自殺志願の女子高生①
あらすじ
レイコが駅で電車を待っていると、今にも線路に飛び降りようとしている女子高生がいることに気づいた。レイコはなんとか彼女を助けようとするが…
女子高生が、線路に飛び降りようとしている。
レイコは霊能力者である。この世界には霊能師と呼ばれる、霊能力を使って霊に関するあらゆることをする人々がいる。彼女はその新米。
彼女はそんな霊能師たちの会議に出席するために、駅で電車を待っていた。ふと右側を見ると、女子高生らしき女の子が真剣な目で線路を見ている。その体は震えていた。
レイコはその様子をおかしく思い、自身の霊能力でオーラを感じ取ろうと彼女に向かって手を伸ばす。と、途端にひどくしびれるような感触がした。
「これはすごい瘴気…あの子、たぶん自殺しようとしてるんだわ」
しかしどう対処していいかわからない。いきなり話しかけたって、怪しまれるに決まっている。
と、そこへ一人の少年が飛んできた。彼はレイコの使いの霊である。普段はレイコに仕え、生者と死者のコミュニケーションの仲介役をしている。このコミュニケーションは、彼が死者からのメッセージをレイコに伝え、レイコが生者にそのメッセージを伝えることで成り立っている。もちろん、霊能師レイコがイタコの役割を担うことも可能だが、彼を介したほうが手っ取り早いし、レイコが体力を消耗しないで済む。彼と彼女の手にかかれば、霊たちがあの世で撮った写真もこの世に送れるというから驚きだ。
「ちょっとレイコさんの様子を見に来たのですが、気になる様子の女の子がいたので、最近身に付けた読心術を使って彼女の心を読んでみました。どうやら彼女、これから自殺する覚悟をきめているようですね」
霊はやはりそういう特殊能力を身に付けるのが、生きた特殊能力者よりも早いようだ。
「やっぱりそう…私も、あの子の様子が気になっていたの。あの子からは、ものすごい量の瘴気が感じられる」
「ですよね。あ、ちょっとテレパシーで話しません? 僕の声はレイコさんにしか聞こえないので、普通にしゃべってると変な目で見られるかも」
「あ、そうね」
レイコは声に出して話すことをやめ、テレパシーに切り替える。
「あの子にいきなり話しかけても、まず怪しまれると思うのよ。でもなんとかしないと、あのままではあの子は自殺を決行してしまうわ」
「僕たちには霊が見えるので、万が一彼女が自殺に成功し霊になったとしてもすぐに会えるかもしれませんが、霊が見えないであろう彼女の身近な人々は大変悲しい思いをすると思います」
「そうよねえ、何としてでも阻止しないと」
「でもどうしよう」
しばらく考えた後、少年霊が思いついたように、
「僕がテレパシーで彼女にメッセージを送ってみます」
「え、できるの?」
「まだちゃんと使ったことがないのでわかりませんが、さっき生きている彼女の心を読むことができた僕なら、心に直接メッセージを送ることもできると思うんです。それに、心に直接語りかければ、まるで神からのお告げのように演出し、説得力を持たせることもできると思います」
「とにかく今は急がないと、もうすぐ電車が来てしまうわ。やるならすぐにやって!」
「はい!」
少年霊は女子高生の前まで飛んで行った。彼はいま女子高生の前方斜め上に浮いている。もちろん、女子高生に彼の姿は見えていない。
少年霊が彼女へのテレパシーを試みる。
「お嬢さん、聞こえますか…? 僕は神の使いです…」
神の使いというのはもちろん嘘だが、彼はうんうん唸りながら必死に彼女にメッセージを届けることを試みている。
「お嬢さん、聞こえますか…? 聞こえてますか、お嬢さん?」
そのメッセージはレイコには届いているので、彼女は女子高生にメッセージがまだ届いていないということがわかる。
彼はしばらく唸りながらテレパシーを送ろうとしていたが、
「はあ…駄目ですね」
少年霊は諦めの声を上げた。
「ちょっと、どうするのよ!? もうすぐでんs」
『ピーンポーンパーンポーン。まもなく、電車が参ります』
「ちょっと!!!! 接近アナウンスが流れたわよ!? このままだと、あの子…!」
「でも、僕のテレパシーが届かないんですよ!?」
誤って声を出してしまいそうな勢いで二人はテレパシーを送りあう。
「とりあえず、あなたは続けて!」
「え、は、はい!」
少年霊はテレパシーの試みに戻った。しかし、一向にメッセージが届く気配がない。
女子高生は、いよいよという顔をしている。
「こうなったら…!」
レイコは両手に力をため始めた。彼女の両手が、淡く紫色に光っている。
「ちょ、だ、駄目ですよ! 電車にも人が載ってるんですから…!」
「それはそうだけど! でも本当になんとかしないと…!」
電車が駅に近づいてくるのが見えた。女子高生は電車のほうを見ている。
ようやく楽になれる、という顔で。
そして、女子高生が電車の前に飛び込もうとした、次の瞬間。
女子高生は、レイコの念力によってホームの奥へ突き飛ばされたのだった。
女子高生は、無事だった。
駅員が驚いて様子を見に来ている。運転手は、突然の出来事に驚いたものの、きちんと定位置に電車を止め、遠くからその様子を見ている。
女子高生は、しかし、不満足そうな顔をしていた。
レイコが「大丈夫ですか」と声をかけながら駆け寄った。女子高生は突き飛ばされた姿勢のまま、レイコを睨みつけている。
「私を突き飛ばしたの、あなたですよね?」
女子高生が怒りの混じった声で聞いた。
「ずっと私の横でなんかもぞもぞしてたでしょう。まるで私の様子が気になって、どうすればいいか必死で考えているように」
図星だった。レイコは「気づいてたのね」と思った。
「私の邪魔をして…今日こそ死のうと思ってたのに…私を完全に理解してくれる人なんざ一人もいないのよ…みんな無責任に「死ぬな」「生きろ」って…私のことを理解しようともしないで…!」
レイコは一瞬言葉に詰まったが、やがて、
「私は、霊能力者です!」
と、言った。いや、言ってしまった、といったほうがいいだろう。
「は? 霊能力?」
一呼吸あって、
「あなたも私を騙すつもりなのね!? 私はそういう人たちにさんざん騙されて傷つけられてきたの!!! だから私は、あなたみたいな自称霊能力者とか自称超能力者は決して信じないようにしてきてるの!! 決して!!!」
「いえ、あなたを騙すつもりはみじんも…」
「嘘! 絶対嘘よ!! あなたみたいな人のことなんて誰が信じるのよ!!!」
気づいたら電車が出発していた。
「あの、私じゃなくていいので、誰かに相談なさったほうが」
「相談!? 私は今までもさんざん人に相談してきた! でも! 私を本当に理解してくれる人は! 一人もいなかった! みんな口をそろえて! 死ぬな! 生きろ! 生きていたらいいことあるって! 生きていたらいいことある? 保証できるのあなた? ていうかその言葉使う時点で私のことわかってないよね? 私はこの死にたいという気持ちを受け止めてほしいだけなのに! わかって、理解してほしいだけなのに! 生きる希望が見えないから苦しんでるのに、いいことあるだなんて信じられない。私は、私の気持ちに共感してくれる人が欲しいの!!!」
レイコは言葉が出なかった。それは、女子高生の心そのものの、ありったけの叫びだった。
女子高生は駆け出した。レイコが「とりあえず、誰かに相談したほうが」と声をかけようとすると、
「うるさい! あなたに私の気持ちがわかるわけがない! もう私の前に来ないで!」
と拒絶されてしまった。
<女子高生視点>
今日こそ死のうと思って駅に来た。今までさんざんな目にあってきて、私が生きる理由なんてないはずなのに、今まで死ぬ勇気がなくて、でも今日こそ、次の電車の前に飛び込んで死んでやるって思ってきた。
遺書も書いて、もう思い残すことはないはずなのに、いざ死のうと思うと、やはり恐怖が私を襲ってくる。
もうやめて! 死ぬことを怖いって思わないで!!!
私は私に向かって、心の中で叫んだ。
覚悟を決めた。今日こそ絶対に死んでみせる。
なんか隣にいる奴の様子が気になるけど…もうそんなのどうだっていい。
これから死ぬ私には関係のないこと!
絶対に、今日こそ、この世からおさらばしてみせる……!
『ピーンポーンパーンポーン。まもなく、電車が参ります』
ついにその時が来た。あの世行きの電車が来た。
なんか私の前に妙な気配がするけど、どうでもいいわ。
この電車の前に飛び込めば、私はようやく、楽になれる…!
と思って、電車の前に飛び込もうとしたら、よくわからないものに突き飛ばされた。
痛った、なんなの!? 楽になろうとする私の邪魔をして!
そしたら、隣でもぞもぞしていたあの変な女の子が私に駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか?」と言いながら。
私は、私を突き飛ばしたのはこの子だと思った。私の邪魔をしたこの子が憎い。
「私を突き飛ばしたの、あなたですよね? ずっと私の横でなんかもぞもぞしてたでしょう。まるで私の様子が気になって、どうすればいいか必死で考えているように」
図星か。やっぱり結構カンは鋭いな、私。
そのあと、私が心のままに叫んだら、彼女、
「私は、霊能力者です!」
ですって。馬鹿馬鹿しいにも程がある。私はそういう人に今までさんざん苦しめられてきたのに! ここにきてまた私を騙そうとするのね!? あの子は私を騙すつもりはないというけど、嘘に決まっている。今まで私を騙してきた人も、最初はそういって私を安心させてきた。でも、やっぱり嘘だった!私のことを、最初から騙すつもりだったの!!!
私は、彼女の言うことを一切信じないことに決めた。誰かに相談しろと言われたけど、今までもさんざんそうしてきた。なのに! みんな無責任に「死ぬな」「生きろ」としか言ってくれない! 世間ではそれが正しいのかもしれないけど! 私にとっては私を否定する言葉でしかないから! 本当は「つらいよね」それだけでいい! 「でも」とかいらない!!
はあ、また自殺に失敗してしまった。あいつのせいで。自殺も大変なのよ。まず半端ない勇気いるし。また心を整えて、自殺する場所とタイミングを考えないと。
「行っちゃいましたね…」
少年霊が呟いた。
もう女子高生の姿は見えない。
「とりあえずの自殺は防げたけど…でもあの様子だと、彼女はまた…」
「そうですね、まずは対策を考えましょうか」
「その前にまず、電車を1本逃しちゃったから、向こうに遅刻連絡をしないと」
「そうですね」
レイコは今日の会議の代表者に遅刻の連絡を入れる。
「にしても、思いっきり怪しまれちゃいましたね」
「そらそうよね。自称霊能力者みたいな人はまず怪しむっていうのが世間の常識になってるみたいなところあるし。いきなり私は霊能力者ですなんて言わなければよかったわ」
「だとしてもあの怪しみ方は異常じゃないですか? 特に「あなた「も」私を騙すつもりなのね」って言っていたのが気になります」
「あーそれはたしかに」
「もしかしたら、彼女は変な宗教か何かに苦しめられていたのかもしれません」
「いきなり断定することはできないけど、その可能性は高いわね。でももう少し情報が欲しいところ。あの子が私のところに相談に来てくれる可能性は極めて低そうだし、誰か情報収集してくれる使いの霊が来てくれるといいんだけど」
「あ、僕今日オフなので、僕でよければできますよ」
「え、オフなのに来てくれたの? それに、せっかく休日なんだったら、あなたのお友達のところに遊びに行かなくて大丈夫なの?」
ここで「お友達」とは、少年霊が仕事で訪ねている霊の一人のことである。少年霊が彼から生者へのメッセージをもらっているうち、彼らは仲良くなって、仕事の合間に遊ぶほどの仲になっている。
「大丈夫です。もちろん休日に遊びに行くこともありますが、休日になったら毎回遊びに行ってるわけじゃないので」
「そう。じゃあ、あなたがよければ、あなたに情報収集を任せてみようかしら」
「はい、お任せください」
そう言うと、少年霊は駅の出口の方へ飛んでいった。
「あの子、大丈夫かしら」
そう思っていると、向こうから返信が来た。
『あら、あなたが遅刻するなんて珍しいじゃない。どうしたの?』
レイコはスマホの画面の上で指を動かす。
『電車を1本逃してしまって。駅に、自殺しようとしていた女の子がいたんです』
『あらま』
『なんとか自殺を食い止めることはできましたが、あの様子だとまた自殺を試みかねません』
『どんな様子だったの?』
『めちゃくちゃ怪しまれました。自称霊能力者は信じないって』
『あー、そういう人多いわよね。私たちは自称なんかじゃないのにね』
『それは仕方ないと思いますが、気になるのは「あなた「も」私を騙すつもりなのね」と言われた点です』
『も…?』
『もしかしたら、彼女は過去にそういう人によって苦しめられた経験があるのかもしれません。そこからは詳しい調査が必要なので、先程使いの霊に調査に向かわせました』
『ナイス。ただし、個人情報の取り扱いには注意しないとね』
『詳しいことは今日の会議で話します。もうすぐ次の電車がくるので、抜けますね』
『はーい』
レイコはスマホを閉じた。しばらくしてやってきた電車に乗り込み、電車1本分遅れて会議の会場に向かった。
最後までお読みいただきありがとうございました!
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