第139話 宿屋のゴースト
「お前にはアホ負けしたよ」
とジャックが肩をすくめると、意外なことに、みんな明るい笑顔を見せた。
「アリスターの言うとおり。私たちだけ辺境の地に逃げたって、誰も助けられない。そんな行動をとったら、何のために冒険者になったかわからないわ」
セイラもそう言って、僕の手を優しく握ってくれた。
「私たちはずっと一緒。そしてリーダーはあなたよ」
正直、うるっときちまった。
「良かった。我が国にとどまってくれるのだね?」
グリアム王も嬉しそうに微笑んだ。まあハッキリ言って、メチャクチャ荷は重かったけど。
僕たちはとりあえず王城を出た。報奨金が手に入ったから、一刻も早く宿屋に修理代を払いに行きたかったのだ。
宿屋に着いてみると、
「おや、新しい看板がある」
そこに書いてあったのは、こんな文章だった。
《吸血鬼and人狼の極悪ツートップを葬り去ったアリスター様御一行の常宿!!!》
「うわー、やることが早いなー。って言うか、一泊しただけで常宿はエグいわ」
「あっ、アリスター様!!」
宿屋の主人が目ざとく僕を見つけて、玄関から走り出てきた。
「ささ、お入り下さい。いつぞやは殺すぞなんて言って大変失礼致しました」
「それはいいけど、この看板はちょっと」
「表現が弱いですか?」
「いやいや。事実と違うからさ。人狼は極悪じゃなくてすごくいいところがあったし、僕らが倒した訳じゃなくって、逆に僕らを守って死んだようなものだから」
「ではそこは変えましょう。あとはいいですね?」
「常宿もどうかな。モロ嘘だし」
「いやー常宿にして下さいよ。修理代は要りませんから、ね?」
「それはちゃんと払うよ。金ならある」
ポンと札を渡すと、主人が目を丸くした。
「こんなに? この宿屋ごと買えますよ。やめて下さい、水臭い」
「いいんだよ、とっといてくれ」
一度は言ってみたかったセリフだから、超気持ち良かった。
「あ、今気持ちいい顔しましたね? あっしは、人が気持ちいい顔をするのを見るのが好きなんですよ」
「さすが客商売だな」
「もっと見せてくれます?」
「こうか?」
「あーいいですねー。目は半目がいいかな」
「こう?」
「そうそう! 白目がサイコー! あとは鼻の穴を膨らませて」
「こう?」
「もう少し、おっぴろげる感じで」
「こう?」
「そうそうそう! 決まったーっ!!」
「アリスターやめて! 死ぬほど恥ずかしいからっ!!」
気持ちがいい顔をしたままの僕を、セイラが宿屋に引っ張り込んだ。
「ワーイ! 枕投げだー!!」
僕はオークの顔面に枕を叩きつけた。どうもオークの顔は、枕を叩きつけたくなるようにできている。
「スピニングピロー!!」
「いていていていていていていていていて!!!!」
目にも止まらぬ速さで枕が連打された。オークの枕投げの実力は、ひょっとして世界一かもしれない。
するとまたルイベとオークがプロレスごっこを始めて、ボディスラムで床を陥没させ、ラリアットで柱を叩き折った。
「もうそのくらいにしておきなさい。他のお客様に迷惑よ」
オーガがジャックの耳掃除をしながら言ったとき、
「あ、アリスター様。戻っていらしたんですね」
破れた壁から、タカシがニュッと顔を覗かせた。
「おおタカシ。まだここにいたんだ。こないだサキュバスと寝たのに、魂をとられなかったんだね?」
「ありがとう心配してくれて。何ともなかったよ。それよりゴメンよ、この前は殺すぞなんて言って」
「いいってことよ。しかし何だか、話し方がタカシらしくないな」
「それはきみが、吸血鬼退治のヒーローだと知ったからだよ。我が国に来てくれて実に光栄だ」
「最初に会ってそう自己紹介したときは、吸血鬼なんて魔王と比べて大したことないって言ったぜ」
「面目ない。あのときは完全にホラだと思って、こいつヤバッて白い目で見てたから」
「本当だとわかって、態度を変えたんだね。まあそれはそれで、正直でいいよ」
僕がそう言うと、タカシは照れたように頭を掻いた。
「それに国王に呼ばれて、相談役にもなったんだってね。どう、やっぱり戦争は起こるかな?」
「うーん、どうも魔王の影響力が強くて、戦争は避けられない情勢だね。タカシは怖いか?」
「怖い……そうだなあ、僕って、死ぬのは怖くないんだよね」
「へえー、珍しい。度胸が据わってるんだな」
「そんなんじゃないけど」
タカシは消え入りそうな声でポツリと、
「強いて言えば、みんなに忘れ去られるのが怖いかな」
「何だか文学的だな。タカシって、文系?」
「うん。小説は好きだよ」
「どんなの?」
「ホラーとか」
僕はふと、黙り込んだ。
「そう言えば、ちょっと不思議だな」
「何が?」
「さっきタカシ、僕が王の相談役になったって言ったろ? でもそれが決まったのはここに来る直前で、誰にもまだ言ってないんだよ。どうしてそれを知った?」
「ああ、それ」
タカシがしゃべると、破れた壁から冷たい風が吹き込んだ。
「今俺は、どこにでも行けるからね。こんなふうにスーッと」
タカシは色が薄くなって、空中に消えた。
セイラが悲鳴をあげた。
(やっぱりタカシのやつ、サキュバスに命をとられたんだ!!)
僕は寒気に震えながら、みんなを連れて幽霊宿屋を飛び出しましたよー!!!!




