言った。
「じゃあどうする? 伯爵の城に行って、アイリンに会わせてくれって頼むかい?」
「そんなことしたって、摘み出されるに決まってますよ」
「なら忍び込む?」
「まさか。僕は忍者じゃないんですよ」
「じゃあ無理だね。お姫様のことは諦めな」
言われてムッとしたが、現実はそのとおりだった。
アイリンが拐われたことを、どんなに理不尽に思っても、僕にはどうすることもできない。
仮に伯爵の城に忍び込んだとする。
アイリンをそこから救い出したらどうなる?
そしたら僕のほうこそ、立派な誘拐犯だ。
例え、アイリンの同意があったとしてもである。
(やっぱりアイリンは、ご両親の望むとおり、金持ちの伯爵家の御曹司と結婚するのが良い。そのほうが幸せだ)
自分にそう言い聞かせたときだった。
ママが気になることを言った。
「でもタイラー伯爵ってさあ、悪い噂が絶えないんだよね。ここをメチャクチャにしたゴロツキを雇ったって聞いても、ちっとも意外じゃなかったくらい」
「悪い噂って何ですか?」
不安が大きくなるのを感じながら訊いた。
「息子のレオを、アイリンと結婚させたがってるのは、財産目当てだっていうのさ」
「え?」
僕は頭が混乱した。
「だって王家の財産は、ナン国に没収されたんでしょ? タマタマ王国が滅ぼされたときに」
「王宮にあった分はね」
ママが声を低めた。
「だけどさ、どこの国の王家にも、隠し財産はあるだろ? いわゆる秘密の財宝ってやつ。ナハナハの人たちはみんな、必ずそれがあるって信じてる。だからタイラー伯爵は、それを狙って元王家のパトロンを買って出たって言われてるのさ」
アイリンの庇護者タイラー伯爵。
噂によれば、それは金の亡者だ。
手段のためには、ゴロツキを雇うことも辞さない。
そのゴロツキは、アイリンのことを「メスガキ」と呼んだ。
そして結婚させられそうになっている御曹司のレオは、アイリンに言わせれば、愛がなく冷たい……
「ママ」
僕は覚悟を決めて言った。
「僕やっぱり、伯爵の城に忍び込みます」
「正気かい?」
ママの目は見開かれていた。
「下手すりゃ消されるよ。警察なんか、アテになんないんだからね」
「わかってます。でも僕は、どうしてもアイリンを見捨てることはできません」
「もし、アイリンを救い出せたらどうするの?」
「その先は考えてません」
我ながら、ヒドい返答だと思った。
「どこか安全な国に、逃してあげたいですね。彼女が本当に幸せに暮らせる国に」
「あんたの国にかい?」
「僕の国? うーん、どうかなあ?」
「どうかなあって、アイリンと一緒に暮らすんだろう?」
「僕がですか?」
驚いて、ママをまじまじと見てしまった。
「彼女を救い出しておいて、そんなバカなことはしませんよ。それこそ彼女に相応しくないじゃないですか」
「はあ? 何言ってんの。惚れた女の面倒は、一生見てやらなきゃダメじゃないか」
「とんでもない! 僕は彼女に、指1本触れません!」
そう叫ぶと、胸が苦しくなって、声が詰まった。
「宝石は、穢したくないんです。そういう惚れ方、ダメですか?」
絞り出すようにしてそう訊くと、
「いいよ。好きにしな」
ママもまた、絞り出すような声で言った。




