第201話 徹底討論3 優しいほうがいい!
「アリスター二等兵、きみの意見をもう一度確認する」
「何でしょう?」
「面白くないものを面白くないと言う。きみはこれを、悪口であり、人格否定であり、ぶっ叩きであると言うのだな?」
「そのとおりです」
「では創作物に対する批評はどうなるのだ? 批評がなければ、そのジャンルは発展しない。その批評には、面白いか面白くないかの分析も当然入ってくると思うが?」
「もちろん僕は、真摯な批評まであってはならないと考えている訳ではありません。なぜそれを面白くないと感じたかという根拠を示したり、こうしたらもっと面白くなるなどの提案があったりすれば、そうした批評は作者にとってもありがたいものとなるでしょう」
「批評家は、そこまで作者に気を遣わないといけないのか?」
「もし作品に対して低評価の発言をするのであれば、もろもろの影響を考えて、慎重にするのが当然だと考えます」
「もろもろの影響とは?」
「作品の売り上げ、作者のモチベーションの低下、『面白くない』の評価だけが切り取られて拡散されること、『面白くない』の発言が、その作品や作者を叩くことのキッカケとなり、悪意のある人々を引き寄せて炎上に発展すること」
「そんなところまで、批評した人間の責任になるのか?」
「そうです。地球はそういう例であふれています。そういう事実があることを無視して、発言の自由だけを主張するのは優しさに欠けます」
「優しさか。結局、それが言いたかったんだな?」
「そうですよ。優しくないより、他人に優しい世の中になるほうが【幸福】でしょう?」
「面白くない作品でも褒めるのが、お前の求める優しさなんだな?」
「よく考えて下さい。一つも面白くない作品なんてありますか? 創作物は、いわば人間と一緒で、どれも個性を持っています。金子みすゞさんの詩にあるように、『みんなちがって、みんないい』んです。少なくとも、簡単に『面白くない』の一言で切り捨てていいとは思えません。僕にはそれが、いきなり刃物で刺すのと同じに見えます」
「とすると、レベルの低い作品でも、無理やり面白いところを探して褒めろと、お前はそう言うのだな?」
「閣下。もし閣下があるジャンルの発展を願っていて、批評というとても影響の大きなことをする情熱があるのなら、ぜひ『レベルが低い』と思われている作品の中から面白いものを発掘して、人々に紹介してあげて下さい」
「残念ながら、ワシの職業は批評家ではない」
「では今後、『批評』はお辞め下さい。真摯に批評をする覚悟がないのなら、やはりそれは、『悪口で人格否定でぶっ叩き』に過ぎない行為ですから」
「ちょっと待て。例えばワシが、2時間かけて小説を読んだとする。ワシにはそれがひどくつまらない作品だったとする。それに対して『面白くなかった』と正直な感想を洩らすことも、ワシは今後できないのか?」
「その作品は、閣下の感性に合わなかっただけです。つまり、面白さを閣下が理解できなかっただけなのです。それなのに、自分の感性だけを尺度にして、さも面白くないことが事実であるかのような発言をすれば、それはやっぱり単なる悪口ですから、辞めて下さいというほかありません」
「いや、お前は現実を無視して理想を語っている。多くの人にとって面白くない作品は存在する。ワシ1人の感性うんぬんではなく」
「それは否定しません。創作物には傑作もあれば、その域には遠い作品もあります」
「ほれ見ろ。傑作には程遠い作品、つまり愚作が存在するのは事実なんだろう? それに対して低評価の発言をすることさえ、お前は禁じるのか?」
「何もすべての作品が傑作である必要はありません。そうでない作品も、見方によっては楽しめるんです。だったら、わざわざ低評価をするよりも、その楽しみ方を見つけて教えてくれたほうがいい。僕の主張しているのは、そういうことなんです」
「否定的な感想は黙っていろ、発言するなら肯定的なことだけにしろ。ということか?」
「まさしく閣下のおっしゃるとおりです。そのほうがずっと明るいでしょう?」
「それは健全ではない。否定的な感情を抑えつけるのには賛成できん。ワシはつまらないと思ったものには、自由に『金返せ!』とか、『時間を返せ!』と言いたい」
「否定的な感情を吐き出したら【幸福】になりますか? そういう言葉を口にする人を見ると、僕は逆に、【不幸】な人なんだなーと思いますよ」
「は? どうしてそれが不幸になる?」
「精神のマズしさを感じるからです。どんなことでも、お金や時間の無駄ととらえず、勉強や経験になったと考えるほうが、精神的には豊かじゃないですか?」
「…………」
ヘラズグチ中将は押し黙った。
若造に生意気なことを言われて、ムカついているのかもしれない。
しかし手応えはあった。
あともう少し。
もう少しだけ頑張って、この歳上の転生者を納得させることができれば、未来を【幸福】に近づけることができる。
僕はそう信じて、徹底討論を続けた!!!!




