急な出張は大体厄介事
人類にとってけして住みやすいとは言い難いこの世界でも、「強大な力を持つ国家」というのは存在した。
勢力圏内にいくつものダンジョンを抱え、高い生産能力を持つ。
それを基盤とし、圧倒的な国力を持つことに成功した国である。
通常、いくら影響圏内にダンジョンを持っているとはいえ、一つの国が極端に国力を持つことはない。
教会を母体に持つ、ギルドが収穫物の管理をしているからだ。
だが。
その国は歴史が古く、永かった。
時間をかけて影響力を伸ばすことで、その地域。
すなわちその国内部のギルドを管轄するべき教会の幹部達を、取り込むことに成功したのである。
そうなってしまえば、後は簡単だ。
手に入れた資源を使い、国は大きく、強靭になっていった。
「俺が生きてた頃は、もう結構でっかい国だったんすけどね。はぁー、まだあったんすねぇ」
アーペインは妙に感心した様子で、唸り声を上げた。
ちなみに、アーペインの体は半透明である。
別に死んで幽霊になったわけではなく、魔法で精神体だけを飛ばしているのだ。
体の方は、村にある宿のベッドの上であった。
そんなアーペインを、マルシュオーラは面白そうにしげしげと眺めた。
「ていうかアーさん、なんかアレっぽくない? 攻殻な機動隊のヤツのウェブ会議とかに出てくる拡張現実的な」
「なんすかそれ」
「アニメ、アニメ。面白いよ」
「へぇー。こっち戻ってこれたら見たいっすねぇ」
休憩中の娯楽などとして、壮志郎はアニメや漫画などをダンジョンコアで取り寄せていた。
まあ、直接ダンジョンコアを操作したのは、ソッティーなのだが。
とにかく。
「で、その国がどうかしたのでございマスデス?」
「国内にあるダンジョンの一つの、破壊を目論んでいるそうです。正確には、ダンジョンが機能不全に陥るような大収穫をしようとしている。というのが正確ですが」
ウィーテヴィーデの疑問に答えたのは、ソッティーだった。
こたつの上に置かれたダンジョンコアを操作し、何やら映像を映し出す。
壮志郎、ウィーテヴィーデ、アーペイン、マルシュオーラの四人は、それを覗き込んだ。
事務所には、壮志郎以下幹部が全員集まっていた。
こたつに当たりながらの会議なのだが、ソッティーだけこたつ布団の中に入っていない。
別にいじめられているなどと言うわけではなく、単に本人が必要ないと言ったからである。
「あー。ダメだわ。この時間になると目が霞んでくるのよねぇ」
ある程度以上の年齢になると、疲れが溜まってくると目が霞むようになるのである。
「マスターは既にご存じの資料です。先ほど、5番様との通話の時に見たものですので」
「ああ、アレね。はいはい」
「では、天使様からの依頼について説明します」
件の国、その勢力圏の中に、変わったダンジョンがある。
“空鯨回廊”という名のそのダンジョンは、一直線の渓谷のような地形であった。
複数のモンスターが生息する場所なのだが、年に数回、その渓谷内を通過していく巨大なモンスターがいる。
空鯨、あるいはテイオウクジラと呼ばれるそのモンスターは、全長100mを優に超える巨体であった。
にも拘らず、優雅に空を「泳ぎ」周り、その姿は見る者を圧倒する。
空鯨は、非常に強力な魔法を操った。
特に何をするでもなく空を回遊するだけのモンスターなのだが、敵対する者には容赦なく攻撃を加える。
その破壊力は苛烈であり、ドラゴンも避けて通るほどと言われていた。
「実際の所、空鯨は通常のモンスターではありません。“空鯨回廊”のダンジョンマスターが用意した、特注のモンスターです」
空鯨は上空百メートルの高さを、数百キロにわたって回遊する。
その途中、“空鯨回廊”に立ち寄るのだ。
目的は、体の掃除である。
「空鯨は体がほぼ金属で構成されている、いわゆる金属生命です。長く回遊しているとこれが錆び、体表面に蓄積します。これを剥がすモンスターが、“空鯨回廊”には生息しているのです」
鳥型のモンスターで、強靭な嘴で空鯨の体表面に蓄積した錆を削り取る。
この錆が、“空鯨回廊”の底には蓄積しているのだ。
「周辺地域には、魔法などを利用して錆を金属として使用可能な状態にする工房などが建設されて居り、金属生産地として栄えています」
ダンジョンコアには、“空鯨回廊”や、空鯨そのものの映像などが映し出されている。
それを覗き込み、ウィーテヴィーデ、アーペイン、マルシュオーラ達は、感心したような声を上げていた。
「すっげー。ゲームみたいじゃない? 何かで見たことある気がするわ」
「生前に話だけは聞いたことあったけど。こんな感じだったんすねー」
「維持するのに、相当なダンジョン力が必要そうでございマスデス」
「良い所に気が付きました、ウィーテヴィーデ。“空鯨回廊”は運営維持に相当なダンジョン力を要しているそうで、常にカツカツな状態なんだそうです。まあ、本来はそれが普通なんだそうですが」
壮志郎は、ダンジョンマスターの特性として「ダンジョン魔法」というものを持っている。
これは配下にも添付することが出来るもので、うまく利用すれば素晴らしく低コストでダンジョンの運営維持が可能になった。
おかげで、壮志郎のダンジョンはほかに比べ、潤沢にダンジョン力を確保できている。
ほかのダンジョンマスターに仕事を頼み、支払いに相当な量のダンジョン力を使うことが出来たのは、そういった事情からだった。
「俺が新しく覚えた幽体離脱の魔法も、ダンジョン力を支払って追加してもらったんすよね? 確か」
「その通りです。以前のままだと不便でしたので」
ダンジョンコアを操作すると起こる現象というのは、要するに神様や天使様の力によるものである。
それ相応の知識と、無理を押し通せる程度のダンジョン力さえ差し出せるなら、かなりの無茶が利いた。
アーペインに早急に新しい魔法を覚えさせる、などと言う荒業も、その一つだ。
「ダンジョンコアは時折アップデートがあって、機能が追加されますので」
「ホントにスマホみたいだな」
妙に感心した様子のマルシュオーラを気にせずに、ソッティーは説明を続けた。
「ちょうど話に出ましたが、“空鯨回廊”は常にカツカツな経営状況だ。ということを頭に置いて、お聞きください」
件の国の上層部が、あることを考えた。
空鯨の錆でも十分に利益になるのなら、空鯨そのものを手に入れれば、どれ程のものになるのか。
今まで手に入れてこられたのは、空鯨の体表面のみであった、というのも、そういった考えに拍車をかけた。
空鯨の体内には、より素晴らしい資源が眠っているかもしれない。
いや、眠っているはず、必ず眠っているに違いない。
そう考えるようになってしまえば、後はどうしようもなかった。
「件の国は教会に対し、空鯨の狩猟を提案。現在も審議中ではありますが、かなり強力に働きかけ、このままいけばおそらく実行されるだろう。とのことです」
「その狩猟って成功しそうなんですのん?」
「五分五分と言ったところだそうです。ただ、空鯨を狩ろうという企て自体が、地域を担当する天使様の逆鱗に触れたようです」
天使は、空鯨の狩猟が実行された場合、すぐさまスタンピードを行うようにと“空鯨回廊”のダンジョンマスターに指示しようとした。
しかしながら、“空鯨回廊”の台所事情は火の車。
スタンピードの準備をする余裕など、全くと言って良いほどなかった。
天使もそれがわかっているから、“空鯨回廊”のダンジョンマスターにスタンピードを指示することは、思いとどまったのである。
「じゃあ、空鯨を狩るのを許すってことっすか? って、んな訳ねぇっすよね」
「ありません。天使様は周辺のダンジョンマスター全体に、強制力のある戦力提供指示を出しました」
これが出ると、周辺のダンジョンマスター達は、地域ごとに一定の戦力を提供しなければならない。
壮志郎の場合だと、“水琴窟”、“メルタール・リンド大森林”と協力して、ある程度の戦力を出さなければならないのだ。
「現地の支店の体力ではどうしようもないから、他から応援をかき集めるというわけでございマスデスね」
「おおよそ、そんなところです」
とはいっても、簡単な話ではない。
まず“メルタール・リンド大森林”だが、戦力の提供ははっきり言って不可能であった。
何しろ、つい先日スタンピードを実行したばかりである。
ここでさらなる出費を強いるのは、あまりにも理不尽だ。
となれば、必然的に“水琴窟”と壮志郎のダンジョンで戦力を出すしかない。
「幸い“水琴窟”は余力があるそうですので。こちら側からはそれほど多くの戦力提供を求められてはいません。ですが、こちらにはこちらで問題があります」
現在、壮志郎のダンジョンには、外部に出せる様な“モンスター戦力”があまりいなかった。
冒険者の相手をしている「自動人形」はすべてリポップモンスターなので、戦力として送り出すことはできない。
ダンジョンの試作や修復などを担当している施設課のモンスターは、戦闘に向かないものがほとんど。
ほかの所を担当しているモンスター達も似たようなもので、おおよそ“戦力”にはならないものが多い。
もちろん一定程度の戦力を持つモンスターも居るにはいるが、それらは壮志郎のダンジョンで最大限の実力を発揮できるように調整されたものばかり。
外の広い空間で戦うのには、不安があった。
ウィーテヴィーデ、アーペイン、マルシュオーラなどは十二分以上に戦力になるのだが。
施設課の要であるウィーテヴィーデは外に出すわけにはいかないし、アーペインは村での活動がある。
そもそも求められているのは「モンスター戦力」なので、見た目が人間のアーペインはいささか都合が悪い。
同じ理由で、マルシュオーラも対象から外れる。
となると。
「ソッティーに行ってもらうのが良いかなぁーって、おじさん思うんだけど」
壮志郎の言葉に対する反応は、それぞれだった。
ウィーテヴィーデは、人形のような無表情でかたまっている。
アーペインは、完全に引いている顔。
マルシュオーラはといえば、冗談だと思ったらしく、キョトンとした顔をした後に笑い始めた。
「んもぉー! マスターってばジョークがジョーズなんだからぁー! あっはっはっは!」
しばらく笑っているが、壮志郎からは全く反応がなかった。
ジョークのつもりではなかったので、どう返していいか考えているのだ。
こういう時、気の利いた言葉の一つも言えればいいのだろうが、そういった反射神経的なものが鈍くなってきていた。
おっさんとは、時間とともに、肉体的にだけでなく、言語の運動神経も衰えていく生き物である。
壮志郎の持論の一つだ。
そんな壮志郎の反応を見て、マルシュオーラは察したように目を見開いた。
「えっ、マジで? いやいやいや! 無理でしょ! ダメでしょそれは!」
「ダメなの?」
壮志郎は首をかしげながら、周りを見渡した。
ウィーテヴィーデは完全に人形のフリに徹している。
まあ、実際種族的には人形なのだが。
ソッティーは、相変わらずののっぺら坊フェイスを横に振る。
「私は構わないと思いますが」
「本気で言ってるんすか?」
アーペインがあまりにも深刻そうな反応をするので、壮志郎は段々と不安になってきた。
この世界のことについて一番詳しいのは、アーペインである。
元々は少し以前の王様で、それが転生してきたのがアーペインなのだ。
元々持っていた知識や常識は少々古かったが、今は外の村に行ったり、部下達を使って集めた情報を蓄積。
すっかり知識のアップデートを済ませている。
「えっ、やめた方が良いやつ?」
「やめた方が良い、っていうか。マスター、ソッティーさんのスペック分かってるっすよね?」
「そりゃ、おじさんが設定したし」
「設定? いや、初期設定っていうか。ああ、そうか。なるほど」
アーペインは眉間を押さえ、ため息を吐いた。
実に自然なしぐさだが、生身がないので本来は必要ない仕草のはずである。
そういう所の再現度にこだわるあたり、アーペインは案外凝り性なのだ。
「ソッティーさんを呼び出すとき、成長系の能力をいろいろ与えたって話だったじゃないっすか」
「ああ、そんなことしたっけ。どうだっけ?」
「そうだったんすよ。それで、ソッティーさんなんだかんだかなり自己強化に励んでて。今じゃ当初とは比べ物にならないぐらいヤバ、んん! 強い自動人形になってるんすよ」
「へぇー」
壮志郎は目を見開いて驚いた顔を作る。
「ソッティーっていっつも仕事してるイメージだったけど。そんな暇あったの?」
「マスターがお休みになっているときなどに、少しずつ。私自身は休む必要はありませんので」
ソッティーには、基本的に休息は必要なかった。
自動人形全般に言えることではなく、ソッティーだけの特殊な事情である。
回復やら自己修復能力、あるいは常時最適化機能が強すぎて、休息が必要なくなっているのだ。
まあ、当のソッティーの性格によるところも大きいのだが。
「まあ、ですから。ソッティーさんに行ってもらったりしたら、相手の国が焦土になるんじゃないっすかね」
「そうなの?」
「そういうご指示でしたら、努力はしますが」
出来ないと言わないあたりが、なんとも恐ろしかった。
実際の所、やろうと思えばできるのだろう。
「そんな物騒な感じじゃなくて。程よい感じでお願いできない?」
「相手のいることですので絶対とは言えませんが。ご期待に沿えるよう、努力はします」
「ソッティーがそういうなら大丈夫かなぁ、と思うんだけど。どうかしら?」
「ソッティー様が努力をするとおっしゃっているなら、大丈夫だと思いマスデス」
最初に反応したのは、ウィーテヴィーデだ。
まあ、ウィーテヴィーデは基本的にソッティーのいうことを全肯定するので、全く参考にはならないのだが。
マルシュオーラは頭を掻きながら、質問をする。
「いやぁー。ていうか、詳しく状況がわかんないからあれなんだけど。具体的にどのぐらいの戦力を出せって言われてるのん? あと、どのぐらいの被害を相手に与えるつもりなのかも」
「戦力的には火吹き翼竜三匹程度相当。与える被害としては、数都市と王都の半壊。ダンジョンから王都まで直進し、その進路上のものを破壊する。とのことです。火吹き翼竜三匹程度相当というのは、移動力も含めてということですね」
「んんー」
思わずと言った様子で、マルシュオーラは呻いた。
先にも記したように、壮志郎のダンジョンにいるモンスター戦力は、狭い空間で戦う、あるいは拠点防衛型のモノばかり。
人事課の課長であるマルシュオーラは、そのあたりのことをよくよく理解していた。
「新しくダンジョン力を割いてモンスターを作るってのは、無しっすよねぇ」
「それほどの余剰ダンジョン力はありません」
新しいモンスターのデザインを“メルタール・リンド大森林”のダンジョンマスターに依頼し、ダンジョン力の先払いをしたのがつい先ごろ。
ダンジョンの第二階層を作るということで、人員の補充やらスキルの追加なども行い、今はダンジョン力に余裕がない状態であった。
それに、「火吹き翼竜」、要するにドラゴンの類は、性能が良いだけに必要なダンジョン力も多い。
ウィーテヴィーデが同程度の性能の「自動人形」を用意するにしても、やはり相当な量のダンジョン力が必要になる。
「なるほど、端からソッティーさんに行ってもらおうって感じだったのはそういう理由っすか」
「そうなのよ。いやぁ、ごめんなさいねマルさん。人事課長であるマルさんには、先に相談しようとしたんだけども。何しろ言われたのが今さっきでさ」
天使である5番から連絡が来たのは、ほんの30分ほど前であった。
モンスター派遣の事であるし、本来であれば真っ先に人事課課長であるマルシュオーラに相談すべきだったのだが。
そもそもそんな人員がいないことはわかっていたし、何より時間がなかった。
「なにしろスケジュールが詰め詰めでさ。今日の夜までにどのぐらいの戦力を用意するか、連絡しなくちゃいけないのよ」
「はっ!? 今日の夜!?」
「そう。で、戦力提出。っていうか、まぁ、出撃が明後日の朝なんだって」
「話が急展開すぎるんですけど!?」
「ホントにごめんなさいねぇ。人事課に義理を欠く形になっちゃって」
「いやいやいや、待って待って待って。人事課って言ってもほら、あくまでここはマスターが最高決定権を持ってるわけで。あたしはお手伝いみたいな感じなわけですし」
ダンジョンの決定権は、全てダンジョンマスターに委ねられている。
人事課長として仕事をしているとはいっても、マルシュオーラの持つ権限など高が知れているのだ。
マルシュオーラ自身そのことはよく理解しているし、そもそも「まず自分に相談しないのは義理を欠いている」「順番が違う」などとは考えもしていなかったし、発想すらなかった。
「まあ、そういう感じではあるんですけどもね? こっちがお仕事をお願いしてるわけで、権限を渡してよろしくお願いしますって言ってるわけだから。あ、なんかそんなこと言ってたらメチャクチャ申し訳なくなってきた」
「まぁまぁまぁ。緊急の場合っすし。この場で説明したわけっすから」
「そうそうそうそう。いや、もうこれは、うん。人事課長としても職権の域を超えたアレなんで。逆にそこは、ほら。何も口出しできない次元の話だわよ。ねっ! ソッティー!」
「事実、緊急の場合ですので」
あっさりというソッティーとは違い、壮志郎は心底不本意そうな、険しい表情を作っている。
「いやぁー。そうだよなぁ、考えてみれば。いくら焦ってたとはいえ、筋を通してないんだもんなぁ」
永く会社社会で生きて来ただけあって、壮志郎は「筋道を通す」ことに並々ならぬこだわりを持っていた。
筋を通すためなら、自分の方が損害を飲むことも厭わない。
そんな壮志郎が早々にある程度の道筋を立てて相談を持ち込んだのは、本当に緊急事態であり、どうやってもそのあたり以外の選択肢がなかったからである。
「本当にごめんなさい、この穴埋めは必ずするから」
「いやいやいや! 全然ホント、気にしないでって言うか。そもそもそれが正規の手続きなわけですから、ね! うん、そうね! ソッティーに行ってもらう感じがいいですよね! ねっ、ソッティーもそう思うでしょ!」
「実際、それが妥当かと思います」
「ソッティー様のいう通りでございマスデス!」
「ほかに妙案浮かぶわけじゃねぇっすし、時間もないっすしねぇ」
こうして、ソッティーの出張が決定した。
実はこの時ソッティーの機嫌が凄まじく悪かったのだが。
あまりにも変化が乏しすぎたため、それに気が付いたのはウィーテヴィーデだけなのであった。
ヒューイに冒険者としての技術を教えるにあたり、アーペインが真っ先に教え始めたのは、棒術であった。
棒術と大仰に言ってはいるが、実際の所「効率よく棒きれを振り回す方法」と言った感じである。
何しろ棒というのは、簡単に手に入る上に応用が可能。
突けば槍、端を手に持てば剣やハンマー。
荷物を担ぐときにも使うことが出来る。
「それにね、ここのダンジョンは自動人形が多いのよ」
自動人形は、ダンジョン外でも見かけることがあった。
人を襲う種は少ないのだが、どんなものにも例外はある。
好んで人を襲う自動人形というのは、非常に厄介な相手だ。
何しろ血を流さないし、怪我を恐れない。
倒すには、体を徹底的に破壊し、構造を維持している魔力の流れを破壊するしかなかった。
「だから、ハンマーなんかが有効。剣や槍などは効きにくい。でしたよね?」
「そう。だから、金属を仕込んだ棒なんかが便利なわけ。刃物なんかでも傷はつけられるんだけど、切断まで行かないとあんまり意味がないし。そもそも頑丈で斬りにくいからさ。それに、他にも厄介なことがあってね」
「厄介、ですか?」
「変に刺さったりして、外れなくなることがあるのよ。そうなると、武器が曲がっちゃったり、取られちゃったりすることがあるわけ」
相手が「普通の生き物」と違うからこそ、というヤツなのだろう。
普通の生き物なら早々起こらないであろうそういうことが、自動人形相手にはよく発生する事態となってしまうのだ。
「だから、打撃武器が便利な訳よ。ハンマーなんかでもいいんだけど、棒の方が突きもしやすいしね」
刺さりさえしなければ良い訳で、棒での突きは有効な手段なのだ。
狭い場所などでも繰り出すことが出来るし、先が丸まった棒でならば、要するに鉄球で殴りつけるのと同じような効果がある。
「振り方、突き方をしっかり体で覚えること。基本が出来てれば、どうにかなるから」
同時に、魔法も教える。
火炎弾や光の弾丸といった物がポピュラーと教えたが、一番力を入れているのは別のものだった。
強い粘着性を持った、ネットのようなものである。
「動きを阻害してタコ殴りにする。それが一番安全なわけよ」
「これって、このダンジョンに特化した戦い方ですよね?」
「そーねぇ。ネットを広げられる場所ばっかりとも限らないわけだし。だけどね。ダンジョンに潜る冒険者に必要なのは、応用力でどこででもやっていける様な器用さとかじゃないのよ」
「そうなんですか?」
「そうなんです。冒険者ってのはいろんなところに行く商売だけど、ダンジョンに潜る冒険者はそうじゃない。求められるのは、そのダンジョンでいかにうまく採掘できるか、なわけ」
様々な土地をめぐる冒険者、というのも居るには居る。
だが、多くの冒険者は、本拠地にしているダンジョンからあまり動かないものであった。
ダンジョンとは、つまるところ無限に資源が手に入れられる場所なのだ。
一か所で安定して稼ぐことが出来るなら、あちこち動き回る理由はほとんどない。
「まあ、俺みたいに好奇心が強いもんなら、あっちこっち行くやつはいるよ? ほかにも、あっちの方が稼げそうだ、こっちの方が稼げそうだ。って感じで、河岸を変えようってやつとか」
「それって、珍しい事なんですか?」
「珍しいねぇ。そうさなぁ。ちょっと気分転換に別の土地に行こうかな。って農家さん、たくさんいる?」
ダンジョンというのは、一つ一つが全く違う。
あるダンジョンでしっかりと稼ぐことが出来る冒険者でも、別の場所に行ったら全く食えなくなった。
なんてことは、よくある事なのだ。
「それにお前さん、別のダンジョンに行く予定あるかい?」
「いえ。あのダンジョン以外に行く予定はないです」
なにせ、村には家族がいる。
家族を養うのが目的なのであって、ダンジョンに潜るというのはそのための手段なのだ。
近くにダンジョンがあるならば、他へ行く理由なんぞ皆無である。
「なら、今はこれで十分。まずはしっかり、小部屋で確実に自動人形を仕留められるようにならないとね」
「今は、ですか?」
「良い所に気が付くねぇ。打てば響くってやつかな。そうよ、今は。ダンジョンってのは、ある日突然変化することがあってね。だだっ広い部屋が出来たり。なんか湖が出来ちゃったり」
「そんなことも起こるんですか」
「そう。ただ、大抵は元々あった場所は残ってるのよ」
ダンジョンの目的は、人間に資源を回収させることである。
ある日突然大きな「仕様変更」をすると、それが難しくなってしまう。
それと、ダンジョンマスター側の事情から言えば。
一度に大きく「仕様変更」するには、大量のダンジョン力が必要になる。
もちろんそんな余裕があるダンジョンなんぞそう多くあるわけもない。
大抵のダンジョンの変化は、「徐々に」というのが定番であった。
一度に大きく変化する「贅沢」というのは、なかなか出来るものではないのである。
「だから、経験や技術が無駄になることはない訳。というわけで、練習練習。三日後にはダンジョンに挑戦するんだから」
「へっ!? いや、聞いてませんけど!? もうですか!?」
「大丈夫、大丈夫。はじめは俺と二人で入るところに行くから」
ヒューイは大騒ぎしているが、まず問題なかろうとアーペインは考えていた。
選び抜いただけあって、ヒューイは相当に筋が良い。
辺境の土地という場所柄、戦いへの忌避感もないし、怯えもないようだった。
今騒いでいるのは、初めて臨むことへの緊張と、自分の訓練状況への不安だけ。
アーペインから見れば、棒術も魔法も「簡単な部屋に挑む」のならば、十分な合格点。
変に緊張さえしなければ、十二分に攻略可能だろう。
だが、ここは念には念を入れることにする。
少々ハードルを下げ過ぎのような気もするが、それでダンジョンを舐める様な性格の少年ではない。
「俺の生前にもこういう人材がいたら、色々楽だったんすけどねぇ」
アーペインはそんなことを考えながら、文句を言うヒューイを見て笑い声を溢した。
今回の派遣では、ソッティーが行くのが一番効率が良い。
それは、ソッティー自身よく理解している。
理解したうえで、すこぶるそれが気に食わなかった。
単純に壮志郎のそばから離れるのが嫌なのである。
別に、長い期間の事ではない。
スタンピードは精々七日程度で終わるだろう。
いくら壮志郎でも、その間に何か身の危険があるとは思えない。
ウィーテヴィーデをはじめとして、多くの部下も見張っている。
何かあったとしても、適切に対処するだろう。
ソッティーはそのことを、よくよく理解していた。
理解したうえで、気に食わない。
つまり、完全に感情面で気に食わないのだ。
ソッティーは自分の仕事を、「壮志郎を傍で支えること」と定義していた。
今回の派遣も「支える」ことの一環であることは重々承知しているし、必要なことであると「理解」はしているのだ。
が。
理解と納得というのは、必ずしも共存しないものなのである。
なぜ自分が壮志郎の傍を離れなければならないのか。
単純にそのことが気に食わなかった。
そして、そんなことで苛立っている自分自身が、ソッティーは気に食わなかったのである。
壮志郎だって子供でもあるまい、数日自分が離れたところでどうにかなるはずがない。
それがわかっているのに、なぜ自分はこんなに苛立っているのか。
ソッティーは案外、冷静に自己分析が出来るタイプであった。
よって、自分が単純に壮志郎のことを気に入っていて、離れがたく思っているからだ。
と、理解できたのだが。
そのことがまた気に食わないのだ。
なんで自分が壮志郎の傍を離れるのを嫌がらねばならないのか。
こうなってしまっては、どうしようもない。
あとは何をどうしようが気に食わなかった。
自分が離れるというのに、壮志郎が特に気にしてなさそうだというのすら気に食わない。
そんなイラついたソッティーだったが、外見からは全くその内心をうかがい知ることは出来なかった。
同じ自動人形であれば、気が付くことが出来るかもしれない。
何しろ自動人形は独立した種族であり、その感情と表現方法は独特であった。
基本的に人の顔色を読むことに長けた壮志郎ではあるが、読むことが出来るのは「人」の顔色。
自動人形は守備範囲外だったのである。
なので、壮志郎はソッティーの不機嫌に全く気が付かず、いつも通りに過ごしていたのであった。
「うわぁ。マスターさん、これはダメですよ。罪の味がしますって」
「太る。確実に太る。デブ製造装置ですよこれは」
「ううっ、手が止まらない。止まらないよぉ」
死後、自動人形として転生し、ダンジョンのテスターをすることとなった四人の冒険者達。
そんな彼らの目の前にあったのは、フライドポテトが盛り付けられた器であった。
ただのフライドポテトではない。
揚げたての所にたっぷりバター。
そして、醤油と青のりを絡めた、壮志郎特製の味付けである。
「マスターさん、自動人形って太るんですかね?」
「あー。そうかぁ。四人とも自動人形だもんねぇ」
壮志郎はハイボールの入ったジョッキを片手に、首を傾げた。
今いるのは、食堂の片隅である。
夕食の営業も終わり、壮志郎は試作として作った料理を、四人に味見してもらっていた。
その流れから、いつの間にか宴会になっていったのである。
ちなみにソッティーは隣の従業員の休憩室に居て、魔法などを使って様子をうかがっていた。
これは別に珍しいことではなく、ソッティーは離れていても大抵の場合、壮志郎を見守っているのだ。
「ウィーテヴィーデちゃんとかに聞けば分かるかもねぇ」
「いやぁ、そんなこと聞けないですよ」
「そうそう。お忙しいでしょうし、僕らじゃ恐れ多くて」
「幹部のお一人で、しかも私達を作った方ですし」
「あー、そういうものなのねぇー。じゃあ、ソッティーとか?」
「もっとダメですよ!」
「ダンジョンマスターの片腕ですよ!?」
冒険者四人組は、壮志郎のことを「食堂のマスター」だと思っていた。
まさかダンジョンマスター本人だとは、露ほどにも思っていなかったのである。
壮志郎も、まさかそんな風に思われているとは考えていなかったので、誰も何も間違いを修正しないままになっていた。
ソッティーは双方の誤解に気が付いていたのだが。
壮志郎が楽しそうだったので、放っておくことにしていた。
「まぁー、そうねぇー。ソッティー忙しいしねぇ」
「そうですよ。仕事なんていくらでもあるでしょうし」
「そうなのよねぇ。今度出張もするし」
「出張!? ダンジョンってそういうのもあるんですか!?」
「あるよー。ほら、アーさんも外に出てるじゃない」
「アーさんって。もしかしてアーペイン様ですか!? マスターさんお知り合いなんです!?」
「知ってるよ。一緒にお酒飲んだりするしねぇ」
「はぁー。やっぱ顔広いなぁ」
食堂を切り盛りしていると、知り合いも増えるモノなのか。
冒険者達はそう考えて納得しているのだが、壮志郎は齟齬がある事に気が付いていないので、やっぱり修正しなかった。
「しかし、出張ですか。何しに行くんです?」
「よそのダンジョンに、スタンピードのお手伝いだねぇ」
「スタっ、いや、そうか。なるほど。ダンジョンを運営する側になると、そういうのもあるのか」
「スタンピードなんて、人間だった頃は恐怖の対象でしかなかったんだけどなぁ」
「今じゃする側かぁ」
「生きてるといろんなことがあるもんよねぇ。いや、死んでるけど」
元冒険者の心境としては、複雑なところなのだろう。
「いやぁ。正直不安なのよねぇ、おじさん的には」
「不安? 何がです?」
「ほら、おじさんとソッティーってなんだかんだダンジョンが出来た頃からの仲な訳よ」
「はー。そうなんですか」
この時冒険者四人は。
「ダンジョンマスターって人間だって言ってたから、きっと料理人も早めに用意したんだなぁ」
などと考えていた。
やはり、壮志郎とダンジョンマスターが彼らの中でつながることは、なかったのである。
「だから、ソッティーが居ないとなると不安なんだけどねぇ。事情が事情だし、行ってもらうしかないんだけども。そういう時に気になるようなこと言うのもアレだからねぇ」
「はぁー。まあ、ソッティー様ってとんでもなく強いですしね」
「防衛的な意味で居ないと不安っていうのは、自分達もですよ」
「そうなんだよねぇ。ダンジョンマスターの代わりはいくらでもいるだろうけど、ソッティーの代わりはねぇ」
「ちょっとマスターさん、そんなこと言ったら怒られますよ!」
「それもそっかぁ。あっはっはっは」
ソッティーは整理していた書類の一枚に目を落とすと、それをもって廊下の方へと歩いて行った。
「ウィーテヴィーデ。少しいいですか」
「ヴぁぅっ! はっ、はいでございマスデス!!」
人事課のオフィスでマルシュオーラと打ち合わせをしていたウィーテヴィーデは、突然ソッティーに声をかけられ奇怪な声を上げた。
普通の自動人形はそうでもないのだが、ウィーテヴィーデは特別に感情が豊かなタイプなのである。
ソッティーはそんなウィーテヴィーデに構わず、手に持っていた書類を確認しながら言葉をつづけた。
「次の階層の事なのですが。今回の件で、“メルタール・リンド大森林”のダンジョンマスター様にお願いしていたデザインの件が押せ押せになる恐れがあります。かなり予定に変更が出ると思われますので、そのつもりで居なさい」
「わかりましたでございマスデス。決定に合わせてすぐに動けるよう、準備をして置くでございマスデス」
「マルシュオーラ殿も、そのつもりでお願いします」
「え? ああ、はいはい。うちはどうせ配置候補のモンスターのリストアップと、階層制作の作業員のシフト組むぐらいだから」
このダンジョンでは、人事課がシフトを管理することになっていた。
施設課はその業務内容から、自動人形が多い。
大抵の自動人形は休息を必要としないため、シフトなどを組ませるとトンデモナイことになるのだ。
ブラックを通り越して、暗黒の領域に足を突っ込み始めるのである。
そこで、マルシュオーラ率いる人事課が、その業務を肩代わりすることになっていた。
ほかにもあれやこれや仕事が持ち込まれるため、「人事課」というより「なんでもやる課」と化していたのだが。
これでもほかのダンジョンよりは幾分まし、という状況であった。
「私が外に出る前に、確認しておこうと思いまして。まだ確認作業中ですので、さらにいくつかお願いすることが出てくると思いますが。よろしくお願いします」
そう言い残すと、ソッティーはさっさと歩き去ってしまった。
姿が見えなくなったのを確認すると、ウィーテヴィーデはホッとしたように息を吐き出す。
自動人形なので別に呼吸はしていないのだが、ウィーテヴィーデはこういう仕草をよくしていた。
「びっくりしたねぇ」
「操り糸が切れるかと思ったでございマスデス」
一瞬眉間にしわを寄せるマルシュオーラだったが、「きっと自動人形的には、心臓が止まるかと思った、的な表現何だろうな」とあたりを付け、一人で納得していた。
「とりあえず、ご機嫌も直った様子でございマスデスね。どうなる事かと思ったでございマスデス」
「え? ソッティー、機嫌悪かったの?」
「人間には判断が出来ないことでございマスデス。自動人形でないと、判別はほぼ不可能でございマスデスね」
「そうなの? ソッティーって態度に出ることない?」
「ワザとの場合がほとんどでございマスデス。人形でございマスデスから」
「まじか。そういうもんなのかぁ」
「兎に角、ご機嫌斜めだったのが、何とか落ち着いてくださったようでございマスデス。あのままだったら、スタンピードがどうなっていたかわからないでございマスデス」
「機嫌悪いままだったら、どうなってたと思うわけ?」
「ダンジョンから、例の王都までの土地が、滑走路みたいに平らになってたと思うでございマスデス」
「笑えねぇヤツじゃん」
「恐ろしい話でございマスデス。恐怖を紛らわせるために、後でマスターにおやつを作ってもらうでございマスデス」
「あっ、私も晩酌のつまみ作ってもーらおっと」
そんなことを壮志郎に頼めば、ソッティーの機嫌を損ねそうなものなのだが。
ウィーテヴィーデもマルシュオーラも、あえてそう言ったことは考えないようにしていた。
基本的にどちらも、目の前の楽しみに正直な性質なのであった。




