オープン秒読み段階
新しいダンジョンの産出物は、塩と魔石。
これを確認した教会、冒険者ギルドは、歓喜した。
塩は人が生きるために必須であり、魔石は農業生産力を爆発的に増大させる。
なにより、この二つはこの周辺では入手困難でもあった。
危険なモンスターが比較的少ないこの地域に、あまり人が住んでいない理由の一つが、それだ。
だが。
このダンジョンが発見されたことで、今後それは大きく変わる。
人が住むことが出来る範囲は、間違いなく広がることになるだろう。
むろん、扱いさえ間違えなければ、の話である。
ギルドが真っ先に取り組んだのは、ダンジョンに最も近い村に住む人々の、権利保護であった。
この場所の、特に土地の価値は、今後大きく変化する。
今まで見向きもしなかった連中が、目の色を変えて手に入れようと動き出すだろう。
何しろ、資源採掘鉱山である、ダンジョン近くの土地である。
それそのものが、利益を生む存在といってもいい。
だが、そういった連中にダンジョン近くの土地、あるいはそこに生きてきた人々を追いやられては、多大な被害が発生する恐れがある。
ギルド風に言うならば「ダンジョンがへそを曲げる」かもしれないのだ。
いまだに明確にはなっておらず、長く冒険者ギルドに勤める者達の「所感」でしかない。
ではあるのだが、ダンジョンはその周辺の土地、元から暮らしている人々を粗雑に扱うと、一気に採掘量が減る場合があるのだ。
長い目で見るとすれば、それも一時のことかもしれない。
ある程度年月がたてば元に戻ることもあるだろう。
しかしながら、現状の「人類」にそんな悠長なことを言っている暇はない。
資源は常に足りず、人の数を増やすのすら危うい状況。
モンスターが徘徊するこの世界で、満足に武器すら持てないものも少なくない。
どころか、食料生産すらままならないのだ。
武器がなければ畑も守れず、魔石がなければ実りすらわずかしか望めない。
そんな世界で、このダンジョンは「塩と魔石」をもたらしてくれる。
万が一の失敗も許されない。
絶対に「機嫌」を損ねるわけには、いかないのだ。
「この村が農業に力を入れてくれていたというのは、勿怪の幸いだな。食料はここで作ることが出来る」
村の端に建てられた天幕の中で、教会とギルドの関係者達は話し合いを持っていた。
今後の方針についての、認識のすり合わせのためである。
こういう場合、少しでも認識に齟齬があってはならない。
何があっても即刻対応できるよう、皆が知識を共有することが必要。
それが、ダンジョン管理における教会と冒険者ギルドのスタンスであった。
「外から運び込むとなると、莫大な手間がかかるからな。採掘される魔石を使って食料を確保できるのは大きい」
「塩もありますからね。あとは水さえ確保できれば、言うことないのですが」
「水源調査は、どうなっている」
「村人が利用している川以外にないかと探していますが、思いのほか周辺のモンスターが多く、苦戦しています」
「よくここに入植したものですよ。先駆者の方々は」
「どこも同じだ。領都周辺がいかに恵まれているかわかるだろう」
「それも、変わるぞ。メルタール・リンド大森林に、水琴窟。そして、今回のダンジョン。これで、周辺のダンジョンだけで、必要な物資がすべて賄える」
「将来的には、この周辺に大きな町もできるでしょうね。それぞれのダンジョンで採掘されたものを運ぶため、街道なんかもできるはずです」
「そうなるかもしれない。だが、その前に村をどうにかしなければなるまいよ。とりあえず、採掘した魔石だが。村には安値で卸す、ということでいいのか?」
「無償提供、というのもありかと。例えば、ギルドや教会の施設建設地を、村の所有地、ということにします」
「そこを借り受ける対価、ということか。だが、そうだな。魔石は手に入れてもらわなければならん。そういう手も必要か」
次々に、議論が重ねられていく。
この場所には、こういった内容を承認し、実行できる人物が集まっていた。
いわゆる、要人の類である。
新しく発見されたダンジョンが、それだけ高い重要性を持っている、ということの示唆であった。
「やばい、おじさん胃が痛くなってきそう」
調査課からの報告を聞いて、壮志郎は胃のあたりを押さえた。
えらい人達がたくさん集まって、ダンジョンの話をしていた、と聞いたからだ。
もちろん内容も、だいぶ真面目でシリアスな感じのやつである。
「もっと気楽な感じにならないのかしら。って、無理か。資源鉱山のお話だもんね」
「多くの人間の命がかかっている話ですので。難しいものかと」
報告を受けている場所は、事務所であった。
洞窟に突然現れた扉の奥。
マンションのリビングのようになっていて、奥に壮志郎の寝室がある部屋である。
一応扱いとしては事務所なのだが、キッチンやトイレなどの生活空間とつながっていることから、ほぼ壮志郎のプライベート空間となっていた。
入ってくるのはもっぱらソッティー、ウィーテヴィーデなどの課長レベルだけであり、一般の従業員が足を踏み入れることはほとんどない。
そのためか、報告を上げに来た調査課の従業員は、がちがちに緊張している様子だった。
ちなみに、種族はダークエルフだという。
隠密行動が得意で、書類仕事もできそうだから、という理由で召喚された。
とかく留守にしがちなアーペインのサポートも期待されている、らしい。
「あ、ごめんなさいね、報告ありがとう。お仕事に戻ってくださいな」
「はっ! 失礼します!」
ダークエルフは顔を強張らせながら、事務所から出ていった。
「え? おじさん別にパワハラしてないよね? 訴えられないよね?」
「緊張していたものかと」
「ああ。ソッティーがいたからか」
「何度もいいますが、マスターはこのダンジョンの最上位者。そして、曲がりなりにも神に選ばれた存在です。普通は、ああなるものなのですよ」
「ええ。なんかやだなぁ。おじさんが何したわけでもないのにそういう風に見られるの。何か実際にやったことで褒められたりするのはうれしいけどさ」
「はぁ」
「すっごい期待されてるわけじゃない? 今のおじさんの立場って。ってことは、それにこたえないといけないわけでしょ。そういうのってものすごくあれだよね。カロリー高いよね」
「今でも十分、ご活躍されているものかと」
「そうなの? いや、ソッティーがそういうなら、そうなんだろうけど。実感ないなぁ。プレッシャーを感じるのよねぇ。この歳になるとさぁ、もう感じたくないのよ。プレッシャー」
受験、就職、仕事、人間関係、親戚からの重圧、世間の目。
現代社会には様々なプレッシャーが存在している。
それらは年齢を重ねるごとに様々に変化していき、だんだんと大きく重くなっていく。
だが、ある人種だけは、ある時ふとそれが軽くなることがある。
それは、「独身で周りに結婚とかあきらめられているおっさん」だ。
周りからは期待されず、自分の行動に責任を負うのも自分一人。
それなりの社会性と、周りに迷惑をかけないようにしようという気持ち、法を守ろうという意志さえあるのなら、これほど楽な立場もないだろう。
まさに、日本時代の壮志郎だ。
おっさんとは、条件さえそろうなら、最も豊かで気楽な種族である。
壮志郎の持論の一つだ。
「だからこそ今更プレッシャーにさらされたくないのよねぇ」
「諦めるほかないものかと」
「はぁ。やだなぁ」
ため息が出るが、それでも仕事はしなければならない。
壮志郎は顔を叩いて、気持ちを切り替える。
「で、ダンジョン探索の冒険者さん達は、十日後を目途にやってくる予定なわけね」
「冒険者ギルドはまだ建設予定も正式には決まっていないので、当面は天幕で代用。中に入る冒険者は、素行の良いものを選ぶようです」
「なんか大変だなぁ。あれする? 最初来てくれる人には、こう、高確率で大きめの魔石とお塩がドロップするようにする?」
「パチンコ屋の初日でないので、特に必要なかろうものかと」
「へぇ。そういうのあるんだ」
ちなみに、壮志郎はギャンブルはやらないタイプだった。
競馬場や競艇場にはよくいるが、目的は売店で飯や酒を楽しむことである。
「多摩川競艇場の牛炊、美味しかったなぁ。再現してみようかしらね」
「冒険者が村に来るまでの間、今回来ている教会、ギルド関係者が、狩りを行うそうです」
「そう言ってたね。それでもって、モンスターの調整するとかウィーテヴィーデちゃんが言ってたっけ。マルさんにもそこで慣れてもらって。そういえばマルさん、今は?」
「休息時間で、自室にこもってゲームをしています」
マルシュオーラには、既にゲーム機本体を一つ、ソフトを何本か渡していた。
「電池四本使う件の携帯ゲーム機ですね」
「今更こんなの、って言ってたけど。なんだかんだやりこんでるのね」
「名作が多いですから」
多くのゲームが出たからこそ、良作も生まれるのだ。
「しっかし、水かぁ。水辺も用意したほうがいいのかしらねぇ」
「農業をしようとすれば、大きな水源は必要になりますからね。かなり大規模にやる腹積もりのようですが」
「魔石が取れるところでやるのが一番だろうしね。何より、この土地を知り尽くしてる農家さん達がいるんだもの」
「これまで魔石無しで畑を維持してきた方々です。条件さえ整えば、素晴らしい成果を上げてくださるでしょう」
「なんかソッティーが敬意を払うのって珍しい気がするわ」
「多くの苦労を重ね、それでも懸命に大地と戦い、共に生きてきた方々です。敬意を払うべき相手はわきまえて居るつもりですので」
何を考えているかわからないのっぺり顔だが、ソッティーは意外と浪花節なところがある。
そんなことを言ったら怒らせそうなので、壮志郎はそっとその言葉を胸の中にしまった。
だが、そのうちポロっと言ってしまい、怒らせることだろう。
ある程度年齢が行くと、言いたいことを我慢できなくなるのだという。
おっさんがオヤジギャグを言ってしまうのは、「思いついても言わない」という心のストッパーが緩くなってきているからなのだとか。
ただ、幸いなことに壮志郎はあまりオヤジギャグを言うタイプではなかった。
もっともそれは我慢強いわけでは無く、単に思いつかないからである。
もし思いついていたとしたら、容赦なく連発しているところだろう。
おっさんにも、オヤジギャグを生み出せるクリエイティブなタイプと、全く思いつけないタイプが存在している。
壮志郎の持論の一つだ。
「あのー、そしたらあれかな。ウィーテヴィーデちゃんに声かけて、会議の準備してもらえるかしら。水場設置に関する相談したいからさ」
「わかりました。すぐに確認します」
「ゆっくりでいいよ。おじさん、ちょっとしたいことあるから」
「漬物か何かですか?」
「久しぶりに勝負飯食べたくなっちゃってさ。競馬場とかで売ってるやつ。準備しなくちゃいけないから」
別にしなくちゃいけないわけでは無いのでは。
そう思ったソッティーだったが、口には出さなかった。
料理を作ることは、最近では壮志郎の楽しみにもなってきている。
おっさんの生きがいをむやみに奪うこともないだろう。
別に、ソッティーは優しいわけでは無い。
壮志郎に甘いだけなのである。
教会とギルドの動きは、思いのほか早かった。
村との話し合いをしつつ、冒険者の選定と受け入れ準備を行う。
その間に、教会とギルドの建物の建設も進める。
どの作業も並行して行われ、正に急ピッチで準備がされていく。
人材と財力があるからこその荒業で、「そうしなければならない」という切迫感がそうさせるものでもあった。
この世界に於いて、ダンジョン関連のことというのは「人類の存亡にかかわる」重大事である。
洒落や冗談ではなく、文字通りそうなのだから、力も入ろうというものだ。
そんな中で、教会とギルド、村との話し合いは、実はあまり進んでいなかった。
ギリギリの交渉で、お互いにしのぎを削っている。
というわけでは、全くない。
ただ、あまりに規模が大きすぎる話に、村側が全く対応できていないのである。
無理からぬ話だろう。
何しろ、一番こういったことに強いであろう村長ですら、読み書き計算ができる程度。
いきなり国家規模の話をされて、ついて来いというほうがおかしいのだ。
かといって、全く説明しないわけにもいかない。
これに関しては、焦っても仕方ないだろう。
時間をかけて理解していってもらうしかない、ということになった。
とはいえ、活動を止めるわけにはいかない。
臨時ギルドとして機能する予定の天幕が設置され、職員達も仕事を始める準備が整った頃。
ついに、最初の「一般冒険者」が、村を訪れた。
壮志郎のダンジョンが、本格的に営業を開始するわけである。
「そういえば、アーさんは何してるの?」
「冒険者稼業をしつつ、準備を整えているようです。中々楽しんでいるようですね」
「苦しみながらやることでもないしねぇ。さて、初めてのお客さんだし、おじさんも見学しようかな。マルさんは何してるの?」
「黒い魂のゲームを作っている会社の作品をやらせろ、と騒いでいたので、柱に結わえておきました」
「マジでかぁ。お手柔らかにね?」
流石にあんなものを突然与えたら、仕事をしなくなってしまうだろう。
「とりあえずお仕事だから、解放してあげて」
「わかりました」
「なんだか不安になるスタートなんだよなぁ」
まあ、このぐらい緩いほうがいいのかもしれない。
壮志郎としては、いくぶんか気が楽になったのであった。
次回から、人間の冒険者視点、最寄り村のヒューイ少年の視点を続けたいな、という予定は未定




