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第21話 鬼の呪い

 鬼の行方を知るのは難しくなかった。


 ラブちゃんの【嗅覚】があるからだ。


「こっちやこっちや。鬼さん、そう遠くまでは行っとらんで」


 ラブちゃんのあとをついて歩くこと数分。幹のねじれた大木に、鬼が寄りかかって立っているのを発見した。


「鬼さん」


「わっ!」


 セイラが声をかけると、顔を赤くした青鬼がドギマギした様子で、


「なぜ俺を追う。長所を当てたお前らは勝ったんだぞ」


 と、僕たちから顔を隠すようにそっぽを向いた。


「どうして長所を当てられると、負けたことになるの?」


 セイラが質問した。すると、


「鬼は、人の心を捨てたから鬼になったのだ。人に褒められたり、礼を言われたりしたら鬼になりきれん。だから長所を知られるのは、負けと一緒なのだ」


 案外素直に答えを言った。


「では鬼さんは、かつては人間だったのですか?」


 と、これは僕。鬼はそっぽを向いたまま、


「俺は数年前まで、プロの料理人だった。しかしどんな料理を作っても、味に満足できなかった。そして悟った。俺はこの先一生、決して満足することはないと。そんな人生、生きてて何になる? だから潔く死ぬことにした」


「待って! 早まっちゃダメ!」


 セイラが腕にすがりつくと、鬼は乱暴に金棒を振りかざした。


「コラ! 気安く触るな! 死のうとしたのは昔の話だ。もう死ぬのはやめた」


「良かった」


 セイラがホッと息をついた。鬼はそれを軽蔑したように見下ろし、


「バカめ。人間は、鬼が死んだら喜ぶもんだ」


 吐き捨てるように言った。そのまなざしから、心がキンキンに冷えていることが読み取れた。


「俺は死ぬためにこの山に入った。誰にも知られず、ひっそりと死のうとな。しかしその決意とは裏腹に、喉が渇いたら雨水を啜り、腹が減ったらミミズやカエルを食った。こんなに死にたいのに、生きるための行動をとってしまう。つくづく人間とは嫌らしい。俺は死ねなくても、せめて人間ではないものになりたいと願った」


「それで鬼に【変容】したのね」


 セイラが納得したように言うと、鬼はフーッと北風のように冷たい息を吐き、


「そんな簡単なもんじゃない。俺は死ぬ代わりに、人間をとことん恨んだ。幸せに生きてるやつらが憎くてたまらず、そいつら全員の不幸を願った。何百日もそうやって、ようやく人の心を捨てることができたのだ」


 この告白に、僕の気持ちは沈んだ。やっぱりこの世のすべてを【幸福】にするのは不可能だ。なぜなら鬼は、人間の不幸を願っている。つまり鬼の幸福は、人間が不幸になることなのだから、鬼と人間の両方が【幸福】になることはあり得ない。この世から鬼がいなくなって初めて、みなが幸福に暮らせる条件が整う。


 しかし……


 その鬼も、元はと言えば人間だ。この世が生きづらくてたまらず、かといって死ねず、人の心を失ってようやく生きられるようになった同胞なのだ。


 それを排除して初めて実現する【幸福】が、本当の意味での【幸福】なのだろうか? もし僕が眼福マスターになったら、人間の【幸福】のために、鬼はすべてこの世から駆逐されるのだろうか?


「アリスター、悩んでる?」


 僕の心を見透かしたように、セイラが言った。


「大丈夫よ。アリスターが眼福マスターになったら、鬼もきっと人間の心を取り戻すから」


「……そうかな?」


「絶対そうだよ。鬼だって、幸せになっていいはずだよ。ね、鬼さん?」


「小娘め。お前はまだわからんのか」


 鬼が文字どおり、鬼の形相になった。


「鬼が人間の心を取り戻したら、自殺する以外にない。人として生きられないのが鬼だ。なぜなら鬼になった俺は、料理の匂いで旅人をおびき寄せ、人肉を喰らう鬼畜になったのだから。今さら人間に戻ったら、罪の意識で死んでしまう。だから鬼は鬼でいるしかないのだ」


 鬼が睨むと、目玉が半分くらい飛び出した。


「どれ、お前らに、鬼の本当の怖さを思い知らせてやろう。俺が苦しんで苦しんで、鬼になった気持ちを、お前らにも味わわせてやる」


「危ない! 目を見るな!」


 ジャックが叫んだが、遅かった。


 光る鬼の目を、僕たち全員が見た。


「これでお前らも、鬼になる」


 鬼の声は、地底から響いてくるようだった。


「さもなければ、苦しさに耐えられずに死ぬかだ。それもこれも、鬼なんかに同情した報いだ。まあ、俺からすれば、鬼よりも悪い人間はいくらでもいる。だからいっそのこと、みんな鬼になれば良いのだ。そうしたら、きっと俺もお前らも幸せになるだろうよ」


 乾いた笑い声を残して、鬼は樹々のあいだに消えた。


 僕は力が抜け、落ち葉の積もった湿った地面に坐り込んだ。


「はあ……」


 ため息が出た。


 生きてるのって、どうしてこんなに辛いんだろう?


 まるで拷問じゃないか。そりゃ辛くたって、先に幸せが待っていればいい。でもそんなもの、本当に待ってるか?


 いずれ歳を取り、無惨に衰えて死ぬか、病気や事故で苦しんで死ぬしか結末はないのではないか?


 だったら、苦しい思いをして生きる意味は、いったいどこにあるのだろう?


「疲れた」


 僕は誰にともなく呟いた。


「生きるのは疲れる。何もかもどうでもいい。ただ静かに死にたい。死ぬときくらい、自分で選びたい」


「そうだな」


 僕の横で、ジャックが気だるそうに頷いた。


「虐待された動物を助けても、そいつらもいつかは死ぬ。決して虐待はなくならず、増える一方だ。俺も疲れた。ここらで幕を引きたい」


「私も」


 少女に【変容】していたセイラが、老婆のようなしわがれた声を出した。


「私は毎晩、死ぬことばかり考えてた。一緒に死んでくれる仲間と出会えて良かった。さあ、みんなでひと思いに死にましょう」


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