第241話 少女との出逢い
ナハナハ島は今でこそナン領となっているが、かつては小さいながらも独立国であった。
タマタマ王国がそれだ。
しかし、大国に挟まれている地理的条件により、ナンの従属国であると同時に、シンとも朝貢貿易をするという、なんとも苦しい立場の政治を続けてきた。
今からおよそ10年前、軍事力を背景に、ナン国がタマタマ王国を崩壊させて併合し、名称をナハナハと改めた。
以来ナハナハ島は、人気のリゾート地として発展してきた。
が、僕たちにとって、そんな歴史的な背景はどうでもよかった。
「うわー、最高!」
アヒルボートを飛び降りたパーティーの面々は、さっそく白い砂浜を駆けた。最年長のグレアム隊長だけは、疲労のせいでヨタヨタ歩いていたけれど。
「ひょえー、まぶしー!」
そんな素っ頓狂な声を上げたのは、当時僕といちばん仲の良かった、異能者のカトーだった。
「別に太陽がまぶしいのは、シン国と変わらないだろ?」
僕のツッコミに、カトーは違う違うと首を振り、
「ビキニだよ。まぶしくて目の毒だぜ」
どれ? とキョロキョロ探すと、
「見るなよ〜、あの子は俺のモノだ」
と笑って僕に目隠しした。まあ、そのくらい、若い僕らははしゃいでいた。
確かに、ビキニの女性は大勢いた。
長い脚が、スッスと通りすぎると、僕らの顔もそれを追って右へ左へ動いた。まるでテニスの観客のように。
「さあ、誰かナンパしてこい。旅の恥は掻き捨てだ。負けてもいいからじゃんじゃんエンカウントしろ!」
グレアム隊長が圧をかけまくったが、僕らは尻込みした。モンスターと戦うならともかく、若い水着女性に声をかける勇気は、誰も持ち合わせていなかった。
「どうした? そんなんで、よくドラゴン退治だなんて威勢のいいこと言ってるな。俺が見本をみせてやるからよーく見とけ!」
横になって休んですっかり元気を取り戻した隊長が、海パン一丁でダッシュした。
するとナハナハのビーチは、突然サメが出現したかのような大混乱に陥った。
逃げ惑う美女たち。追う顔面凶器のグレアム。
やがてハアハアと肩で息をしながら、グレアム隊長が帰ってきた。
「おい、俺の装備を調べてくれ。エンカウントしない設定とかになってないか?」
ていうか、逃げられてただけですけど!
ビーチでのナンパを諦めた僕らは、グレアム隊長に連れられて、歓楽街に向かった。
「隊長」
「何だ?」
「僕たちはみんな10代ですから、夜のお店はちょっと」
「バカモン!」
グレアム隊長は、顔を真っ赤にして怒った。
「アヒルボートで海を渡るという大冒険は、いったい何のためにした? 夜の店でおネーチャンと遊ぶためだろうが!」
「隊長はそうでしょうけど」
異能者のカトーがモジモジした。
「僕にはまだ、心の準備が」
ニヤリとするグレアム隊長。
「なあ、カトー。お前レベルはいくつになった?」
「自分スか? 20ですけど」
「じゃあ、不意にレベル1のスライムが出てきたらどうする? 心の準備がまだだと言って、バトルせずに逃げるか?」
「いや、それとこれとはーー」
「一緒だよ」
グレアム隊長は決めつけた。
「ナハナハの女はな、人懐っこいんだよ。レベルで言ったら1だ。ビーチにいたのはナンやシンから来た観光客で、地元のナハナハ人じゃない。まずはレベル1の女と戦えよ」
僕にはこの発言は、正直ゲスっぽく聞こえた。
ナハナハの人も、今ではナン国民のはずである。それなのに、レベルの差があるように言うのはどうか?
むしろ僕の感覚は、隊長の真逆だった。
ついこのあいだまで、独立国であったナハナハ。
独自の文化や風習が、まだありありと残っている。
そこに僕は、エキゾチックな魅力を感じていた。
だから、シンやナンの人と接する以上に、僕はナハナハの人に対しては、丁寧に接したかった。
譬えるなら、貴重な宝石を扱うように。
「とにかくこれは隊長命令だ。行くぞ、突撃!」
隊長がくぐったドアには、〈クラブ:タマタマ〉の看板があった。
「イラッシャイ〜」
独特なイントネーションの女性の声が、僕らのパーティーを迎えた。
「マングース酒ある? こいつらに飲ませてやって」
グレアム隊長がソファーにそっくり返って言うと、横に太った女性がピッタリとついた。
「な、見ろ。ナハナハの女は人懐っこいだろ?」
たぶん隊長は、いいカモに思われている。
「ふくよかだなー。きみ、地元の子?」
「ううん」
その女性はグレアム隊長の手を握り、上目遣いになって甘えるように言った。
「ワタシ、借金取りに追われて、本土から流れてきたの。隊長サン、ワタシの借金返してくれる?」
「ニャハハ、どーしよーかなー?」
すっかり鼻の下が伸びた隊長が、いそいそと財布の中身を調べた。オメーがレベル1だな!
僕の横にも、スッと女性が坐った。
僕は慌ててスペースを空けた。
今流行りの感染症を考えて、ディスタンスをとったのではない。
女性と身体が接することに対して、極めて強い遠慮が働いたのだ。
そう。陰キャとは、女性に対して常に敬意と遠慮を働かせる者のことを指す。そうでなければ、それはもはや節操のない陽キャだ。
「お客サン、イラッシャイ」
と言った女性の顔も、普通だったら見ない。こんな近距離で女性の顔を見ることができたら、陰キャの称号は即刻返上すべきである。
ところがーー
その声があまりにも若く、まるで小さな女の子のようだったので、思わず顔を見てしまった。
「……えっ?」
そして愕然とした。
夜の店で僕を接待したのは、紛れもなく少女だったのだ。




