第200話 徹底討論2 人を傷つけるということ
ヘラズグチ中将は、
「自由な感想を言える世の中であるべきである」
と主張する。
それに対して僕は、
「それが人を傷つける可能性があるなら、わざわざ言う必要はない」
と考える。
どちらが正しいのか? あるいは、どちらの考え方がこの世界を【幸福】に近づけるか?
僕も、言論封殺はあってはならないと考える。しかし自由な感想を制限なく認めていると、
「あの小説は面白くない」
「あのテレビは面白くない」
「あの芸人は面白くない」
というネット上の発言に、人がワイワイ集まってきて、
「あの小説は買わないことにしましょう!」
「あのテレビはマジ終わってほしい」
「あの芸人は何で消えないの?」
という、あまり生産的でも豊かでもない空間が形成されることになる。
さらにそれがエスカレートすると、特定の個人をとことん追い詰めるほど、誹謗中傷が膨れあがったりする。
それは確実に人を傷つける。
場合によっては、自殺者も出るのだ。
だから、「正直な感想を言っただけ」とか、「事実を指摘しただけ」とかの、軽い気持ちで発した言葉でも、言われた当人にとっては深刻な問題になることがある。僕たちは、それを肝に銘じなければいけないのではないだろうか?
「閣下」
「何だ?」
「僕は以前、閣下が指揮したインターポール作戦を、無謀と言いました。それは正直な感想であり、また事実であると感じたからでもありますが、そう言われて閣下は傷つきましたか?」
「別に傷つきはせん。歳下のシロウトに言われて、ムッとはしたがな」
「では、無能、変態、鬼畜、ゲス野郎についてはどうですか?」
「勝手に言ってろって感じだ。こっちは命懸けで戦ってるから、悪口なんて気にしてる余裕はない」
「そうですか。閣下は鋼のメンタルなんですね」
「そんなことはない。ワシだって傷つくことはある」
「例えば?」
「ゲイシャガールズに、キモティくないって言われたときだ」
「なるほど。でもゲイシャガールズにとっては、それは正直な感想であり、事実でもあった訳ですよね?」
「だけど、一生懸命頑張ったのに、キモティくないなんて言われたら、さすがのワシでも傷つく」
「正直な感想であっても、この場合は言うべきではなかったと?」
「まあ、もっとオブラートに包んでくれても良かった」
「閣下の頑張りはもう一歩であるとか、気持ちいいとまでは言えないとか、そんなふうにですか?」
「うーん。それも何だか、傷つく気がするな」
「オブラートに包んでも、傷つくものは傷つくと?」
「……そうだな」
「キモティくないと言われて、閣下は『よし、もっと頑張ろう!』と思いましたか?」
「いや」
「ではどう思いました?」
「やや自信が揺らいだというか、もっと言うと、己の価値を見失いそうになった」
「それは大問題ですね」
「男にとってはな」
「女性にはもっと、優しい言葉をかけてもらいたいですよね?」
「それはそうだ。女の言葉一つで、男は勇気百倍にもなるし、自信喪失することもある」
「閣下、結論が出ましたね」
「何の結論だ?」
「自由な感想を言える世の中がいいか、それとも言葉には気をつけるほうがいいかの結論です」
「いや、それとこれとはーー」
「違いますか? でも閣下が正直な感想を言われて傷ついたのは事実ですよね? そうすると、あなたが『クソつまらない』と言うことで、その芸人も傷つく結果になるとは思いませんか?」
「ワシはそいつに、直接言った訳じゃない」
「いや、それが問題なんです。ネットに書き込む人も、本人に直接言ったという自覚はないでしょう。だけど、その書き込みがほかの書き込みを誘発したら、嫌でも本人の目にとまることになりますよ」
「ワシがゲイシャガールズにしたのは、芸人のネタとは違う。そもそも仕事じゃないし」
「同じですよ。閣下が女性に優しくしてもらいたいと思う気持ちと、芸人さんが温かい目で見てもらいたいと思う気持ちは」
「しかしーー」
「いいですか。こう想像してみて下さい。閣下はキモティくなかったと、ゲイシャガールズがネットに書き込んだとします。するとそれに関係ない誰かが、『それはお気の毒に』と書き込み、また誰かが『下手クソ男サイテー』、『マジどんだけ下手なん?』、『下手っぴ将軍』ーー」
「やめろっ!!」
「ね? 残念ながら、これが今の地球なんですよ。いつも誰かが誰かをけなしている。しかも執拗かつ大量に。ターゲットにされた人にとっては、まるで戦争です。もし自由な発言に制限をかけなかったら、この戦争はいつまでも続きます。僕たちは、これを終わりにしないといけません」
「終わりにするとは?」
「悪口を言うこと、人格を否定すること、ぶっ叩くこと」
「では教えてくれ。面白くないものを面白くないと言うのは、その中のどれに当たるのだ?」
「全部ですよ。閣下が一生懸命果たしたことを、キモティくないの一言で切り捨てたのと一緒です。芸人も小説家も、命を懸けて全力でやってるんです。それを根拠も示さず『クソつまらん』、『面白くないですね』などと評論家気取りでぶった斬ることを、みんなでいっせいにやめるべきなんです。閣下だって、優しく『また次頑張ってね♡』と言われたほうが百万倍いいでしょう?」
ヘラズグチ中将は黙っていた。
その顔は、まだ納得していない。
そして、
「やはり同意できない。ワシは反論する」
ああ……
早くグレートトージョーに会わないといけないのに、なかなか徹底討論が終わらないよー!!!!




