第101話 引き裂かれる心
しばし、放心した。
(やってやった……)
これでいいのだ、と自分に言い聞かせた。
こいつらはクズだった。生きる価値などなかったのだ。
吸血鬼様に比べたら、こいつらの命など虫ケラに等しい。
だから死んでいい。
セイラ、ジャック、ルイベ、オーガ、オーク、5人の遊牧民の死体を見降ろして、俺は哀れなものだなと思った。
と同時に、ある光景を思い出していた。
『アリスターを助けるために吸血鬼と戦う人は手を挙げて!』
とセイラが言い、こいつらが手を挙げたシーンを。
(そう。吸血鬼様を敵に回した時点で、こいつらの死は確定したのだ。虫ケラの分際で、俺を助けるために吸血鬼様と戦うなどと。俺を助けるため……)
気がつくと、俺は泣いていた。
ひどく悲しかった。
自分の感情がよくわからない。
たぶん、かつてこいつらと仲間だったときの記憶が、胸の奥にでも残っていたのだろう。
それが俺を引き裂こうとしている。
クソッ。
たまんねえや。
何が俺を助けるだ。
そんな甘い考えだから、俺に殺されたじゃないか。
もっと楽しめたかもしれないのに、こんなところで人生を終わらせちまって。
お前らバカだよ。
俺だって虫ケラなのに。
その虫ケラのために死んだんだぜ?
それでよかったのかよ、なあ?
悲しすぎるじゃねえか。
嗚呼……
と、俺の目からこぼれた涙が、足元に落ちたときだった。
テントの中が、急に明るくなった。
眩しいくらいに。
俺は目を細めた。
よく見ると、細い光の筋が、死体のそれぞれに当たっている。
(何だ? 死体からビームが出た? いや、違う。テントの外から光が射して、1人1人の死体を照らしているのだ。いったいこれはどういう現象だ?)
唖然として見ていると、光の筋に引っ張られるようにして、死体たちが立ち上がった。
死体たちは目を開けた。
セイラの死体が口を開いた。
「良かった」
生きている人間のように、セイラが言った。
いやーー生きている。
セイラの自然な微笑は、まさに生きている人間のそれだった。
「アリスター、泣いてるね」
セイラの声に、涙が止まらなくなった。
「私が生き返って嬉しい? また会えて嬉しい?」
俺は自分の感情がわからないまま、気がつくと、何度も首を縦に振っていた。
「大丈夫。私たち、例え死んでも、また何度でも生き返ってあなたを助けるからね。だってみんなでそう誓ったんだもん」
「そうだ、アリスター」
と、生き返ったジャックが言った。
「お前の涙、ちゃんと見たぞ。まだお前の心は死んじゃいない。吸血鬼さえ倒せば、必ずお前は元のアリスターに戻る。そうしたら、また冒険しようぜ」
「お前の即死技、見事だったな」
とオーガが、快活に笑って言った。
「完璧にやられたよ。俺たちの完敗だ。しかしオークが救ってくれた。お前が【ジ・エンド】を出した瞬間、オークが何と叫んだかわかったか?」
俺は首を振った。思い出そうとしても、気持ちが乱れて思考が働かなかった。
「スーパーフェニックス」
オークが顎を上げて、自慢そうに言った。
「おいらはまだ未熟で、思ったとおりに技を出せない。でも自分や仲間がピンチになると、特殊技がランダムで発動するんだ。前回は【コンフュージョン】が出て、ポイズンテール改を混乱させただろ? 今回はたまたま【スーパーフェニックス】が出て、みんなを復活させたのさ」
「オークはたまたまって言うけど」
と、ルイベが嬉しそうな顔で言った。
「私たちの願いが、天に届いたんだと思う。だからきっと天は、私たちに吸血鬼を倒しなさいって言ってるのよ」
セイラ、ジャック、ルイベ、オーガ、オーク、5人の遊牧民。
みんな笑顔が輝いていた。
俺に殺されかけたというのに……
みんな俺を、温かく見ている。
一瞬、吸血鬼様より、こっちのほうが強いんじゃないかと思った。
仲間を信じ、仲間のために命を捨てられる人間たちのほうが……
俺は悲鳴をあげた。
心が2つに裂けそうになった。
ダメだ。やっぱりできない。
逆スパイになって、俺を引き立てて下さった吸血鬼様を裏切るなんて。
あと1秒でもここにいたら、こっちの陣営につきそうになってしまう。
「あ、待って!」
セイラの制止を振り切って、テントを飛び出した。
走る。
ムン平原の西にある、ニタイの森に向かって。
俺を先導するように、コウモリが飛んでいた。それを追って、矢のように走った。
地下墓地の入口に着くと、足をもつらせて暗い階段を駆け降りた。
吸血鬼様は、棺桶に坐って待っていた。
俺はハッとした。
吸血鬼様の目が、ひどく冷たい。
俺を見る目の奥には、温かい愛情のかけらもなかった。
「ご苦労だった」
吸血鬼様は淡々と言った。
「あいつらの作戦とやらは、全部聞かせてもらった」
吸血鬼様の声を聞きながら、俺は思った。
(そうだ。このお方は、俺だけじゃなく、誰も愛したことがないのだ。そうやって、おそらく何千年も、独りぼっちで生きてこられたのだろう)
「あの作戦はいい。人狼を倒すチャンスだ」
吸血鬼様は、セイラとはまるっきり違う、偽りの微笑を浮かべて俺の頭を撫でた。
「俺は騙されたフリをするから、人狼をここに連れてこい。棺桶の中から、あいつに銀の弾丸を撃ち込んでやる。フフ、楽しみになってきたぞ」




