第194話 最強最後の独裁者
ついに炎の猛将にも、撤退を決意させることに成功した。
「もうこの戦場は大丈夫だ。次はどこに行こう?」
チンチロゲ風呂に浸かりながら、グリアム王に【変容】しているセイラに訊くと、
「それはヘラシオコンビに訊いたら?」
ということで、風呂の中でも熱心にネタの打ち合わせをしている2人の中将のほうへ泳いでいった。
「ヘラヘラ、ヘラヘラ、ヘラヘラヘラズグチ♪」
「えー、ギャグの練習中すみません。僕らはまた、ナン兵を救うために旅立ちます。いちばん苦戦してそうな戦場はどこでしょう?」
すると2人は揃って、
「そりゃーカレーパン島だ!」
息の合ったコンビらしく答えた。
「カレーパン島、ヤバいよねー」(ボケ口調のヘラズグチ)
「そうそう。絶対国防圏だからね」(説明してくれるシオ)
「あれ破られたらさー、本土は空襲の嵐じゃん。ヤバいよねー」(アホっぽいヘラズグチ)
「だけどさあ、シン軍に上陸されたって話だろ?」(状況を教えてくれるシオ)
「ヤバいじゃん」(語彙の少ないヘラズグチ)
「兵力差を考えたら、玉砕じゃね?」(冷静な分析をするシオ)
「痛いっ!!」(突然股間を押さえて痛がるヘラズグチ)
「どうしたお前? 病気?」(悪い病気の心配をするシオ)
「いや、お前が玉砕って言うから、玉が砕けんのかと思って」(安っぽい下ネタに走るヘラズグチ)
「バカ、うるせーよ。どうもありがとうございました」(軽くどついてシメるシオ)
そうか、玉砕か……
つまりは全滅である。
太平洋戦争のとき、「全滅」と発表すると国民に与えるショックが大きいからと、大本営が無理くり捻り出したワードである。
語源は中国の古書にある記述「大丈夫寧可玉砕何能瓦全」。勇士は瓦として無事に生き延びるよりも、むしろ玉となって砕けた方がいいという意味だそうである。
〈皇軍の兵士たちは、玉のように美しく砕け散りました〉
というふうに、言葉を飾ったのである。
美しい訳がない。
殺し殺される戦争である。
どうも太平洋戦争のことになると、劣勢でも最後まで抵抗を続けた日本兵のことを、美しく伝えようとする傾向が強いように感じる。
もちろん、兵士たちはかわいそうである。国の都合で徴兵され、人殺しをさせられ、無惨に殺されたのだから。
だから、せめてそれの美しい面を語りたい、という気持ちは良くわかる。そういう映画や小説が存在しても悪くないと思う。
腹が立つのは、「勝てる勝てる」と言って生きた人間を戦地に送り込み、撤退も捕虜になることも許さず、結果自殺のような形で兵が全滅すると、
〈美しく散っていった〉
じゃねーよ、バカヤロー! テメーの見通しが全然間違ってたから死んだんじゃねーか。テメーが殺したんだろ!
というのは、僕の意見ではない。
戦後、このような批判を、一身に浴びた人物がいた。
東條英機。
第40代ニッポン国内閣総理大臣。
A級戦犯として処刑される。
おそらくこの人物ほど、多くのニッポン人から怨嗟の声を浴びせられた人はいないだろう。
僕は今、カレーパン島の連想から、地球のサイパン島のことを思い出している。
リゾート地としての、グアム・サイパンではない。
「玉砕の島」とも呼ばれた、激戦地としてのサイパン島である。
ちなみに玉砕の島と呼ばれるのは、サイパンだけではない。
検索してヒットしやすいものだけでも、アッツ島を始めとして、ペリリュー島やテニアン島などがある。
しかしサイパン島が特によく知られていると思うのは、
『太平洋の奇跡ーフォックスと呼ばれた男ー』
という映画があるからだ。
実在する人物である大場大尉は、「たった47人の兵力で4万5千人もの米軍を翻弄し、米軍から畏敬の念をこめてフォックスと呼ばれた」そうである。
どこまでが本当かは、僕にはわからない。
ニッポン人としては、血で血を洗う戦争の中でも、勇敢で敵からも尊敬された人物がいると聞けば、誇らしい気持ちが湧く部分もあることはある。
しかし、今の国際テロリスト組織などが動画に上げているような戦闘・殺戮シーンを観たときに、人々がどう感じるかを考えると、それらは間違いなく、
「胸糞動画」
なはずである。
であれば、太平洋戦争の戦闘・殺戮シーンが美しかったとは思えない。やはりそれらは、通常の神経の人間の気分を悪くさせるような、残酷極まりないものだったはずだ。
そんな戦争を決めてしまった内閣。
その責任者である東條英機首相。
外務大臣、内務大臣、陸軍大臣なども兼任し、憲兵政治を行なった独裁者。
その東條英機は、
「サイパンは確実に勝てる!」
と言い続け、殲滅の報に接すると、
「玉砕」
と、何日も経ってから発表させたのである。
恨まれる理由はいくらでもある。
が、しかし……
平和な時代に生まれた僕が、あの時代の人を簡単に否定したり断罪したりすることは、やっぱりできないです!!




