第20話 ラブ・ソングは突然に
僕はジャックを起こし、青鬼の一件を話した。
ジャックとセイラは、面白そうに笑った。
「そうか、この森のステージでは、鬼出現のイベントがあるのか。まあ、上手くクリアできて良かった」
「笑い事じゃないですよ。もう少しで、セイラが殺されるところだったんですから」
そう言うと、少女のセイラが目を輝かせた。
「私が死ななくて、嬉しい?」
「当たり前だよ! 仲間じゃないか」
「仲間ってだけ?」
「……え?」
「ねえ、私が死んだら泣いてくれる?」
「セイラが死んだら?」
そう言われた瞬間、目から涙があふれた。
「やめろよ。死ぬとか言うなよ。僕はそういうのにメチャクチャ弱いんだ」
「死んだら泣いてくれるの?」
「当たり前だって言ってるだろ! 死んじゃったら、もう二度と会えないじゃないか!」
「じゃあ私とは、離れたくない?」
「離れない! 離さない! 離したくない!」
そう叫んで涙を拭うと、セイラが僕の腰に抱きついてきて、歌を唄った。
ラブ、アリスター とっても好きよ
あなたに会えて幸せ
もう離れない 地の果てまで
どこまでもあなたとゆくわ
だけどあなたは冒険者
風のように 旅をする
ねえ 私をつかまえて そして言って
おまえが好きと マイ ダーリン
僕は、グッとなった。
(そうか。僕は15歳の女の子を、こんな気持ちにさせてしまったのか。そして正直、僕も泣きたいくらいにセイラが好きだ。ここはストレートにその気持ちを伝えなければ)
心のままに、僕も歌を返した。
おお ベイベー いかしてるぜハニー
おまえのこと マジ好き 超超愛してる
ベビベビ セイラ ベビセイラ
おまえのすべて おれのもの
いただいちゃっていいかな? いーんです!
溶ろけるような トゥナイト オールナイト
エブリナイト ラブ トゥゲザー
旅の終着点は おまえだったんだね♡
セイラが、すっと身体を離した。
「アリスターの歌って、ずいぶん大人っぽいね」
「セイラの歌こそ、大人っぼかったよ」
「ねえ、ジャック。どっちの歌が上手かった?」
するとジャックは、
「歌のことなら、鳥に判定させよう」
と言って、オオハシモドキのピヨちゃんに審査をさせた。ピヨちゃんは鬼の作った睡眠薬入りのスープを飲んで熟睡していたが、ついさっき起きたのだった。
ピヨちゃんは迷わず答えた。
「女の子の歌、好き! 男の歌、ダメ!」
「どうしてだよ」
ダメの一言で切り捨てられるのは、納得がいかなかった。
「あれは僕のオリジナル・ソングだ。人の作品を否定するなら、ちゃんと根拠を言ってくれよ」
「最低! 下品! ドスケベ! 変態! オジサン!」
ストレートな悪口の連打に、僕は打ちのめされた。
「くそお。鳥なんかに、僕の歌の良さがわかってたまるもんか。ラブちゃんならわかるだろ?」
同じくさっきまで熟睡していたラブラドール・レトリバーのラブちゃんに、歌の感想を求めた。
「ホンマに最低やったで」
ラブちゃんは、歯に挟まった鳥肉を爪でせせりながら言った。
「聴いててゲー出そうやったわ。あんなん唄ったら、全世界の女子に嫌われてまう」
「マジで?」
僕はセイラを振り返った。
「まさか、嫌いになった?」
「そんなことないけど」
セイラはもじもじした。
「あの歌は、やっぱりちょっと下品で、変態でオジサンな感じがしたけど、歌を作ってくれたのは嬉しいわ」
「……ゴメン。センスなくて」
「ねえ、私のこと好き?」
「好きだよ」
「良かった! 私、ずっとお兄ちゃん欲しかったんだ!」
「……へ?」
「私のこと、可愛い妹と思って好きになってくれたら、こんなに嬉しいことないな♡」
「…………」
じゃあさっきの歌は何なんだよと思った。お兄ちゃんに向かって、マイ・ダーリンとか言うなよ!
だからつい、妹気分でいる女子に対して、エブリナイト・ラブ・トゥゲザーとか唄っちゃったじゃないか。
「この歌対決のイベントは、セイラの圧勝だな」
とジャックが言い、慰めるように僕の肩を叩いた。
「アリスター。お前には、天性のモテなさを感じる。まあ、モテるだけが幸せじゃないから、お前はお前らしく生きろ」
「言われなくたって、モテようなんて思ってませんよ。好きになってくれる女子は、一生に1人いればいいんです。そのほうが幸せじゃないですか?」
「そのとおりだ。いつの日か、セイラがお前を恋人と見てくれるといいな。優しいお兄ちゃんじゃなくて」
「……ええ」
セイラはしゃがんでラブちゃんを撫でていたが、ふと何かを思い出したようにこっちを見た。
「そう言えば、さっきの鬼さんに、料理を食べさせてもらったお礼をしないと」
僕はその、いかにも幼い妹のようなセリフにプッと噴き出し、
「いや、いいんだよ。鬼だから」
と言うと、セイラは首を捻った。
「どうして鬼だったらいいの? あんなに上手に料理が作れるんだから、悪い人じゃないと思うけど」
「いや、悪いから、鬼なんだよ」
「そう? 鬼って、元々人間だったのが、恨みとかを募らせてああいう姿に変容したんだって聞いたことがあるけど。だとしたら、最初から悪い鬼として生まれてきたんじゃないんじゃない?」
「うーん、そうなのかなあ?」
「それに、アリスターは、鬼も含めてこの世を幸せにしないといけないんだよ。鬼を悪いと決めつけて、勝手に切り捨てたらダメじゃん」
セイラにそう言われると、なんだか鬼がかわいそうな気がしてきた。
「さあ、追いかけよう。このままじゃあ、鬼さん孤独だよ。孤独にするって、いちばん残酷じゃん」
セイラが動物好きなのは知っていたが、その中には鬼さえ含まれるのだということわかった。
そして、そういう優しいところを見て、ますますセイラが好きになった。
僕たちは、小屋を飛び出した青鬼を追って、森の奥深くへと分け入った。




