第233話 ダンジョンの作り方
ラオウ島の地下は巨大な唇だった。
僕はそれに呑み込まれた。
(唇だけの女か)
僕は転生前のことを思い出す。
(隠キャの高校生だった僕は、年上の女の人に食べられるのが夢だった。今それが叶った。夢想していたのとはだいぶ違うが)
女の口の中はピンクだった。血の色が透けているのかもしれない。感覚的には、スライムの中にすっぽりくるまれた感じ。スライムの中に入ったことはないが。
「勇者アリスター」
女の声が僕を呼ぶ。
「あなたが来るのを待っていたわ」
「僕を?」
会ったこともないほどデカすぎる女が、どうして僕なんかのことを?
「僕を待っていて、僕を食べたの? なんで?」
ウフフという笑い声。いや、それは通常の声ではなく、このスライムのような空間を伝わってくる一種の波動だった。
「私は火山の精霊よ。森の精霊とは会ったでしょ? 今度は私の番よ」
久しぶりの、精霊の登場だ。
吸血鬼との対決で、僕らに力を貸してくれたとき以来だろうか?
「そうだったんですか。火山の精霊さんって、ずいぶんセクシーなんですね」
アハハという波動。年上の女性を上手く笑わせたという、くすぐったい勝利感に包まれる。
「それはそうよ。この世は全部オスとメスでできているんだもの。だからすべてのものはセクシーなのよ」
「ここがピンクなのは、マグマの色ですか?」
「そうね。私の血管を流れているのは、マグマだから」
「それ、セクシーです」
「ありがとう。あなたの血管を流れているのは何?」
「ワイン、と言いたいところですが、フツーの赤い血ですよ」
「普通がいいわね。私も普通だし」
なるほど。人間も精霊も、自分のことは普通だと思いたがるものらしい。
「ところで、どうして僕が来るのを待っていたのですか?」
火山の精霊が答える。
ーーそれは私が戦争を嫌いだから。
ーー戦争をやらせている魔王が嫌いだから。
ーーあなたが魔王と戦う宿命だから。
ーー私たち精霊はあなたの味方だから。
「えーと、すみません。いっぺんにたくさん言われて、よく聞き取れませんでした。もう一度言ってくれますか?」
ーー勇者アリスターが眼福マスターになるとき。
ーー魔王は本気を出すだろう。
ーーあなたが勝てば世界は【幸福】になる。
ーー極めなさい【幸福】を。
「ごめんなさい。どうしても聞き取れません。何と言ったのですか?」
「ゆっくり言うわね」
火山の精霊がゆっくり言った。
私の島で、
殺し合いが始まろうとしている。
私はそれを許さない。
ナンの兵士は閉じ込めた。
これからシンの兵士が来る。
勇者アリスター。
あなたはこの島を、
ダンジョンにしなさい。
シンの兵士たちを殺さず、
武装解除し、
自分たちの国に返してやるのです。
それがあなたの使命。
「今度は聞き取れました」
と僕は言った。
「でも意味がわかりません。この島に、僕がダンジョンを作るんですか?」
ナンの兵士たちが、
地下に陣地を掘った。
戦争のための陣地を。
私はそれをダンジョンにした。
でもまだ足りない。
勇者の力が必要。
だからあなたを穴に引きずり込んだ。
真に人類を愛する、
戦争を憎む勇者のあなたを。
「確かに僕は戦争が嫌いです。でもダンジョンなんて作ったことはありません。どうしたらいいのですか?」
あなたの心のままに、
あなたの願いどおりに、
このダンジョンは変化する。
だから地下の壁が、
女の人の唇に変化したでしょう?
違う?
僕はびっくりして目を見開いた。
「えっ!? じゃああれは……」
女の人に食べられたい、巨大な唇に囲まれて、生温かい舌にくるまれてみたいという、僕の深層心理に潜んでいた願いが、現実化したということだったのか!
「そうだったのか。恥ずかしいですね。こんな勇者でいいのですか?」
そんな勇者でいいのです。
そういうあなたを天は選ばれたのです。
自信を持っていいのですよ。
「ありがとう、精霊さん」
僕は覚悟を決めた。
「作りましょう、ダンジョンを!」
そうこなくっちゃ!
さあ、願って!!
僕は想像した。
シンの兵士が上陸してくるところを。
その数は、およそ10万人くらいになるだろう。
彼らはラオウ島に飛行場を建設し、ナンの本土を空襲する航空基地にするつもりだ。
そうすれば、民間人が大量に殺されることになる。
絶対にそれは避けねばならない。
彼らには、シンに逃げ帰ってもらわねばならないのだ。
僕のダンジョンで、もう二度と戦争には関わりたくないと思うほど、圧倒的な恐怖を味わってもらう。
傷つけたり殺したりはしないが、ある程度のショックは与える必要がある。
果たしてそういうダンジョンとは……
僕が必死に考えていると、やがてスライムのような空間が変化し、陰鬱な暗い色に変わった。




