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第15話 ドラゴンに乗る

「ポイズンテールだ!」


 セイラドラゴンの正面に現れた、巨大なサソリのようなモンスターを指差して、ジャックが叫んだ。


「やつの尻尾に刺されたらアウトだ。その猛毒には【即死】作用があるから、どんな【ヒーリング】も間に合わない」


「勝つ方法は?」


「やつが尻尾を持ち上げた瞬間に攻撃することだ。クリティカルヒットすれば、腹を見せてひっくり返る。腹の防御力は極めて低い」


「聞いたか、セイラ! 尻尾を持ち上げたら攻撃しろ!」


 と大声で言った瞬間に、ポイズンテールが尻尾を上げた。


「よいしょー!」


 セイラドラゴンが、ドシンと足踏みした。


 するとその振動で、ポイズンテールがひっくり返った。


「セイラ、とどめだ!」


「待って。念のために、【眼福】で視てみて。いい子かもしれないから」


「えー、あんなサソリのお化けが?」


 どこからどう見ても凶悪なモンスターとしか思えなかったが、いちおう【眼福】を発動させた。


「嘘っ!?」


 僕は仰天した。


「あの子の攻撃性はゼロだ。尻尾を上げたのは求愛のダンスで、すべての生き物を愛する、博愛型のモンスターだったんだ!」


「すごい! アリスターの【眼福】のレベル、Sランクに上がったよ!」


 と、セイラに褒められたとき、


「油断するな! クレイジーホースが向かってくる!」


 ジャックが指差したほうを見た。頭から長いツノを3本生やした、炎のように真っ赤な馬型のモンスターが、狂ったように駆けてくるところだった。


「ジャック、あいつの弱点は?」


「鼻の先にニンジンをぶら下げれば、それを追ってどこまでも駆けていく。しかしニンジンをつけるのに手間取ってると、ツノで心臓をひと突きだ」


「セイラ、ニンジンをつけられるか?」


「【眼福】で視て」


 視た。仰天した。


「あいつが走ってるのは、身体を鍛えるためだ。いつでも荷物や人間を運べるように。これぞ働き者タイプのモンスターの見本だ!」


 実に健気なやつだ、眼福、眼福と、僕はクレイジーホースの疾走を見て呟いた。


 そのとき僕は、忽然として気づいた。


 博愛型のモンスター。働き者のモンスター。


 ついさっきまで、僕は、モンスターの中にもそういう「いいやつ」がいるのだと感心していた。


 しかし思い直した。


 実はそのような「いい性質」こそ、モンスターの本質なのではないか、と。


(モンスターは人間を攻撃してくるから凶暴だと、勝手に思い込んできた。しかし、ペットとして飼われたおとなしい鳥でも、無造作に手を伸ばせば噛んでくる。つまり、人間を攻撃するのは防衛本能に過ぎなくて、本来は人間と仲良くできるように生まれついているのではないか?)


 モンスターとバトルせず、共存する世界。


 そのイメージは【幸福】を予感させた。


(しかしそうなるには、人間の意識が変わらなくてはならない。モンスターは野蛮で知能が低く、退治することが世のためだという意識を。果たして人間に、それができるか?)


 そこでふと、考え込んでしまう。


 人間の本質とは何だろう?


 博愛や働き者という性質を生まれ持ったモンスターと比べて、人間はどれほど「いいやつ」だろうか?


 もし人間の本質が、他の生き物など食料にするかペットにするか退治するものだと考えて、決して対等と認めない利己的な性質だったとしたらどうか?


 そういう「悪いやつ」がいるかぎり、世界は決して「幸福」にはなれないだろう。


「モンスターって優しいね!」


 セイラドラゴンが、チョロチョロと弱火の炎を口から吐きながら言った。


「アリスターの【眼福】でそれがわかったよ。そしたら私の目に映る世界が、ぐっと【幸福】になったよ!」


「それはどうかなあ」


 僕はまだまだ楽観的にはなれなかった。


「【幸福】への道のりは、まだ遠いと思うな」


「エヘン」


 ジャックが咳払いをして、ドラゴンをチラチラと見た。


「俺のために、セイラさんは【変容】してくれたということだったが……」


「ああ、そうそう」


 セイラドラゴンが後ろ足で立ち上がり、くるっと背中を向けた。


「どうぞ乗ってみて。超楽しいよ!」


「僕もいい?」


 思わずテンションが上がってそう訊くと、ドラゴンは気前よく「もちろん」と言った。


 ジャックと僕は、ドラゴンの尻尾にとりつき、慎重に背中を登っていった。


「ジャックさん、ドラゴンに乗れるなんて、夢のようですね」


「うん」


 ジャックは照れ臭そうに、短く答えた。


 ドラゴンの皮膚は、まるで瓦のように硬い。


 人間は、その強靭な肉体を破壊すべく、バトルを重ねてステータスを上げ、武器をパワーアップさせ、必殺技を身につけて挑んできた。


 これまで冒険者が倒してきたドラゴンの総数は、いったいどのくらいになるだろう。何万? 何十万? 何百万?


 だけど、果たしてそのうちの何人が、こうしてドラゴンの背中に乗り、皮膚の感触を楽しんだだろうか?


 みなさんに教えよう。ドラゴンの背中は温かい。


 ゴツゴツとした皮膚の下に流れる、熱い血のぬくもりが伝わってくるのだ。


(このドラゴンの正体はセイラだ。しかし本物のドラゴンも、きっと温かいだろう。そして本物のドラゴンも、ひょっとしたらこの森のモンスターたちのように、本質は「いいやつ」かもしれないのだ)


「ジャックさん」


「何だ?」


「いつか人間が、本物のドラゴンに自由に乗れる日が来るといいですね」


「それはどうかな」


 森の彼方を見つめる目をして、ジャックが言う。


「ドラゴンの気高さに、人間が追いつく日が来ればな。乗せていただくには、人間のほうがそれに値する存在にならないと」


 ポイズンテールやクレイジーホースが、ドラゴンに近づいてきた。彼らに戦意はない。ただ生き物同士が、自然に互いの体温に引かれて寄ってきたかのように見える。


「あ、ピヨちゃん!」


 セイラドラゴンが声をあげた。いつの間にか、オオハシモドキのピヨちゃんが戻ってきて、クレイジーホースの鼻面にちょこんと止まっていた。


 クレイジーホースの目もピヨちゃんの目も、どこまでも柔和で、安心しきっていた。


【眼福】を発動させるまでもなかった。


 セイラが言ったように、僕の目に映る世界も、【幸福】に近づいていた。


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