人間がいるところっていうのは大体世知辛くできてる
きっかり三十分で、5番が連絡を取ってきた。
すぐさま通話に出ると、既にほかのダンジョンマスターは待機しているという。
「あら、それは。お待たせしちゃいまして」
「いえ。あちらにも準備してもらってましたから。今回通話していただくのは、最寄りのダンジョンを担当している、お二方です。どちらも二百年以上マスターを続けている方々なので。いろいろ相談に乗ってもらうといいですよ」
ダンジョンマスターは、不老になる。
確かにソッティーがそんなようなことを言っていた。
ということは、百年ぐらい続けているのがいても、全く不思議ではないのだろう。
そうなるといささか引っかかることがある壮志郎だったが、それは後に置いておくことにする。
「いやぁ、そりゃぁ、有難い限りです」
「では、早速お繋ぎしますね」
5番がそういうと、ダンジョンコアの画面が切り替わった。
スマホの画面が四分割され、一つに5番の顔が。
残る二つには、見知らぬ顔が映し出される。
恐らくこの二人が、件のダンジョンマスターなのだろう。
残る一つは、特に何も映っておらず、ブルーバックになっている。
「皆さん、音声と映像は問題ないでしょうかね? では、桑島さん、パルタパルさんの順で、自己紹介お願いできますか」
「はい、では、私から」
5番に促されて口を開いたのは、四角い顔の中年男性であった。
角刈りでがっちりとしており、いかにもよく訓練された兵士といった体格だ。
顔のつくりは全体的に平べったく、いかにも日本人といった見た目である。
服装は、スーツとネクタイ。
下半身は画面に映っていないが、おそらくは壮四郎がよく知るのと同じスーツなのだろう。
「ダンジョン“水琴窟”を管理運営しております、桑島・九郎衛門です。いや、田沢さんとは同郷のようですな。ただ、時代が少々違いますが」
「同郷、と言いますと。日本ということでしょうか?」
尋ねる壮志郎に、桑島と名乗った男は大きくうなずいて見せた。
「私はここ四百年余りダンジョンマスターをやっておりましてな。今の時代の方に分かりやすく言えば、戦国末期、江戸初期の頃、といったところでしょうか」
「いやぁ、本当に長く勤めて頂いて。桑島さんは優秀ですから、助かっていますよ」
「はっ! 恐縮です」
笑いながら言う5番に、桑島が小さく頭を下げる。
どうやら、桑島が言っていたことは本当のことらしい。
「それは、随分長く勤めていらっしゃるんですね。それにしては何というか、私の知っている服装で」
「ダンジョンマスターは、自分のいた世界の品をある程度取り寄せられましてな。時代経過ごとに、それも変化するのですよ。これは最近下ろした服なので、私が死んだ四百年後の日本で作られたもの。ということですな」
「そんなこともできるんですか。これは、いいことを教えて頂きました」
日本の、地球の品物を取り寄せられるというなら、そんなに便利なことはないだろう。
生活水準も随分上がるはずである。
さしあたって壮志郎が欲しいものとしては、トイレットペーパーだろうか。
トイレに備え付けてあったのは、一ロールだけだったのだ。
「同郷の方がいらっしゃるというのは、珍しいですね。初めて聞きました」
そういったのは、残るもう一方の人物。
金髪青眼で、驚くほどの美形。
耳が特徴的であり、驚くほどに横に長かった。
外見を一言で表すなら、「エルフ」というのが一番しっくりくる。
ただ、その目の下には濃いクマが出来ており、いかにも眠たそうな半眼と相まって、美しさよりも先に、ボウッとしているような印象を受けた。
「あ、失礼。名乗る前でしたね。私はダンジョン“メルタール・リンド大森林”を管理運営しています、パルタパル・ロス・セシリアスと申します。お二方と同郷ではありませんが、こことは異なる世界で死に、ダンジョンマスターになりました」
この世界とは別の、ファンタジー世界出身ということらしい。
「見た目でお分かりかもしれませんが、パルタパルさんはエルフ族でしてね。とても優秀な方ですよ」
「いや、桑島さんの前でそういわれますと。私のような二百年程度の若輩は立つ瀬がありませんが」
5番の言葉に、パルタパルはいかにも参ったというように苦笑する。
どうやら、とっつきにくい人物ではなさそうだと、壮志郎は判断した。
パルタパルの言葉に、桑島は笑いながらうなずいている。
「他のダンジョンマスターにもあったことは有りますが、皆見事に出身がバラバラでしたからな」
「適性のある方というのは、珍しいですからね。どうしても、あちこちから集める形になるんですよ」
5番は苦笑しながら、頭を掻いている。
どうやら、ダンジョンマスターは世界の枠を超えて集められているようだ。
適性というのがどういうものなのかわからないが、まぁ、壮志郎が今すぐ知るべき様なことではないだろう。
「さて、では、先に話し合いを始めてしまいましょうか。ざっくりとした地図に、皆さんのダンジョンの場所を表示します」
ダンジョンコア画面の、ブルーバックになっていた枠に地図が現れた。
非常にざっくりとしたもので、おおよその地形しかわからない。
地図の下部分には長い山脈があり、上の方には海らしきもの。
中間あたりには湖と、森と思しきマークがある。
そして、山脈の裾野辺りに、赤いマル印が付けられていた。
「さて、この地図上の湖が、桑島さんの“水琴窟”。こちらの森が、パルタパルさんの“メルタール・リンド大森林”です」
「ちょっ、ちょっとすみません! よく見てもいいですか?」
話が進んでいきそうになったので、壮志郎は慌てて止めに入った。
別に、他に言っておきたいことがあるとき、聞いておきたいことがあるとかではない。
「すみません、ちょっと私、目がアレなもので。よく見えなくって」
ここから地図を前提にした話になりそうなのに、その肝心の地図が良く見えなかったのだ。
ただでさえ小さなダンジョンコアの画面が、四分割されていて、それに地図が映っているのだ。
おっさんの目にはいささか優しく無さ過ぎたのである。
「あー、そうでしたよね! 田沢さんのダンジョンコア、一番最初のやつですもんね! 見えにくいか! いや、すみません、頭からすっぽ抜けてました!」
「なるほど! あれは小さいですからなぁ」
「わかります。私も早いうちに画面の大きいものに乗り換えましたよ」
5番と先輩マスター達が、納得したように頷き合っている。
どうやら、画面が見えなくて困る、というのは、ダンジョンマスターあるあるだったようだ。
ただ、パルタパルの口から聞き捨てならないワードが飛び出してきていた。
「え、このダンジョンコアって機種変みたいなことできるんですか? スマホみたいに?」
「まあ、そんな感じですね。もっと大きいヤツにできるんですよ」
「じゃあ、ぜひそれに変えて頂きたいんですが」
「ダンジョン力が大量に必要なんですよ」
5番の口から出た言葉に、壮志郎は膝から崩れ落ちそうになった。
世知辛い話である。
どうやらダンジョンマスターにとってダンジョン力というのは、日本のおっさん的に言うところの「おかね」に該当するもののようだ。
ダンジョン力がないのは、首がないのと同じなのだろう。
「やっぱりそうなりますよねぇ」
仕事をさせている立場から言うと、なんとも言えないのだろう。
5番は申し訳なさそうに苦笑するだけであった。
「いや、すみません。話を止めてしまいまして。地図、確認できました」
見ながら話をするのは難しそうなので、何とかおおよその形を覚えてしまうことにした。
ずっと覚えていろ、と言われると厳しいが、一時的になら何とか頭に入れることは可能だ。
まあ、既に記憶力の低下してきた、おっさんの脳である。
正確性に関しては、かなり怪しいのだが。
「申し訳ない、見易さまで頭が回っていませんでした。で、確認して頂いたら分かると思うんですが、山が連なってるアタリに、マル印が付いてますよね?」
「はい、わかります」
「大体、そのあたりがですね、田沢さんのダンジョンの予定地になります」
そういえば、最初に5番と通話した時、ダンジョンの場所は後で伝える、というようなことを言っていた。
ゲームや小説などの場合、自分でダンジョンを出現させる位置を決められたりすることもあるのだが。
どうやら、ここではそういったことはないらしい。
初期のサポートも、随分手厚い気がする。
壮志郎としては、非常に助かるところだ。
「んー、これはまた。随分な辺境ですな」
唸るように言いながら、桑島は渋い顔をしている。
パルタパルも似たような表情で、首をかしげていた。
「私と桑島さんのダンジョンに隣接している、と聞いていましたから、どこかと思っていたのですが。まさかこんなところに。ん、いや、これは、これからダンジョンを作る田沢さんに失礼でしたね。申し訳ない」
「ああ、いえ。そんな、お気になさらず」
本気ですまなそうな様子のパルタパルに、壮志郎は首を振って見せる。
まだ思い入れも何もないので、ディスられたところでどうということもない。
何しろ、おっさんという生き物は、悪口を言われ慣れている。
日本という国において、おっさんは存在するだけで文句を言われる種類の存在なのだ。
「この辺りは、お二人も仰っていたように辺境でして。開拓村がいくつかあるだけなのです。ただ、ここが開けると、一気に人間の生活圏が広がるんですよ」
「生活圏、ですか。んー、ここは、お二方のダンジョンとも近いし、海沿いの街にも向かえそうですし。ここに人が集まると、周辺に人間が集まるので、長い目で見ると大きな経済圏になる。みたいなことですか?」
「ご理解がはやくて、実に助かります」
5番は満足そうに頷いた。
この世界に置いて、ダンジョンというのは資源採掘現場であり、経済の中心の一つになっているのだろうと、壮志郎は判断していた。
地図を見る限り、桑島とパルタパルのダンジョンは、少々離れているように見える。
壮志郎のダンジョン予定地は、その中間地点にあるようだった。
「地図では、お二方のダンジョンは海と山脈の中間地点にある、といった感じに書かれていますが、実際の距離は少々違いまして。海へは、山脈へ行く二倍から三倍の距離と時間がかかります」
「同じような距離に書かれてるってことは、かかる時間が同じ。みたいなことなんですかね? 道路事情が悪いか。あるいはそもそも道路がないか」
「その通り。お二人のダンジョンを直接つなぐ道はありません。細く、険しい獣道なら有りますがね。もし行き来するとすれば、海沿いの町に出る必要があります。まあ、あまり往来は多くありませんが」
「私のダンジョンが出来て、人が集まれば。必然、お二方のダンジョンの近くで栄えている町とも、繋がりができる。人や物資の往来が増えれば、当然住み着く人間も増える」
「そういうことです。三つのダンジョンは経済の大きな支えになるでしょう。そうなれば当然、大きな経済圏が形成される。人が集まり、文化文明が発展する下支えになるわけです。まあ、説明するまでもなく、田沢さんもわかってくださっていたようですが」
「いやぁー、まぁ、丁寧に教えて頂きましたので。ある程度察することは出来ましたが」
苦笑しながら、壮志郎は内心で「なるほど」と感心していた。
どうやら、壮志郎に任されるダンジョンは、重要な位置に作られるらしい。
期待されているのか、あるいは無茶振りをされているのか、判断に迷うところである。
「確かにここにダンジョンが出来れば、影響は大きいですね。私と桑島さんのダンジョンでは、産出するものも違いますし。相互効果も期待できますか」
「ですが、いささか辺境過ぎませんかな。開拓村があるとおっしゃっておりましたが、人の数は高が知れておるでしょう。そういうところだと、周辺の環境整備に時間がかかるものかと。そもそも、発見されるのにも、相当な期間が必要なものかと」
パルタパルは肯定的な様だが、桑島の方は少し不安な様子であった。
どちらも、この位置にダンジョンが出来れば有用であることは、認めているらしい。
ただ、桑島は時間がかかりすぎることを気にしているようだった。
「確かに、周辺の発展にも少々時間はかかるでしょうね。ダンジョンに本格的に人が入るようになるのにも、平均より遅いかもしれません。ただ逆に言えば、ダンジョンを設置した後もじっくりと整備を進めていけるとも言えます」
「ああ、それは助かります。あまりあれこれ忙しくなると、体も頭も追いつかない恐れがありますので。何しろ、私もそれなりな歳なもので」
5番の言葉に、壮志郎は助かるというようにうなずいた。
外見年齢で言えば、壮志郎は間違いなく他のダンジョンマスター二名よりも上だろう。
ダンジョンマスターは老化しないという話なので、肉体年齢で言えば壮志郎は一番年上ということになるはずだ。
一見したところ、桑島もパルタパルも三十代といったところ。
もし行っていたとしても、四十には届かないだろう。
対する壮志郎は四十八歳。
いろいろとガタが来ている年齢なのである。
「ゆっくり準備を進められる。そういう利点も確かにありますな。調整が難しい土地になるでしょうから、かえってちょうどいいやもしれませんな」
桑島の言葉に、壮志郎は何度もうなずいた。
ある程度の年齢になってくると、新しいことを覚えるのが大変になってくるのだ。
それなりに時間もかかるし、労力もかかる。
慣れるまでゆっくり目に期間をとってもらえるほうが、色々と有り難い。
「場所を確認して頂いたところで。何を産出させるかについてですね。その前に、桑島さんとパルタパルさんに、それぞれのダンジョンで何が産出されているかご説明頂きましょう」
5番に促され、桑島が「では、私から」と片手をあげた。
「私の“水琴窟”は周囲を湖に囲まれたダンジョンで、中央の島部分が入り口になっております。そこからダンジョンに入ると、モンスターのドロップ、あるいは壁面鉱山から、各種金属の採掘が可能になっておりますな。周囲にはそれを加工するための工房などが建っております」
「金属が採掘されるダンジョンのモンスターは強力な場合が多いのですが、湖に浮かぶ孤島という立地から、周囲の安全性が確保しやすいんです。なので、かなり栄えているんですよ」
補足するように、5番が説明を付けたす。
有用なものを産出しつつ、目に見える安全性も担保している。
これはかなり賢い方法ではないだろうか。
まあ、もちろん内部は相当な危険地帯なのだろうが。
「“メルタール・リンド大森林”は、周囲を高い壁で囲った森林、といった外見です。直径は1kmほどですが、地下へ降りるための洞窟がいくつか設置しており、そこから特殊空間である地下へ降りることが可能です。主な産出物は、そこに生息するモンスターの素材ですね」
「洞窟はそれぞれ全く違う環境の特殊空間につながっており、このダンジョン固有のモンスターが生息しております。得られる素材は、皮や爪、骨、肉などで、中々に有用ですよ」
やはり、5番が追加で説明をしてくれる。
日本生まれでサブカルを嗜んだりしていた壮志郎としては、モンスター素材と聞くとどうしてもゲーム的なものを想像してしまう。
モンスターをハンティングするゲームみたいな感じなのだろうか。
「まあ、田沢さんに分かりやすく言えばモンスターをハンティングするゲームみたいな感じですね」
パルタパルが不思議そうな顔をしているが、壮志郎にとっては大変ありがたい補足である。
「桑島さんのところが金属。パルタパルさんのところが生物素材。ということですか。なかなか個性に富んでますねぇ」
固有性が強いといえばいいのだろうか。
金属はわかりやすく重要なものだろうし、生物素材というのもファンタジーの定番で言えば強力なものが多そうである。
どちらも、有用性はかなり高そうに思われた。
「ということは、その二つ以外で、お二方のダンジョンにとって利のあるものを算出するのがいい。ってことですかね」
「そうなります。まあ、とはいっても、田沢さんにすぐに思いつけ、というのは難しいでしょうから。最初は、桑島さんとパルタパルさんのリクエストを聞いていただく形がいいかと思うのですが、いかがでしょう?」
「いや、そうさせて頂けると大変助かります! それはもう物凄く!」
そういうのを自分で思いつけるぐらいなら、しがない中年平リーマンをずーっと続けていたりしないのだ。
趣味に関しては割とアクティブ目だが、仕事に関しては指示待ち人間の代表のような存在。
というのが、壮志郎の自己評価である。
「うむ。しかし、5番さん。田沢さんにも、何かお考えがあるのでは?」
桑島がそういうと、パルタパルもそうだというように大きくうなずいた。
「協調も重要ですが、ダンジョンはマスターの裁量で動かすものですから。田沢さんのお考えを優先したほうがよろしいのでは」
パルタパルは至極真剣な顔で、そういう。
だが、残念ながら壮志郎には全くお考えなど存在しないのだ。
何なら全部やってくれちゃった方が楽だな、などと思っている位である。
ここは何とかうまいこと言って切り抜けたい。
「お気遣い、ありがとうございます。ですが、何分私もまだこの状況に追いつくのがやっとでして。これといって、何かアイディアがあるわけでもありません。まずは皆さんのご要望をお聞き、それに沿う形での展開を目指したいと思います。幸い、時間はあるとのことですから。その間に私個人の考えをまとめていければよいかと」
人間歳をとってくると、とっさの言い訳が上手くなってくる。
壮志郎の持論の一つだ。
「まあ、いきなりどんなダンジョンを作りたいか、と聞かれたところで、田沢さんも困るでしょうからな」
「それもそう、ですね。随分長くダンジョンマスターをやっていたもので、そのあたりを失念していました」
桑島もパルタパルも、どうやら言わんとしていることを察してくれたらしい。
少々情けなくもあるが、ないものはないので、仕方ないだろう。
「しかし、近くのダンジョンで産出してもらえると助かるもの、ですか。私とパルタパルさん、どちらにとっても有用となると。少々難しいですな」
「そうですね。すぐに思いつくのは、塩、とかでしょうか」
「塩ですか。なるほど、それは助かりますな」
昔見ていたロボットアニメで、料理長が「塩がない」と連呼していた気がする。
日本で暮らしているとそういった感覚は薄いが、やはり塩というのは重要なのだろうか。
しかし、地図には海も描かれていた。
そこで製塩も可能そうなものだが、違うのだろうか。
何か事情がありそうである。
まあ、とりあえず聞いてみるのが一番だろう。
歳をとったら、分からないことは恥ずかしがらずに素直に聞いてみるのも重要である。
壮志郎の持論の一つだ。




