第1話 陰キャの僕は追放される
「アリスターよ」
僕を呼ぶその声は、こう言っちゃナンだけど、鳥肌が立つくらいキモかった。
見た目も醜い。イグアナとイボガエルが結婚し、難産の末に歯が生えて産まれてきて、「オエ、キモい」と親に捨てられたバケモノのようだった。
悲しいことに、それが僕の上司、勇者パーティーの隊長グレアムである。当年とって30歳。
「俺が何を言いたいか、わかるな?」
グレアムが言うが、僕は答えない。ただ口臭がキツくて、鼻をつまむことを許してほしいと願うばかりだった。
「追放だよ。お前を追放する」
胸の中を、絶対零度の風がスーッと吹き抜けた。
(ああ無情。この世界もまた、生きるに値しない場所だったか……)
僕は転生者だった。前世では、高校のクラスカーストの最下層にいた、いわゆる陰キャの17歳。
ここで僕は、みなさんに声を大にして言いたい。
陰キャはみんな、性格良かったですよ?
少なくとも、僕のクラスではそうだった。僕らはお互い丁寧に君付けで呼び合っていたし、他人の趣味を決して否定しなかったし、褒めるべき点があればどんなささいなことでも見逃さずに褒め合っていた。
時にその優しさに、ホロリと涙が出るほどだった。
片や、陽キャと呼ばれていた奴らはどうか?
ハッキリ言おう。性格の面では、彼らは例外なく「クズ」だった。
自分さえ目立てばいいと思っていたし、平気で他人を否定したし、誰かに落ち度があれば絶対に見逃さずに意地悪く貶した。
しかしである。そんな奴らがクラスでは人気があり、取っ替え引っ替え異性交友をし、どうやら世間に出ても成功しそうなムードを漂わせていたのである。
僕はそういう世の中に、ヘドが出る想いだった。
(まったく間違っている。性格が悪いほど脚光を浴びて、性格の良い人間が隅に追いやられるなんて)
それが世の中さ、というのなら、そんな世の中は生きるに値しないと、17歳の僕は思った。
(地球なんて、突然ボカンと割れちまえばいいんだ!)
と、そんな全人類巻き込みのハードなバッドエンドを願った報いかどうか、僕は交通事故で1人寂しく死んだ。
転生した異世界では、特典として【眼福】というレアなスキルを与えられ、勇者パーティーに入ることができた。
この【眼福】という耳慣れないスキル。世の中をひがんで死んだ僕には、実にピッタリというか、救いを感じさせてくれるスキルだった。
例えば隊長のグレアムである。
彼の見た目も声も口臭も、前述したように、誠に耐えがたい残念なものである。
普通であれば、こんな隊長のパーティーに入りたいとは思わない。見たくも聞きたくも嗅ぎたくもない代物の部下になりたいなどと、いったい誰が思うだろう? それだったら、汚い声で鳴くゴキブリを手乗りのペットとして育てたほうがずっとマシである。
少なくともペットのゴキブリは、偉そうに怒ったり命令したりしないはずだ。
ところがこのブサイクで臭い隊長は、身の毛もよだつようなキモい声で、
「パーティーには女っ気も必要だ。ギャルを見つけて誘ってこい。イシシ」
などと、ドラゴンが聞いたら笑って火炎を噴いてしまいそうな無理難題を、哀れな隊員をつかまえては日がな一日命令しているのである。アンタがいるからギャルが来ないんだよ!
しかし僕には、スキル【眼福】があった。
これを使うと、この欠点しかないと思われる隊長グレアムの、隠された良い面が拡大されて視えてくるのである。
(ああ、隊長。このスキルがなければ、気づきませんでした。あなたが究極にブサイクであることによって、あなたに及ばないながらも容貌に難のある老若男女が、いかに救いを得ていることか! ガラガラ声の善人が、どれだけホッとしていることか! 体臭で死ぬほど悩んでいるボーイズアンドガールズが、死ぬのがアホらしくなっていることか!)
そこで初めて僕は、グレアムには立派に隊長になる資格があることを理解するのである。
(僕にはとても、人の救いになることなんてできない。その点、グレアム隊長の足元にも及ばない。こんな素晴らしい隊長に出会えたのは奇跡だ。ああ、グレアム隊長を生んだこの世界の何と素晴らしいことよ。実にいいものを僕は見ている。眼福、眼福……)
むろん、【眼福】を発動させていないときは、ただひたすら吐き気に耐えている訳だが。
だから今、一方的に追放と言われて、僕は隊長に【眼福】を使う気をすっかりなくしたので、
(なんだコノヤロー。おまえみたいな臭いブスに指図されたくないわ。そんなやつが隊長としてのさばっている異世界なんて、こっちからオサラバしてやる!)
という感情に支配されてしまった。
すると、黙りこくっている僕に隊長は、
「いちおう追放の理由を告げておこう。お前のスキルが1回も役に立たなかったからだ。以上」
グレアム隊長は間違っている。そりゃ僕だって、最初はとんだハズレスキルをもらっちまったって思った。【眼福】なんて何の役に立つ? だけど僕が加入してから、パーティーは無駄なバトルをしないで済んでいる。なぜなら【眼福】を使えば、モンスターの隠された良い面が視えるので、
「隊長、この子はいい子です。倒さずに親切にしてあげれば、貴重な情報をくれるでしょう」
という、有益なアドバイスができるのである。実際、僕の言ったとおりになったことは何度もあった。
しかし当然ながら、バトルの回数が減ればレベルの上がる速度は鈍る。最近、それに対するグレアム隊長の不満が募ってきているのは、ありありと伝わってきた。
それがついに、今日の追放宣告へと繋がったのだ。
「残念です」
吐き気をこらえながら、絞り出すように言った。
「僕は【眼福】によって、隊長の良い面を視てきました。もし隊長にも同じスキルがあって、僕の良い面を視てくれたら、こんな形で別れることはなかったと思います」
「お前には、辺境の地〈イーゾ〉をくれてやる。俺が昔チャチなザコドラゴンを倒したときに、ナン国の王から貰った不毛の大地だ。あそこを耕して農業でもやれ。バトル嫌いのお前には、それがいちばんお似合いの生き方だろうよ」
「残念です。この世界を好きになろうと努力してきましたが、何も悪いことをしていないのに辺境に追放されたりすると、やっぱり世界を嫌いになります。それが残念です」
「早く行け!」
僕は、コンプレックスの塊で、それゆえに隊長のもとに集まってきた隊員たちを見回したが、この理不尽に反対の声をあげる者はなく、全員僕から目を逸らした。
(彼らは優しいけど、正しいことを正しいと言う勇気がない。まあ、陰キャ時代の僕もそうだったから、人のことは言えないけど。ああ、本当に残念だ……)
僕はかつての仲間に背を向けて、辺境の地へと旅立った。