第218話 セ・キ・ラ・ラ
「閣下の夢は何ですか?」
今度はクリボッチ長官が、逆にMCヤマーに訊いた。
「俺か?」
MCヤマーは、戦艦シロネコヤマトの長官室の窓から、青い空と海の彼方を見つめるような遠い目をして言った。
「戦争が終わって平和な世が来たら、透明人間になって、アイドルグループの楽屋に潜入したい」
「ほう」
クリボッチ長官の口から、感嘆の声が洩れた。
「それは素晴らしい! 科学の力で、透明人間になれる日が来ますかね?」
「そう願っている」
「どうして閣下は、アイドルグループの楽屋に?」
「女同士なら、平気で隠さずに着替えをすると聞いたことがあるからだ」
MCヤマーの欲望は、どストレートだ。
「ロマンですね。ちなみに何人ぐらいのグループをお考えですか?」
「4、50人かな?」
「平均年齢は?」
「16、7」
「なるほど」
クリボッチ長官も、やはり遠い目をした。
「何だか、女の匂いが充満してそうですね。どんな会話をしてるんでしょうか?」
「希望を言えば、赤裸々な会話をしていてほしいな」
「例えば?」
「女同士の悪口とか」
「悪口? それを盗み聞きしたいんですか?」
「可愛い顔して、他のメンバーのエグい悪口を言ってるところを想像すると、胸がドキドキしてくる」
「閣下は本当に、ロマンチストですね」
「いやあ、それほどでも」
MCヤマーとクリボッチ長官は笑った。
「どうでしょう。どうせなら、楽屋と言わず、風呂場に潜入しては?」
そそのかすように、クリボッチ長官が言った。
「風呂場? それはいささか、犯罪チックじゃないかな」
「何を恐れてるんです? 閣下はもはや、透明人間なんですよ」
「…………」
「風呂を覗きたくないんですか?」
「…………」
「では、見たいか見たくないかで答えて下さい。アイドルが、赤裸々にガシガシ洗うところを、見たいですか?」
「見たい」
MCヤマーに、迷いはなかった。
「無防備に、汚いところを懸命にキレイにしようと努力している一部始終を、しっかりとこの目に焼き付けたい」
「いいですね。ロマンがだだ漏れですね」
クリボッチ長官が、MCヤマーの耳に口を近づけて囁いた。
「……では、トイレは?」
「バカッ!」
MCヤマーの顔は、一瞬で真っ赤になった。
「アイドルのトイレに潜入? それは変態ではないか!」
クリボッチ長官は、じっとMCヤマーの目を見た。
「もう一度聞きます。見たいですか、見たくないですか?」
MCヤマーは顔を伏せた。
「アイドルが、トイレに入るところを、透明人間になって見たいですか?」
「……見たい」
顔を伏せたまま、MCヤマーは答えた。
「無防備に、ズルっと降ろして、シャーっとかボットンという音をさせて、拭いて流す一連の動作のあいだ、いったいどんな表情を見せてくれるのか? それに興味がないと言ったら、俺は嘘つきの最低の偽善者だ!」
「よくぞ言いました、閣下!」
クリボッチ長官の声も、MCヤマーにつられて上ずっていた。
「その場合、もし顔と匂いにえげつないギャップがあったとしても、閣下は後悔なさいませんか?」
「何の。俺はロマンチストだが、真実もまた愛する男だ。それが本当にそのアイドルから出た匂いなら、広い心で受け止めることにいささかの躊躇もない」
「素晴らしい! エクセレント!」
クリボッチ長官は、MCヤマーの手を両手で握った。
「ぜひその夢を持ち続けて下さい。願い続ければ、いつか必ず夢は叶います!」
MCヤマーの目には、光るものがあった。
「クリボッチよ。お前の夢を、もう一度聞かせてくれるか?」
「はい! いつでも抱ける女友達に、でんぐり返しをさせることです!」
「いい夢だな。ジーンとする」
MCヤマーは、クリボッチ長官の肩に逞しい手を置いた。
「それは必ず叶う。その日まで生きろよ」
「はい! 閣下の夢も、もう一度お聞かせ下さい!」
「透明人間になって、アイドルの楽屋に潜入する。そしてエグい悪口を言いながら着替えるところを目撃する」
「からの?」
「風呂場にも潜入する。汚い場所をキレイにするところを確認する」
「はたまた?」
「トイレで一部始終を見る。すべてをこの目に焼き付ける」
「見るだけですか?」
「嗅ぐっ!!!!」
そう絶叫したときには、2人とも号泣していた。
「なんという魂を揺さぶる夢だ! すべての男子が胸に抱きながら、途中で諦めてしまう夢。閣下はそれを、少年のような純粋な心で持ち続けておられる!」
クリボッチ長官は、天に祈るような仕草をして叫んだ。
「閣下の夢も、必ず叶いますよ! それまで絶対に生きて下さい!」
「ああ、約束する。俺は透明人間になるまで決して死なない! ヤマは死にましぇん!! 死なへんで〜!!!」
気がついたら、僕も泣いていた。
少年のような心で、夢を持ち続けること。
それ以上に尊いことを、僕は知りましぇん!!!




