第103話 召喚獣のお告げ
翌朝テントに戻った。
「吸血鬼のところから逃げてきた」
俺は懸命に、吸血鬼に脅えている芝居をした。
「やっぱりみんなと戦いたい。俺、いや僕、昔の気持ちを思い出したんだ」
涙を見せると、セイラが強く抱き締めてきた。
白い首がすぐそばに……
が、同時にネックレスのチェーンも見えた。あの下には十字架があると思うと、寒気がした。
「人狼の情報をつかんだ。聞いてくれ」
俺は昨夜聞いたことをそのまま話した。人狼が冥界の王から下半身を返してもらい、今は地上にいるらしいこと。それを天界からガルーダが見張っていて、この近くに来たら知らせようとしていること。
「来るのは時間の時間だな」
ジャックが腕組みをした。
「やつが現れたら、吸血鬼を一緒に倒そうと持ちかける。アリスターが吸血鬼のアジトに案内する。人狼が、寝ている吸血鬼の心臓に杭を打ち込む。その瞬間、銀の弾をこめた銃で人狼を撃つ。これが作戦の大枠だ」
テントの中は緊張感で張り詰めた。
「もしも」
口を開いたオーガの顔は、ピリピリしていた。
「最初に人狼の説得に失敗したら殺される。例えそれに成功しても、吸血鬼に勘付かれてアジトで待ち伏せされてたら殺される。首尾良く吸血鬼を倒せても、1発で人狼の急所を撃ち抜けなかったら殺される。どの局面も危険だらけであることを、よく認識しないといけない」
「わかってるわ」
セイラの声も、オーガと同じくピリピリしていた。
「常に死と隣り合わせなのはそのとおりよ。だけど、人狼に復讐を誓われた私たちは、この作戦に賭けるしかない。どんなに危険でも、やるしかないのよ」
「そうだなあ」
いつも楽天的なオークも、神妙な面持ちで言った。
「毎回そう都合良く、スーパーフェニックスが発動してくれるとは限らないしなあ。ヒーリングの通用しない即死技を食らったら、俺たちはそこで全滅だ」
「そうかしら?」
とルイベは、一縷の望みにすがりつくようにして言った。
「もし天が味方してくれるなら、またスーパーフェニックスは出ると思う。1度奇跡が起こったんだもの。きっとまた天が助けてくれるわ」
(あれは天じゃなくて、吸血鬼様がやったのだ……)
が、それについては黙っていた。
もし言えば、この作戦を吸血鬼様が利用しようとしていることがバレてしまう。
みんなには、天が味方していると信じさせておいたほうがいい。
今後もし、人狼にやられそうになっても、吸血鬼様がまた助けてくれるだろう。
俺だけがそれを知っている。
「まあとにかく」
ジャックが一同を見回して言った。
「今さらジタバタしても始まらない。旨い飯でも食おう。あと、遊牧民の人たちとはここで別れるのがいいと思う。俺たちといたら、巻き添えを食う可能性が高いからな」
遊牧民のやつらはそれに反対し、一緒にいようとしたが、結局説得された。
朝食後、遊牧民たちは北東の方角へ去っていった。
「ところで」
俺はセイラに訊いた。
「人狼を撃つ拳銃はあるのか?」
「まだよ」
とセイラは首を振った。
「人狼と交渉するときに、銃を見つけられたらマズいでしょ? だからギリギリまで持たないでおいて、人狼が吸血鬼退治に集中しているときに、オークが【盗む】で入手する予定。銀の弾もね」
「撃つのは誰?」
「ジャック。彼しか撃ったことがある人はいないの」
「実戦ではないがな」
ジャックは渋い顔をして言った。
「射撃場で遊んだことがあるくらいで、正直自信はない。人狼に気づかれないように、できるだけ接近してから撃つよ」
雑な作戦ではある。人狼の反射神経は、おそらくとんでもない。いくら隙があっても、射撃場で遊んだ程度のジャックに、1発で急所を撃ち抜けるとは思えなかった。
だが結局、ジャックにその出番はない。
実際に撃つのは吸血鬼様だ。
人狼をうまく騙して地下墓地に連れていきさえすれば、必ず吸血鬼様がやってくれる。
万が一にも、人狼に負けることなどない。
そして、そのあと俺たちは、馬車に乗って歓楽街に行く。
吸血鬼様が約束を守って下されば……
もちろん、守るだろう。
人狼さえ倒せばお前たちのことはもういいと、言って下さったのだ。
俺は再びこいつらと旅をする。
俺のために、命を捨てると言ってくれたこいつらと……
そのとき、急にテントの中が明るくなった。
強力なライトで照らされたかのように。
「何だ?」
警戒しながら、オーガが入口の布をめくる。
みな、そこから外を覗いた。
「あっ、あれは!」
天が割れ、金色に輝く山のように大きな鳥が、翼を広げて降りてきた。
召喚獣ガルーダだ。
ということはーー
「ガルーダ! 人狼が来たのか?」
空を仰いで訊くと、召喚獣は首をゆっくりと縦に動かした。




