第168話 へ、へ、へ、へ、へ、へ、へ、へ、へ……
「私には、ガマグチ隊長の言うこともわかる」
と、軍事マニアのセイラが言った。
「国を植民地にしたくない、と思うのは、決して間違ってはいないから」
しかし僕は譲らなかった。
「どんな理由があるにせよ、僕は戦争には反対だ。戦って殺したり殺されたりするくらいなら、無抵抗のまま奴隷になったほうがいい。ましてや玉砕して皇軍の精神を世界中に知らしめるだなんて……ナンは人命軽視の後進国だと思われるだけだよ」
「そうね。玉砕はいただけないわ。兵に自殺を強要するってことだもの」
セイラはそう言うと、声をひそめて、
「ちょっといい? 2人だけで話したいの」
手招きしたので、僕はセイラのあとから塹壕を出た。
「話って何? ジャングルで告白?」
「マジメに聞いて。彼らに戦いをやめさせる、いいアイデアが浮かんだの」
「マジで? めっちゃムズそうだけど」
「私、グリアム王に【変容】する。それで撤退しろと命令するの」
「おお!!」
素晴らしいアイデアに、僕は興奮した。
「そりゃあいい! 成功間違いなしだ!」
「でしょ? まあ、補給船も渡れなくなった激戦地に、王が来るなんて本当は絶対にあり得ないんだけど」
「でもセイラの完璧な【変容】を見たら騙されるさ。なんてったって王の命令は絶対だからな。何か変だと思っても逆らえないさ」
早速セイラに【変容】してもらった。うん。どこからどう見ても、本物のグリアム王だ!
「ところで王様って、兵隊にはどんな口の利き方をするんだろう? 私、その知識はないんだ」
「王城では、割とフランクに衛兵としゃべってたよ。ほら、グリアム王って、アホで有名じゃん。だから、キチンとした話し方でなくても大丈夫じゃない?」
とにかくヴィジュアルは完璧だから心配するなと励まして、僕は塹壕に戻った。
「えー、みなさん。突然ではありますが、陛下が前線を激励しにまいりました」
そう言ってグリアム王を塹壕に呼び入れると、ナン軍の陣地は水を打ったように静まり返った。
ガマグチ少将の口がパーカーンして、顎が外れた。
すると隊員たちもそれに倣い、パッカーンした。
ジャック、ルイベ、オーガ、オークはニヤリとした。セイラの【変容】に気づいたのだ。
「へ、へ、へ、へ、へ、へ、へ、へ、へ……」
ガマグチ少将が陛下と言おうとしたが、顎が外れているので、クルクルパーが薄笑いしてるみたいになった。
「キモいぞ!」
とオークが顎をブン殴ったら、カチッと元にハマった。
「陛下!!!」
一声吠えると、ガマグチ少将はダーッと号泣した。
「我々ごときのために、敵の弾幕に御身をさらして前線を見舞われるとは……かたじけなさすぎて生きていられません。切腹つかまつります!」
いきなり軍刀を抜いてズバッと腹を斬った。
それを見て、隊員たちもズバズバ腹を斬った。
「まったくもー」
すぐに死にたがるのは、ナン兵の悪い癖です!!
ゾンビ化した兵士たちは、復活すると、ちょっと恥ずかしそうに照れ笑いをした。
「すみません。我々はダレノガレノの地で鬼になりまして、敵と刺し違えるまでは死なないと誓ったので、なんだか死ななくなりました」
「ごまかさんでもよい。知っておるぞ。そこの冒険者に、【ゾンビーズ】をかけてもらったのだろ?」
とグリアム王が言ったとたん、その頭に爆弾が落ちた。
「陛下ーー!!!!」
兵士たちは爆弾に手足を吹き飛ばされながら、肉片になったグリアム王に向かって叫んだ。
「大丈夫だ。余もゾンビにしてもらったから」
復活した自分の身体をジロジロ見ながら、グリアム王が言った。何十人もいっぺんに死んだので、きっと他人の身体が混じってそうな気がしたのだろう。
「塹壕内まで爆弾が落ちてくるとは、いよいよこの地はダメだ。諦めて撤退せよ」
グリアム王がキッパリと言った。
その顔を、まじまじと見つめるガマグチ少将。
やがて、
「……我々の命を心配して下さり、これほど嬉しいお言葉はございません。しかしご安心下さい。ゾンビとなった我々はもはや死にません。必ずやこの地を奪取いたしますので、どうか大御心を悩まされませんように」
「いやいや」
とグリアム王は、イラっとした感じで言った。
「死ななくても、勝つのはもう無理だと言ってるんだ。あ、わかった。撤退が嫌なんだな。だったら転進ならどうだ? もっと大事な目的地に進んでもらう。そう言い換えたら、敗北とはニュアンスが違うでしょ?」
僕はヒヤッとした。
最後の口調が、モロにセイラだったからだ。
(まさかバレやしないだろうな……)
果たしてガマグチ少将の目が、キラッと光った。
「陛下」
明らかに疑惑を抱いた顔つきで、ガマグチ少将は言った。
「どうして今日に限って、そのようにマジメなことをおっしゃられるのでしょう? 我々の誰よりもアホであらせられる陛下にしては、チョイ珍しくな〜い?」