第17話 幸福のカギ
セイラの言ういいアイデアとは、
「ラブちゃんをパーティーの一員にする」
ということだった。
これには正直、首を捻った。
「パーティーに入れるったって、ラブちゃんは普通のラブラドールだよ。バトルに巻き込む訳にもいかないし、この子の幸せを考えたら、やっぱり施設に引き取ってもらうしかないんじゃないかなあ」
「誰の幸せやて?」
とラブちゃんが、いかにも不服そうに鼻を鳴らした。
「兄ちゃんに、なんでそれがわかるねん。施設なんてミジメやで。ワテは1人で生きると決めたねん。勝手に人の幸せ決めんといて」
「ねえ、ラブちゃん」
少女のセイラが勢い込んで言った。
「私たちと一緒に旅するのはどう? 冒険って、楽しいよ」
「そやな」
セイラの申し出には、満更でもない顔つきをした。
「1人で生きるゆうても、メシを食えんことには始まらん。ワテがあんたらに、食いもんのある場所を教える。あんたらが、野犬を追っ払う。そういうギブアンドテイクでいくのはどうや?」
なかなかしたたかな面を見せる。犬の食べ物がある場所に僕らを連れて行き、やっかいな野犬から身を守ってもらおうという算段か。
「まあ、それならそれで、ペットということでいいんじゃない? 何もパーティーの一員にしなくても」
「何やて?」
ラブちゃんが、眉間にしわを寄せて睨んできた。
「ワテの飼い主は、ハジメ1人や。他の誰にもワテは飼われたりせん。見くびっとったらシバくぞ!」
ガリガリに痩せてるくせに、威勢はいい。僕はやれやれと、肩をすくめてジャックを見た。
「そうだ。犬を見くびったらイカン」
ジャックも全面的に、ラブちゃんを支持した。
「彼らのスキル【嗅覚】は、人間がどれほど努力しても到達できないランクに達している。いわばマスターだ。俺たちの【動物語】や【眼福】も到底敵わない。そういう彼にパーティーに入ってもらうのは、むしろ光栄じゃないか?」
「兄さんはようわかっとる」
ラブちゃんが我が意を得たりというふうに、
「ワテの【嗅覚】があれば、野蛮なモンスターを避けられる。あんたらにはそこまでの【嗅覚】はないやろ? ワテを仲間にすんのは、ホンマに利口なこっちゃ」
これで決まった。ラブちゃんは、立派な冒険の「仲間」になった。
「ほな案内するさかい、ワテのあとについてきなはれ」
機嫌がいいのか、尻尾を振っている。1人で腹をすかせていたところに、助けてくれる仲間ができたのだから、そこは素直に嬉しいのだろう。そういう様子を見ると、こっちも嬉しくなる。
その揺れる尻尾を眺めて、自然と口笛を吹いていたとき、ある疑問が湧いてきた。
(もし僕が【眼福】をマスターして、この世を【幸福】に変えたとしたら、動物たちもみんな幸せになるのだろうか?)
「ねえ、ラブちゃんさあ」
地面をクンクン嗅いでいるラブちゃんに、声をかけた。
「ラブちゃんの幸せって、何?」
ラブちゃんがクンクンをやめて、半分だけ首を回す。
「なんや、藪から棒に」
「突然訊いてゴメン。実は僕、この世を幸せに変える力を秘めてるんだ。もちろんそれは、人間だけでなくて、動物にとっても幸せでないと意味ないと思ってさ。例えばラブちゃんの場合は、何が幸せなのか教えてくれる?」
「ワテの幸せは決まっとる。1つしかない」
「何?」
「もう一度ハジメと暮らすことや」
ラブちゃんにじっと見つめられて、僕は何も言えなくなった。
「ワテは毎晩夢を見る。ハジメが戻ってくる夢や。そらもう、ワテいっぺんで幸せになってもうて、部屋ん中グルグル走り回る。でも起きたら、ハジメおらへん。ワテの心は死ぬ。これが毎晩や。兄さんがワテを幸せにする言うんなら、ハジメをここに連れてきてくれんか?」
僕は茫然とした。それはできない。どれほどこの世から悪がなくなり、平和で安全な世の中が実現されたとしても、死者が還ってくることはない。
つまり、たった1匹のラブちゃんでさえ、僕は幸せにできないのだ。
「なあ、兄さん。死んだらもう戻ってこんのか? ハジメにはもう二度と会えんのか?」
「うん」
僕の口はカラカラだった。
「きみも僕も、いつかは死ぬ。そして死んだら、二度と生きられないんだよ」
「だとしたら」
ラブちゃんが、無表情に言い放つ。
「ワテが幸せになることはない。兄さんには悪いけど」
プイと前を向き、再びクンクンを始めた。
僕の心は沈んだ。そうだ。僕は必ず死ぬ。セイラもジャックも死ぬ。そして死んだら、もう二度と冒険もおしゃべりもできない。
(この世を幸せにするなんて幻想だ。いくら【眼福】をマスターしても、死をなくすことはできない。死がなくならなければ、動物一匹を【幸福】にすることもできないではないか……)
セイラを見た。いつか必ず別れが訪れるセイラを。
ジャックを見た。これほど強そうな人でも、死には決して勝てない。
「無理だ」
僕はその場にしゃがみ込んだ。
「僕たちは、生きてるあいだ、ちょっとばかり楽しい思いをすることはできる。でもたくさんの人と死に別れて、いつか自分も死なないといけない。だからこの世を【幸福】にすることなんて、絶対に無理なんだ」
「どうしたの、アリスター」
セイラが横に来て、僕の肩を揺すった。
「アリスターはまだ、この世界のことをわかってないんじゃない? 数あるスキルの中には、【復活】もあるんだよ」
それを聞いて、あ、と思った。
「【復活】を使える仲間がいたら、バトルで死んでも生き返らせてもらえるでしょ? だから、この世が【幸福】になったときには、誰もが【復活】を使えるようになってるかもしれないじゃない。希望を捨てないで」
「そうだ、そうだ」
僕は勢いよく立ち上がり、ラブちゃんの背中をガシッとつかんだ。
「なあ、もしかしたら、またハジメさんに会えるかもしれないぞ。【復活】をマスターした冒険者を探して、頼んでみるよ!」
「ホンマか!?」
ラブちゃんの尻尾が、目にも止まらぬ速さで振られた。
「ハジメを連れてきてくれるんか! そしたらもう、ワテには言うことあらへん!」
ラブちゃんの目は輝いた。
そのとき僕の心も、希望に明々と輝いていた。




