第178話 山に、巨人が
夜が更けてきた。
「風強ー、ガチ寒ー!」
2万人の兵たちが、ガタガタと震えた。
そこでジャックとオーガの夫婦が忙しく移動し、【ファイヤ】で焚き火をしてやったり、【料理】で腹を満たしてやったりした。
にしても、オーガの【料理】は鮮やかだ。
この何もなさそうな山の中から、珍しいクワガタや蝶を捕まえてきて、絶品料理に仕上げてしまうのである。
「えっ!? 蝶々って、こんなに旨かったの?」
目を丸くする若い兵隊たちを見て、オーガはオホホと笑った。
「待っててね。今ヒクイドリを捕獲してくるから。あいつのモモ肉を食べたら、1日で6千メートルくらい登っちゃうわよ」
戦いに疲れた兵士たちは、温かい料理を食うと、グズグズ鼻を鳴らした。
内地に残してきた家庭の温かさを思い出して、感傷的になったのかもしれない。
「さあ、一杯どう?」
オークが【盗む】で調達した酒を、ルイベが坐って注いでやった。
「あ、い、い、いただきます」
「お酒は初めて?」
「い、いえ」
「どうしたの? 緊張してる?」
「い、いえ、その、姐さんの手」
「手?」
「手を置いてる場所が、モモからずれているであります」
まるで少年のように顔を赤くした兵士を見て、みなどっと笑った。
「ではみなさん、1曲聴いて下さい!」
と、ボンバーヘッドを振り回して唄ったのは、もちろんMCヤマーである。
すると陛下のありがたい託宣
負けるが勝ちの作戦
何より国民の命が優先
余は処刑オッケーと率先
ダー(号泣)
「何だあの兵卒、やけに芸達者だな」
と感心したアタチ中将は、その正体がヤマ長官であることを知らない。長官は戦死したと思い込んでいるのである。
翌日は、日の出とともに出発した。
道は険しさを増していく。
風も冷たさを増した。
「シャイニング!!」
ルイベが光球を出現させた。するとそれが発する熱によって、兵たちは汗を掻きはじめた。
「アチチ、アチチ、どうしたんだろうか?」
「光球のせいだろうか?」
「熱があるんだろうか?」
何だかよくわからないが、兵たちの会話はラテンっぽく聴こえた。
それにしても、兵士たちの健脚ぶりはどうであろう。
休むことなく道なき道を登り、翌日には、1人の脱落者もなく高度6千メートルの地点に到達してしまった。
いや。これは健脚などではない。
他の戦場で、歯を食いしばって戦い抜いている同志のことを想い、
(退却を選んで申し訳ない。待ってろ。1秒でも早くこの山を越えて、貴様らの助太刀に参上するからな!)
後ろめたい気持ちになって、自らの肉体を虐め抜くような登り方をしているのである。
戦争は嫌いでも、軍人のこういう姿に接すると、好きにならずにはいられなかった。
そう。ちょうど1人のアイドルが嫌いでも、それが属するアイドルグループは嫌いにならないように。
それだけに、逆説的ではあるが、
(この世の中から戦争がなくなって、彼らが戦わなくてもいい日が早く来てほしい)
という願いが込み上げてくるのだった。
そしてその翌日ーー
僕らを含む先頭集団が、最後の難関である北壁に辿り着いた。
「これを越えれば、退却は九分九厘成功だ」
アタチ中将が言ったとき、おそらく兵士の誰もが、
(そもそもこの壁を越えるのが、九分九厘不可能……)
と思ったはずである。事実、そう考えるのが常識だった。
ルイベのシャイニングのおかげで、身体は凍りつかずに済んでいる。だがボルダリングみたいな垂直の崖を、道具もないのに、いったいどうやって登攀すればいいのか?
「セイラ、何かいいアイデアはある?」
グリアム王に【変容】しているセイラにそっと訊くと、
「そうね。私が巨人に【変容】して、みんなを摘んで向こう側に運んだら簡単だけど」
「ダメだよ。それだと軍人のプライドを傷つけちゃう。誰かに助けてもらって逃げたとなったら、突撃して死んだほうがマシだったって思う人たちだから」
「まあ実際、私もグリアム王から別のものに【変容】できないしね。うーん、難しいな」
僕とセイラは、ともに腕組みをして考え込んだ。
と、そのとき、変なイメージが湧いてきた。
巨人が、この北壁をまたぎ越えるイメージだ。
「できる、かな?」
僕は自分のアイデアが、我ながら気に入った。
「巨人だったら、ひとまたぎだよね。うん。ぜひそのシーンを見てみたい」
「アリスター、どうしたの? 独り言?」
「セイラの言葉で、おかしなことを思いついちゃった」
「何?」
「2万人の兵隊で、1人の巨人を造るの。そいつが山頂をまたいだら、あっという間にこの垂直の壁を越えられるでしょ?」
「2万人で巨人を造る? 頭は平気?」
「平気、平気、大量破壊兵器。なんちゃって」
セイラが僕を、怖いものを見るような目つきで見た。
「まあ言ってみれば、究極の組体操だよ。2万人がくっついてさ。それだったら、誰が助けるでもなく、自分たちで山越えをしたことになるしね」
「ちょっと待ってよ! そんな数で組体操なんてしたら、下の人は潰れてどんどん死んでいくじゃない!」
「死なないんだよ、潰れても。ゾンビだから」
「あ」
ということで、僕のアイデアを試しにやってみることになった。
案の定、下になったゾンビ兵は潰れた。
しかしそれは生ける屍である。その屍に足をかけて、次から次へと兵が上に登っていった。
壁の下から上まで繋がった2万の兵の姿は、あたかも1体の巨人のようだった。
「すげえビジュアルだな。これぞリアル巨人兵だ」
上の兵が登ると、その下で潰れていた兵が復活し、壁にしがみついた。
軍人にとって、一糸乱れぬ団体行動はお手の物である。
巨人の「右手」が登ると、「左足」が登り、次に「左手」、「右足」と続いた。
そしてついに、1体の巨人は北壁を越えた。
僕は不思議な感動に包まれていた。
この光景こそまさに、ファンタジーの極致ですよおおお!!!!




