第2話 ギルド酒場にて
辺境の地〈イーゾ〉へと旅立ったはいいが、僕にまっすぐそこへ向かう能力はない。
スキルは【眼福】だけなのである。つまり戦闘能力は無、ゼロ、ナッシングなのだ。
転生前の世界を僕は憎んでいた。そしてそのころ、ゲームの世界に激しく憧れていた。
(世界があんなふうに魅力的なら、僕も生まれてきた意味を見出せるのに)
深くそう思っていたことが幸い(災い?)したのか、僕は首尾良く異世界に勇者として転生したのであるが……
異世界というのはなかなかに、殺伐とした世界だった。
何と言っても、バトルをしなければ生きていけない。道を行けばモンスターにエンカウントし、己の実力を試される。もちろんモンスターを駆除すれば、その地を治める国から対価が支払われ、また勝つことによって自分のステータスも上がるのだが、争いを好まぬ陰キャの少年だった僕には、
(虫だって潰せば後味が悪いのに、モンスターを傷つけて倒す行為は、どうしても好きになれない)
というマイナスの感情を、日々溜め込む結果となってしまった。
(こんなふうに思うのは、ナイーブすぎるんだろうか? モンスターを倒せばスカッとするのが普通なんだろうか? だとしたら、やっぱりこっちの世界も僕には合わない。ああ、どうして生きるって、こんなにも嫌なことばかりなんだろう……)
心にそういう隙間風が吹いたときは、【眼福】を使う。すると、
(見よ、パーティーの仲間たちの勇気と団結力を! 友情と成長を! 鍛えれば必ず強くなる世界! 経験が必ず役に立つ世界! 僕が前にいた世界は、マジメに努力すればバカにされ、イジメられる世界だった。それに比べてこっちのなんと夢のあることよ! ああ、眼福、眼福)
目に映る世界が、輝いて見えるのだった。
とは言え、年がら年中【眼福】を発動させているのではないので、時に嫌なことも見えてしまう訳ではあるが。
(まあいい。【眼福】のレベルが上がれば、もっとこの世界のいいところが視えてくるだろう。そうなれば、今の悩みも消えていくかもしれない。そのためにも、バトルをしてステータスを高めていくことが大事だ!)
僕はその想いを胸に、ギルド酒場へ入った。
ギルド酒場の亭主というのは、たいてい無口で無愛想である。それは、こういう場所ではいろんな情報が交わされるので、おしゃべりな印象では具合が悪いからかもしれない。
この店でもそれは例外でなく、まるでギャンブルに負けたみたいな苦々しい顔をした亭主が、入口で黙って手を突き出した。僕はその手に、ギルドカードを渡した。
「固有属性のFランク?」
亭主が片方の眉毛をつり上げて言った。
「固有属性とは、なかなか見ないな。そうとう変わった適性を持ってるんだな」
僕は酒場のイメージに合わせて、ハードボイルドに渋く答えた。
「別に」
「どんなスキルがある?」
「人に言うほどじゃない」
「しかしFランクじゃあ、バトルの役には立つまい。ドブさらいの仕事でももらいに来たのか? だとしたらすぐに斡旋してやるが」
「いや。僕には自分の土地があるんだ。そこまで一緒に行ってくれる冒険者を見つけに来た」
「意味がわからん。自分の土地に行くのに、どうして他人が要る?」
「旅には友がいたほうがいいだろう? ちょっとパートナーを探させてもらうよ」
僕は通路を歩き、カウンターやテーブルにいる客たちを見て回った。
ギルド酒場には、仕事にあぶれ、暇で退屈している冒険者がたくさんいる。その中から、一緒に辺境の地へ行ってくれる仲間を見つけないといけない。
その条件は、
・バトルに強いこと(僕が弱いから)。
・しかし凶暴すぎないこと(そういう人を僕は好かない)。
・金に困ってないこと(辺境の地〈イーゾ〉のあるナン国は、大して裕福じゃないから、モンスターを倒してもそれほど対価を期待できない)。
・性格が良いこと(旅の友として、この条件は絶対)。
・でもカッコよすぎないこと(性格が良い上にカッコよかったら、なんというか、楽しくない)。
・女子だったら、優しいこと(優しくない女性に傷つけられることほど、この世でつらいことはない)。
・でも美人すぎないこと(美少女と2人で旅してたら、悪い奴らに目をつけられて危険が増す)。
こんなところだろうか? まあ条件としては、それほど高望みはしていないつもりだが。
酒場をざっと見た印象だと、強そうなのはたくさんいるが、性格の良さそうなのは少ない。しかし見た目で本当の性格はわからないので、【眼福】を発動させた。
するとーー
テーブルに坐って談笑している女子のグループが、目に飛び込んできた。
(女子だけのグループとは珍しいな。しかも全員若い。もしグレアム隊長がいたら、ナンパしてこいと命令されそうだけど……あ、あの子)
グループの中でも、断トツ美人の銀髪少女の性格が、【眼福】によって抜群に良いことがわかった。
(なんということだ。あんなに美人で性格も最高だなんて、まさしくザ・最強じゃないか。眺めているだけで嬉しくなってしまう。眼福、眼福)
と、女子の1人が僕の視線に気づいた。
「ねえ、あいつ、じっとサラを見てるよ。嫌あね」
そう言ったのは、あまり美人ではない女子だった。かわいそうだが、転生前の世界のニッポンにあった下駄によく似た顔をしていた。
ところが【眼福】は、そんな女子の隠された良い面も、拡大して視えるようにしてくれる。
彼女は動物好きだった。
(ああ、あんな下駄みたいな女子にも、動物を愛する優しい心がある! それを知ると、あの子が愛おしく見えてきた。一緒に旅をしたら、案外好きになっちゃうかもしれないぞ)
しかし僕は、動物好きの女子を求めている訳ではなかった。
(もっと別の冒険者を探そう)
そう思ったときだった。
「ねえ、彼女たち、暇? だったら、俺と一緒に旅しない?」
髪の毛をツンツンに立てた、キザな男が図々しくテーブルに手をついた。
胸がムカムカした。
そいつは、前の世界で僕をイジメ続けた陽キャたちと、同じ匂いをプンプンさせていたのだ。