第182話 GEISHA GIRLS
僕たちは、インターポールを目指して行軍した。
まずは死の谷へ。
足がズブズブと沈む、歩きにくい湿地帯を進む。
「こんな道を100キロも行くのかー。物資はどうやって運んでるんだろう?」
と僕が言うと、
「今はまだいいが、雨季にはこの辺り一帯が冠水する。だから雨季が来る前に、急いで作戦を開始したのだ」
アタチ中将が教えてくれた。
やがて日が暮れかかるころに、大河の畔に来た。
「これを渡るんですね? 川幅はどのくらいでしょう」
「およそ600メートルだ」
そんなにあるのかー、ヤダなー、と顔をしかめて河面を眺めていると、上流のほうから、何かがドンブラコ、ドンブラコッコと流れてきた。
「ん、何だろう? 桃かな?」
僕は軽いジョークをかましたが、桃太郎を知らない異世界の人たちは、誰もリアクションを返してくれなかった。
するとその何かが、悲しそうにモーと啼いた。
「あっ、モーって啼いたぞ。ってことは牛だ!」
ドジな牛もいるもんだ。しかしここは、助けてやらないと。
「オーガ、頼む」
鬼のオーガがザブンと河に飛び込み、流れてきた牛さんを、お姫様抱っこの形で軽々とキャッチした。
「よっ、さすが怪力。どう、水深は?」
「身長2メートルのワタシの腰まであるから、歩いて渡るのはなかなか大変よ」
と言いながら、頭に牛を載せてジャバジャバ岸まで歩いてきた。
牛は無事に地面に降ろされると、オーガに向かって何度も頭を下げた。なかなか性格の良さげな牛さんである。
「ちょっとこの地のことでも訊いてみたいな。ジャック、【動物語】を発動してくれる?」
「よし」
ジャックの特殊技で、僕らは牛と会話することができた。
「モー、助かりました。モー、感謝しかないです」
「良かった、良かった。ところでどうして、河に落ちたの?」
「モー? 落ちたんじゃないですよ。僕たちは、荷物を載せて渡らされたんです」
「えっ、誰に?」
「モー、ヤダなー。あなたたちと同じ、ナンの軍人さんにですよ」
そうか、と思った。ベルマ方面軍の第18師団は、荷物を運ぶのに、現地で徴用した牛を利用したのだ。
すると牛さんは、腹立たしげにモーと鼻を鳴らした。
「モー、勘弁して下さい。僕らは昔から、戦争なんて大っ嫌いなんですから。それは馬くんの仕事です。だいたい軍人さんたちは腹が減ってるから、僕らを食いたくてギラギラした目で見るんです。モー、生きた心地がしなくて……」
「そうか、悪いことをしたな。代わりに僕が謝るよ、ゴメン」
「モーいいです。それよりも、モー戦争はやらないで下さい」
僕は下を向いた。正直、情けない気持ちだった。
(自分たち同士で殺し合いをする人間は、動物にも呆れられている。こんなバカなことは、一刻も早く終わりにしないと……)
牛さんに別れを告げて、僕は冥界から召喚獣ガルムを喚んだ。ガルムは、ちょっとした丘くらいの大きさがある犬だから、2万人の兵を乗せて、大河を楽々と歩いて渡ってくれた。
「この河は、何という名前ですか?」
アタチ中将に訊くと、
「チンチロゲ河だ」
名前だけ聞くと、細くて縮れた川みたいである。
僕は振り向いて、ルイベを呼び寄せた。
「ルイベ。この河の名前を、僕の耳元で言ってみて」
「チンチロゲ♡」
やっぱルイベはいい子だなー♪
と、グリアム王が物凄い形相で睨んだので、僕は視線を逸らした。
チンチロゲ河を渡り終えて、ガルムにバイバイをしたとき、100メートルほど先にテントが張られていることに気づいた。
「あれは幕舎だ。1つしかないから、きっと高級将校専用だろう」
アタチ中将がそう言って、幕舎に近づいていった。
そのときだった。
「アーレー!!」
黄色い灯りの洩れるテントから、女の黄色い悲鳴が聞こえてきた。
「アーレー!!」
「アーレー!!」
しかもその声は、複数だった。
「あの中で女が襲われてるぞ!」
叫んで駆け出そうとしたジャックを、僕は服をつかんで止めた。
「待て、様子をみよう」
「何だって? お前は女性の敵か?」
「いや。もちろん僕は女性の味方だし、強姦魔の敵だ」
「ならどうして止める?」
「今聞こえた女の声は、悲鳴じゃない。あれは嬌声だ」
「嬌声って……ルイベがときどきやる?」
「そう、あのアーレーだ。ルイベ、やってみてくれ」
「ああん、ちんちろげー♡」
ちょっと違うが、まあいいだろう。
「アタチ中将」
僕は苦々しい思いを噛み締めて言った。
「前線の兵は飢えて地獄の行軍をしているのに、後方では、高級将校がゲイシャガール遊びをしているようです。あなたたちのよく言う皇軍も、ずいぶん堕落したようですね」
アタチ中将も、苦々しい顔つきをした。
「今度の戦争から、慰安婦なんて言葉を聞くようになったが、まさか安全な地点にいる上官が遊び呆けているとは……クソッ! 根性を叩き直してやる!」
アタチ中将が今まさに、テントの入口を開けようとしたそのとき。
「アーレー、ヘラ中将さーん♡」
「ちょいとヘラさん、ヘラヘラはダメよ♡」
「ホントヘラさんったら、ヘラズグチがお上手♡」
女の甘ったるい声に、アタチ中将が硬直した。
中でゲイシャガールと戯れていたのは、人もあろう、かの「炎の猛将」ヘラズグチ中将だった!!!




