第214話 暗号を解け!!
その翌朝ーー
僕らは宿屋で朝食を食べながら、作戦会議をした。
「新しい陸軍大将のオオイソビーチは、ピリピンの戦いが天王山だってぶち上げたみたいだね」
と僕が言うと、
「あんなやつ、海水浴場で遊ばせときゃ良かったんだ」
ハムエッグを食う手を止めて、MCヤマーがぼやいた。
「アンパン諸島でやったのと同じように、ピリピンの島々のナン兵たちをガルーダに乗せて、海軍の艦に収容させましょうか?」
もちろんピリピンでも、ナンを負けさせる基本方針は変わらない。だから僕は無難な作戦を提案したが、
「待ってくれ」
ヘラズグチ中将が、それに異を唱えた。
「それじゃあ、あまりにも兵たちがかわいそうだ。やつらはただ逃げるために厳しい訓練をしてきたんじゃない。せめて、調子に乗ってるシン軍にガツンと1発食らわせてから、撤退させる訳にはいかんか?」
「ガツンと1発? そんなことしたら、敵にも味方にも死傷者が出ちゃうじゃないか。ダメダメ。ね、陛下?」
「うむ。人命がいちばん大事だ。逃げるは恥だが役には立つよ♡」
さすが陛下のお言葉。重みがありますっ!
ところがヘラズグチ中将は、引き下がらなかった。
「いや、戦闘をさせようというのではありません。やつらのプライドをへし折るというか、ギャフンと言わせるようなことを、何かしてやりたいのです」
「ギャフン? 俺は未だかつて、誰かがギャフンと言うのを聞いたことがないぞ」
ジャックの冷静なツッコミが入る。
「な、ルイベ。聞いたことないだろ?」
「そうね。私がギャーって言って、殿方がフンって言ったことはあるけど」
朝食の席でそういう話題はやめて下さい!!
「まあ、ヘラズグチ閣下の気持ちはわかるけど、戦闘しないでどうやって敵のプライドをへし折るの?」
「例えば、あのマッサーカー将軍がいるだろ? 超カッコつけマンの」
「何でも、ピリピン奪還に燃えてるらしいですね」
「あいつにどうしても恥をかかせてやりたい。でないと気が済まん!」
するとシオ中将も頷いた。
「あの野郎、緒戦の我がナン軍の快進撃に恐れをなして、ピリピンから尻尾を巻いて逃げ出したくせに、超カッコつけてやがんのよ」
「どうカッコつけたの?」
とオーガが訊いた。
「アイ・シャル・リターン。そう言ったらしいぜ」
しばらく沈黙になった。
「……それ、どういう意味?」
オークの質問に、シオ中将は首を捻った。
「実は俺もよくわからん。でも何となく、カッコつけてる感じがしない?」
するとMCヤマーが、
「何だみんな、アイ・シャル・リターンも訳せないのか? むちゃくちゃ初歩だぞ」
「教えて下さい!」
僕らはMCヤマーの解説を待った。
「エヘン。まずアイ。これは、私という意味だ」
なるほどと、グリアム王が感心した。
「次にシャル。これは未来のことを表わす。つまりアイ・シャルで、『私は◯◯するであろう』となる」
「さすが海軍大将ね♡」
ルイベがMCヤマーをうっとりとした目で見つめた。
「最後はリターン。これが少々難しい。テニスでいうと、リターンはボールを返すことだが、マッサーカーがそういう意味で『私はリターンするであろう』と言ったとは思えない。いったいマッサーカーが何をリターンするつもりだったか、予想できる者はいるか?」
みんな揃って、首を振った。
MCヤマーは、コホンと咳払いした。
「えー、このように、何をリターンするかはっきりしない場合、往々にして、金のことを言ってると考えて間違いない。あえて濁して表現しているのだな。私は返すであろう、ということは、取りも直さず、『私は借金を返すであろう』と言ってる訳だ」
「スゲエ! あんな暗号みたいな言葉を、鮮やかに解いちまった!」
ジャックが拍手をし、僕らもみな賞賛を惜しまなかった。
「完璧な解答を、ありがとうございます。しかし閣下、マッサーカーってのは、ダサい野郎ですね。戦場から逃げるときに、『私は借金を返すだろう』なんて威張ったって、全然カッコ良くないのに」
「うむ。私も『ダサッ!』と思った。ナン人は、わざわざそんなことを言わなくたって、金を借りたことはちゃんと憶えている。ところがシン人は、それが国民性というか、そんなことはすぐに忘れてしまうのだ」
「えっ? じゃあ、金を借りたことをキチンと憶えていて、返すだろうと発言するのは、シンの人にとってはカッコいいことなんですか?」
「みたいだな。よくシンの兵士が、『リメンバー・ダイヤモンドハーバー』とデッカい声で言ってるが、その理由がわかるか?」
「いえ。教えて下さい」
「リメンバーは、記憶しろ、思い出せ、と訳すことができる。つまりリメンバー・ダイヤモンドハーバーで、『ナン軍によるダイヤモンド湾の奇襲攻撃を思い出せ』という意味になる。つまり、しょっちゅうそう言ってないと、みんなすぐに忘れてしまうんだ」
「ええー?? あんなにインパクトのあることも忘れちゃうの? シン人ってある意味スゲー!!」
僕は妙に感心してしまった。
ひょっとすると、人間はそのくらい忘れっぽいほうが、【幸福】かもしれませんね!




