第13話 未知との遭遇
翌朝、鳥の鳴き声で目覚めると、洗面台でパンダが歯を磨いていた。
「おはよう。私もう、朝風呂に行ってきたよ」
「えっ、その姿で? 騒ぎにならなかった?」
「人が入ってきたら、すぐに人間に【変容】したから大丈夫。でもちょっと失敗して、腰から下がパンダのままだったから、思いっ切り二度見されたけどね」
下半身デブと思われたかなーと、セイラパンダはケラケラ笑った。
そのあと僕たちは食堂で朝食を食べた。もちろんセイラはパンダではなく、再びケモ耳メイドに【変容】していた。
朝食はパンとコーヒー。
ふと、前にいた世界のことを思い出し、当時の陰キャ仲間に、
「僕、パートナーのメイドと、モーニングコーヒー飲んじゃった」
と言ってるところを想像した。
「嘘だろ! マジで?」
「マジマジ。宿屋で1泊して」
「信じられねーよ。マジだったら、もう陰キャでも何でもねーよ。お前なんか陽キャだよ!」
「やめてよ。勝手に陽キャにしないでよ。仲間でいてくれよー」
僕は半分ニヤつきながら、グスンと洟をすすった。陰キャを卒業するのは、かように寂しくもあり、照れ臭くもあるのだ。
「さあ、いよいよ出発だね」
セイラに促されて、席を立った。宿屋をチェックアウトするとき、
「山を侮ってはなりませんぞ。ここからしばらく、宿屋はありませんからな」
主人が心配して言ってくれた。僕たちは、わかりましたと頷いた。
街道を、北に向かって進む。同じ方角に向かって歩く旅人は、ついに1人も見かけなかった。
「山越えのルートを選ぶ人は、ほとんどいないらしいね」
「ていうか、そもそも北の国が人気ないんじゃない? お宝伝説もないし、有名なお姫様もいないしね」
その人気のない北の国をさらに越えた辺境に、僕が貰った土地があるのだった。
黙々と、登り坂を上る。道はあるが、もはや人の姿はない。すると世界が、とてつもなく広く思えてきた。
「ねえ、セイラ。ぐるっと見回してよ。誰か人間が見える?」
「ううん。いないね」
「目に見える範囲に、人間は僕たち2人だけだね。街にいると、世界は狭いって感じるけど、人のいないところに来ると、むちゃくちゃ広いなって思うよ」
「この土地全部、私たちのものにしたいね」
「ここに住むの?」
「学校くらいの大きな家を建てられるんじゃない?」
「でも住む場所としたら、ちょっと寂しいかな」
「【眼福】で見てみてよ」
僕は【眼福】を発動させた。
「おおー」
この土地の秘めた可能性が、拡大されて視えてきた。
「すごい! ここに家を建てたら、森のモンスターが毎日遊びにくる! 気のいいモンスターは、森で採れた珍しい食べ物をくれたりする! わー、いい場所だなー。どうしてみんなこの山に来ないんだろう?」
「ただ危険なだけで、何にもない山だと思ってるからよ。私たち、ホントに住んじゃおうか?」
「とりあえず、山に入ってみよう。もう整備された道はない。ここから先は、ケモノ道だね」
背の高い藪を掻き分けて、坂を上る。視界が急に悪くなる。掻き分けた藪が、まるで意思を持っているかのように、サッサと動いて今来た道を隠す。
「セイラ」
「何?」
「この藪、明らかに動いてるよね」
「うん」
「モンスターの一種かな?」
「ちぎってみる?」
「やめとこう。藪全体がモンスターだとしたら、100パーセント生きて還れる気がしない」
足元に気をつけながら進んだ。背の高い樹が繁っていて暗いので、どんなモンスターを踏んでしまうかわからなかった。
とーー
キャッ、キャッ。キャッ、キャッ。
遠くから、何かの啼き声が聴こえてきた。
「何だろう? 猿かな」
「高い声ね。猿だとしたら、子猿っぽいな」
「モンスターかもしれないね。バトルになったらどうしよう?」
「巨大なゴリラか熊に【変容】するよ。たぶんそれで逃げてくから」
キャッ、キャッという声は、明らかにこっちに近づいている。
「気づかれたかな、僕たち」
「できたら、脅かすんじゃなくって、仲良くなりたいな。もしお利口さんの猿なら、パーティー仲間にしてもいいしね」
とセイラが言ったとき、頭上の枝が、ガサっと鳴った。
「え? こんな近くに?」
そいつはいきなり降ってきた。
黒い影が、僕の頭にズシンと落ちた。
「わーっ、わーっ! セイラ! 早く! ゴリラ!!」
パニックになった。何だかわからない生き物が、頭をガシッとつかんでいる!!
「落ち着いて、アリスター。大丈夫よ」
「落ち着けないよ! 早くこれを何とかして!」
「たぶんそれ、植物だよ」
「え?」
僕は恐る恐る頭に手をやり、それをそっとつかんだ。
「……ホントだ」
つかんだものは、生きてはいなかった。そしてその見た目は、手品師が被るシルクハットにそっくりだった。
「何の植物だろう? 帽子にしか見えないけど」
「思い出した。帽子の木って、聞いたことがある」
「帽子の木? 初耳だなあ。じゃあこれは、帽子の実?」
「うん。帽子を被っていない旅人が通りかかると、自然に落ちてくるんだって。ちゃんとサイズがピッタリなのがね」
「へえー。自然ってすごいなあ。まだまだ僕の知らないことばかりだ」
こういう発見があるのが、知らない土地を旅する醍醐味だった。僕はウキウキした。
「この帽子の実って、食べられるのかな?」
「食べたらもったいないよ。被ってたら」
「一口だけ」
帽子の実のつばの部分を、ちょっとだけ齧ってみた。するとたちまち、ミントの味が口いっぱいに広がった。
「セイラ、ミント味だよ!」
「嘘」
「食べてみな」
セイラがつばを齧ってモグモグした。
「ミントじゃなくて、シナモンだよ」
「えっ、食べる場所によって味が違うの?」
僕たちは、あちこち齧って味を確かめた。その結果、帽子の実は、一口ごとに味が変わることがわかった。
「帽子、なくなっちゃったね」
「でも歩いてたら、また落ちてくるんじゃない?」
僕がそう言ったとたん、頭上の枝から、またズシンと落ちてきた。
「ほら。帽子の実って便利だねー」
ハハハと笑ったとき、セイラが明らかにギョッとしたのがわかった。
「どうしたの?」
何げなく頭に手をやると、
「キャッ、キャッ、キャー!」
帽子と思っていたものが、手に噛みついた!




