横のつながりは大事
ダンジョン“メルタール・リンド大森林”のダンジョンマスター、パルタパル・ロス・セシリアス。
一度会話しただけではあったが、色白で驚くほどの美形、というのが、壮志郎の印象だった。
まあ、ダンジョンコアの画面が小さすぎて、壮志郎の目ではあまりよく見えなかったりしたのだが。
それが、今は目に見えてげっそりしているように見える。
色白、というより、不健康に青白くなっているような印象だ。
「すみません、わざわざお時間とって頂いて」
「いえ。話は、桑島さんからおおよそ。ちょうど新たに一つ人別が欲しかったところでしたので、本当に助かります」
相変わらずダンジョンコア越しではあるが、壮志郎はパルタパルとの対談に臨んでいた。
内容は、人別の取引についてだ、と伝えてある。
パルタパル側との繋ぎは、桑島がとってくれた。
こちらにも、後で何かお礼をしなければならないだろう。
挨拶を済ませてから、あれこれと簡単な情報交換をしていく。
その流れで、スタンピードについての話も聞けた。
「人間側としては、スタンピードをそれほど重大なことととらえていないようなのですよ。当然起こりうること、と考えているようです」
「私が彼らの側なら、かなりの異常事態だと判断しそうなものですが」
「私も同じです。ですがそれは、この世界のダンジョンに生まれながらに親しんでいないものの意見のようですね」
「つまりこの世界のダンジョンでは、スタンピードというのは決して稀有なものではない。ということですか」
「少なくとも、私のダンジョン近隣の人間は、そう考えているようです」
重要であるがゆえに、危険についてもしっかりと把握しているらしい。
人類全体の利益、危機と認識されているのだそうで。
例え国家間と言えども、ダンジョンで起こった災害などについての情報は開示提供することが、取り決められているのだという。
それについて監査するのは、ギルドを管轄する教会なのだそうだ。
ちなみにこの辺りの話は、事前にアーペインから聞かされていた。
少々昔とはいえ、元王様の持つ情報というのは馬鹿にならない。
「珍しくはないから、冷静に対処される。それが、今回はよろしくないようなのです」
「と、言いますと?」
「スタンピードを指示なさった天使様は、かなりの混乱を望んでいらっしゃるようなのですよ」
どうも、かなり無茶な注文をされたらしい。
「人間達を驚かせ、ある程度の混乱を与えろ。そういうご用命なんです」
「いや、しかしそれは、また。理由などの説明は?」
「お察しとは思いますが、ありませんでした。ただどうも、人間が冷静に組織立った動きでスタンピードに対処する。というのではなく、慌てふためいて必死になるようにしろ。ということのようです」
この世界の住民にとって、スタンピードは自然災害である。
地震、雷、台風などと同じ扱いなのだ。
そのため、対応には慣れていた。
何しろダンジョンというのは、この世界唯一の資源採掘の場だ。
重要であるがゆえに、どう対処すればよいかという研究は、盛んにされていた。
つまるところ、普通のスタンピードでは、この世界の住民は驚かないのだ。
よほど大規模にやるか、よほど変則的にやるか。
どちらにしても、元手となるダンジョン力は相当な量が必要だろう。
「方法は、いくつか思いつくのですがね。如何せん。いや、愚痴を言っても始まりませんね。なんにしても、新しい人別というのは有難いです。こちらの人別ですが、いくつかありますので。リストを送ります」
人別は複数確保して有るらしい。
流石ベテランダンジョンマスターだ。
「有難うございます。こちらの内容は、まあ既にご存知ですよね」
壮志郎が持っている人別の内容については、既に送ってあるのだ。
そろそろ、もう一つの方の交渉を始めてもいいかもしれない。
壮志郎は一つ深呼吸をして、気持ちを引き締めた。
「あ、そうそう。ついでといってはあれなんですが、実はですね。折り入ってお願いしたいことが有りまして」
「お願い? ですか。私でお役に立てることでしたら」
他の世界は兎も角、この世界のダンジョンマスターは共闘関係である。
頼みごとをされてむげに断るようなものは居ない。
大体にして、おそらくそういう「共同生活」ができるものがダンジョンマスターに選ばれているのだろう。
「うちのダンジョンなんですが、階層で作りがガラリと変わるタイプにしようと思っていまして」
壮志郎のダンジョンについての情報は、パルタパルにも共有されていた。
近隣ダンジョンと連携をとるため、桑島やパルタパルには、仕様書などを送ってあるのだ。
「人間が入り始める今のうちだと思って、準備を始めているんですよ。まあ、穴を掘ったりといった土木工事が中心で、細かいところは本格的に冒険者とやり合い始めてから詰める予定なんですが」
「準備は早めに進めておく方が、後が楽ですからね」
「ですです。で、次の展開なんですが。ガラッと方向性を変えて、草原でも作ろうかと思ってるんですよ」
ソッティーがリストアップしてきたモンスターの中に、塩を含む草、というのがあった。
体内に塩をため込み歩き回る草、といった形のものだそうで、ビジュアルは若干キモい。
この草を土台にした食物連鎖を作ろう、というのが、壮志郎の考えだった。
「草を食べる草食動物。それを食べる捕食者。それぞれが体内に塩をため込み、食物連鎖の上の方へ行くにしたがって、とれる塩の量が増える。そんなのを作ろうと思いまして」
「生物濃縮ですか。面白そうですね」
森系統のダンジョンを作っているだけあって、そのあたりの理解は早いらしい。
「そちらのリストには、そんなモンスターが居ましたか」
モンスターは、ダンジョンコアで検索できるものしか呼び寄せることができない。
少々性質を変化させることもできるのだが、大幅に生態を変えるといったことはできなかった。
多くのモンスターはダンジョンマスター間で共通なのだが、全く異なるものが混じることもある。
ダンジョンごとのオリジナリティを出すためだったり、ダンジョンマスターの持つ個性が影響していたりするのだそうだ。
「いえ、それがいっくら探しても見つかりませんで。そこで、パルタパルさんにお願いしようと思い立ったんですよ」
パルタパルが持つダンジョンマスターとしての特性。
それは、全く新しいモンスターをデザインし、ダンジョン力を消費して生み出すことができる、というものだった。
かなり有用な特性なのだが、すごいのはこれだけではない。
作ったモンスターのデータを、他のダンジョンマスターと共有することもできるのだ。
つまり。
「その、塩の草を食べる草食動物。それから捕食者。これらのデザインを、パルタパルさんにお願いしたいんですよ」
「そういうことですか。ええ、もちろん構いませんよ」
パルタパルは、こういった依頼を時々されるらしい。
という情報は、事前に桑島から仕入れていた。
案の定、気楽に引き受けてくれる。
おそらく、そんなに難しい注文ではないと判断したのだろう。
「いやぁ、助かります。あ、当然仕事にかかって頂くのは、スタンピードの件が落ち着いてからでお願いします。急ぐ仕事では全くありませんので。打ち合わせとかも後々で。ただ単に、早めにご相談したかっただけですから」
「そうさせて頂けると、有り難いです。何しろ、バタバタしているもので」
「あ、それでちょっとあれなんですが。お礼の方、一部先渡しさせて頂く形でお願いできませんか」
ダンジョンマスター間で依頼などをする場合は、物品やダンジョン力が謝礼として使われることが多いらしい。
「構いませんが。ちなみに、何でお支払いいただくことを検討されているのでしょう?」
「ダンジョン力でお願い出来れば、と。いやぁ、何分こればっかりは量を取っておくのが難しいものですので」
ダンジョン力は、樽に保管される。
樽が一杯になるとそれ以上増えないので、とっておける量には上限があるのだ。
ちなみに、この樽はダンジョン力を支払うことで、増やすことができる。
まあ、壮志郎には当分縁のない話であるが。
「ちなみに今回お渡しする予定のダンジョン力なんですが。この樽の六割程度、といったところで考えています」
「六割? 六割って、一樽のですか?」
「はい。もう用意してありますので、5番さんにお願いすれば、すぐにお送りできます」
ダンジョンマスター間での物品のやり取りは、天使を介することになっていた。
取引が公正に行われることを、確認する意味もあるらしい。
「いやいや、田沢さんちょっと待ってください。それはいくら何でも、頂きすぎです」
樽の六割と言えば、かなりの量だ。
それだけで、初期のダンジョンならば十分作ることができるだろう。
ダンジョンの開店資金と同程度、といえば、少なくない量であることが分かるだろうか。
だが、壮志郎はそう思っていないらしい。
「いえ、一体のモンスターをデザインして頂く謝礼、というわけではありません。複数種類のモンスター。それも、食物連鎖関係にあるものを、調整しつつデザインして頂くわけですから。これでも若干足りないかなぁ、と思ってるぐらいでして」
パルタパルは困惑した顔をしているが、壮志郎は構わず続ける。
「草を直接食べるモンスター。草と、そのモンスターをどちらも食べる雑食モンスター。その二種を食べる完全肉食モンスター。さらにその上に立つ、食物連鎖の頂点。ソレだけで四種類は必要なわけです。かなり独自色が強くなるでしょうから、割増料金ということでしょうし」
「しかし、それにしても。確かにダンジョン力でお礼を頂くことはありましたが、それだけの量というのは」
「聞いたところによると、今まではの場合。ダンジョン力と何か、という感じで、ダンジョン力以外のものも絡めているケースが多かったそうですね?」
桑島や5番から、事前に聞いてある情報である。
「ですが、残念ながら今の私はダンジョン力以外、パルタパルさんに今必要なものというのは、ご用意できないんです。ですので是非、コレでご勘弁願いたいところなんですよ」
パルタパルはぐっと唇を閉じ、苦い表情で眉間に皺を寄せながら目をつぶった。
「それと、重ねて勝手を言って申し訳ないのですが。ご了承頂けるなら、このダンジョン力はすぐにそちらにお送りさせてもらいたいんです。使えないダンジョン力を手元に置いておくと、かえって邪魔になりますから」
「わかりました。ご依頼、受けさせて頂きます。田沢さん、ありがとうございます。申し訳ない」
「ああ、いや! 受けて頂いてよかった! 助かります! 断られたらどんなダンジョンを作ったモノか、全く思い浮かばなかったもので! あっはっはっは!」
ダンジョン力不足に喘いでいるパルタパルに、早急にダンジョン力を都合する。
それも、一方的な貸しにしない形で。
壮志郎のそんな意図には、もちろんパルタパルも気が付いているだろう。
その上で話に乗り、仕事を引き受けてくれたのだ。
この後、少々打ち合わせなどをして、通話は終了した。
ネクタイを緩めて机に突っ伏すと、壮志郎は深いため息を吐いた。
「だーめだ。頭いい人と話してると疲れちゃうね。向うはこっちのレベルに合わせてくれてるんだろうけどさ。それにしてもよ」
「頭のいい人」というのは、「そうでもない人」に比べて、頭の回転が速く、量や質も段違いである。
そのため、「そうでもない人」は、「頭のいい人」と会話するときすさまじい労力を使う。
壮志郎は「そうでもない人」側なので、めちゃくちゃ疲れたのだ。
「お疲れ様でした。5番様から、メールが来ています。取引の成立を確認したので、ダンジョン力を転送するとのことです」
「そうなの? 今樽ってどうなってるのかしら」
樽の方に行ってみると、ダンジョン力が減っていくのが分かった。
お風呂の栓を抜いたような感じである。
「なんかすごいなぁ」
「宜しかったんですか。かなりの量ですが」
「いいのよ。大体、今うちのダンジョン力があったって使わないわけだしさぁ」
普通のダンジョンであれば、維持するだけでもダンジョン力を消費する。
壁を修復するのにも、トラップを仕掛け直すのにも、ダンジョン力が必要だからだ。
だが、壮志郎のダンジョンでは、そうではない。
ダンジョン魔法のおかげで、ダンジョンの維持管理にダンジョン力がかからないのだ。
「そりゃ稼働し始めたら、ダンジョン魔法でカバーできないところもあるし、必要になるだろうけどさ。トラップとかモンスターとかはダンジョン力じゃないと修復とか追加できないわけだし」
「確かに、今すぐに必要なものではないと思われますが」
「将来の信頼を買ったと思えば、安いものでしょう。リスクマネージメントっていうの? 違うかしらね」
「浪花節の類かと」
壮志郎は顔をしかめ、周囲を見回した。
ウィーテヴィーデやアーペインが居ないことを確認すると、軽く肩をすくめる。
「お金がない苦労ってのはおじさんにも想像できるしさ。お互い同じ立場なわけで、仲間内になるわけじゃない? そういうのほっとくのって、おじさんの心臓に悪いのよ」
ソッティーは、壮志郎の記憶を一部引き継いでいる。
取り繕ってもしょうがないと、壮志郎は判断したらしい。
「義理人情というヤツですか」
「そういうんじゃないのよ。ただ、そういうのほっとくと居た堪れなくなるだけ。いいじゃない、別に損するわけでもないんだし」
使って惜しくないダンジョン力で、モンスターのデザインを発注しただけ、である。
ただ、パルタパルにとって、それがずいぶん助けられる取引だっただけだ。
と、いうのが、壮志郎の主張である。
「困っているから助けた。で宜しいものかと」
「いいのよそういうの。アレじゃない、恥ずかしいじゃないのよ。大体、ただの善意だけってわけでもないわけだし? 違うじゃない、そういう感じ出すのって」
「いい年をして、なにを」
「歳関係ないでしょ、歳は」
そうはいったモノの、歳というのは全く関係ないわけでもない。
壮志郎だけかもしれないが、歳をとるにしたがって、いい人だ善意の人だと言われるのが妙に気恥しくなってきた。
それなりに自分の損得もあるわけで、そういう風に言われるのが恥ずかしくてたまらなくなるのだ。
なんなら、「偽善者だ」とか「いい人ぶってる」と指をさされるぐらいの方が心地いい。
我ながらひねくれている気がしないでもないが、人間というのは誰しもそういうところがあるのでないかと壮志郎は思っていた。
おっさんというのは、年齢相応に変なひねくれ方をして、独自の羞恥心を持っている生き物である。
壮志郎の持論の一つだ。
「なによその顔」
「私の顔には部位がありませんので、表情というのはないものかと」
「それもそうね。さーてと。いい取引もできたことだし、スイーツでも作ろうかなぁー。水ようかんとか作ろうかしら、水ようかん」
そそくさと立ち上がって台所の方へ行く壮志郎を見送り、ソッティーは軽く肩をすくめた。
壮志郎が水ようかんを作っている間、ソッティー、ウィーテヴィーデ、アーペインの三体は、一つの部屋に集まっていた。
ウィーテヴィーデが従業員用のスペースに作った部屋で、会議などのために用意されたものである。
「っていうか、前から聞こうと思ってたんすけど。なんでこの部屋こんな豪華なんすか」
「確かに。魔王軍とかそういった感じの連中が使っている城の様な内装ですが」
「っていうか布とかカーペットってどうやって作ったんすか、これ」
「いやに凝った内装ですね」
ソッティーとアーペインが言うように、部屋の中はやたらと豪華な造りになっていた。
明るくて荘厳、というよりは、暗くて邪悪そう、といった雰囲気である。
「そのうち、こういった外装のものも必要になると思ったので、練習がてら作ったのでございマスデス。布の類は、外でとってきた素材をダンジョン魔法で加工したのでございマスデス」
「すっげぇ。ダンジョン魔法ってそんな便利なんすか?」
物を変形させたりする特性を利用して、色々と細工仕事もできるらしい。
ただ、かなり繊細な操作が必要だという。
精密作業機械と同じような作業能力を有する、自動人形ならではの仕事と言える。
「まあ、我々自動人形というのは、要するに魔法や奇跡の類で動くようになったロボットですからね」
「なんすか、ロボットって」
「マスターの世界にあった概念で、機械仕掛けの自動人形のことです」
「はぁ。世界って広いんすねぇ。まあ、異世界のことだけど」
三体が集まっているのは、別にだべるのが目的ではない。
仕事の話をするためだ。
壮志郎からの命令や指示の伝達と、上がってくる情報などの確認。
ダンジョンの制作作業の進捗や今後作るものの相談。
地上周辺情報の共有、等々。
報告、連絡、相談のための集まりである。
「とりあえず、当面マスターが直接何か指示を出すようなことはありませんからね。ギルドの調査が来るまでは、家事などをされている程度かと」
「やっぱそうなるっすよねぇ。その間、お二人どうするんすか?」
「私は、ダンジョンの試作と実験をするでございマスデス」
ウィーテヴィーデは施設課の課長であり、直接ダンジョンを作る立場にある。
「なにか、試しておきたい仕掛けでもあるんすか?」
「取り立ててこれ、というのはないのでございマスデス。ただ、マスターはわりと大雑把な指示だけ出して、細かいところは丸投げという場合も多いのでございマスデスので。今のうちに、想定できる仕掛けや土台などは、出来るだけためしておきたいのでございマスデス」
「とりあえず、塩の草が生える草原や森、ですか」
「そこに小屋を設置したりする場合もあるかもしれないでございマスデスから。木造や石造建築なんかも試しておきたいでございマスデス」
モンスターはパルタパルに発注したが、フィールドを作るのはウィーテヴィーデとその部下達の仕事である。
今まで作っていたのは、建物のようなダンジョンであった。
だが、次は草や動物といったものが主役になるので、自然環境を模した形にしなければならない。
実際にダンジョンを作るウィーテヴィーデにとっては、未知の作業だ。
色々試しておきたいと思うのは、当然だろう。
「私はマスター次第でしょうか」
ソッティーは壮志郎に直接ついて補佐をしているので、何をするかは壮志郎次第なのだ。
この間などは、アーペインがとってきた山菜の下処理を延々していたし、その前は作り置きのグラノーラバーやプリンなどを作ったりしていた。
どうもウィーテヴィーデがガンガン食べてくれるので、作るのが楽しいらしい。
「なんか微笑ましいけど、今のうちだけなんすかねぇ。マスターがあんなことしてられんの」
「あの人は何のかんのとずっとああいったことをして居そうではありますが。どうしましたウィーテヴィーデ。形容しがたい表情ですが」
「だいじょうぶっすよ。俺ら飯食わないと死ぬんすから。きっとマスターは飯とかおやつとかつくってくれるっすから」
「なにをホッとした顔をしているんですか貴女は」
「いいじゃねぇっすか。ダンジョン制作とか維持管理って重労働なわけっすし。娯楽があったって」
「そうかもしれませんが。それで、貴方の方はなにを」
「村の監視と偵察、ダンジョン入り口周辺の監視と偵察。監視と偵察ばっかしっすね」
調査課というだけに、その仕事内容のほとんどは調査である。
「いうて、俺じゃなくて部下がやってくれてるんすけどね」
調査課の従業員は、シャドーピープルやガスクラウド等、ステルス性能が高いものばかりだった。
なんだかんだと数も増えており、今は十体程が業務にあたっている。
いわゆる普通の生物はおらず、悪魔やら魔法生物やらばかりであるため、休憩や食事などがほぼ不要なのが特徴の課だ。
まあ、施設課の方は全従業員が自動人形なので、休憩やら食事やらがないのがデフォルトになっているのだが。
とんでもないブラック環境である。
「おかげで俺、今んとこやることねぇんすけど」
「村に冒険者が増えてこない限り、これといって貴方にしかできない仕事、というのはありませんからね」
調査や監視だけならば、アーペインの部下だけで十分にこなすことができる。
アーペインのもっとも大切な仕事は、街に冒険者が集まってからが本番なのだ。
冒険者に化けて街に侵入し、情報を収集する。
難しい仕事であり、今いるメンツの中では、アーペインぐらいにしかこなせない仕事であった。
「人間の機微に一番詳しいのは、アーペインさんでございマスデス」
「我々には人間の考えていることはよくわかりませんからね。中に入っての情報収集というのは不可能かと」
「はたから聞いたらすごいセリフっすよね。そっちはアレなんすけど。それで、暇なうちにダンジョンの周りにいるモンスター間引いとこうかと思うんすけど。どうっすかね」
ダンジョン周辺の調査は意外と進んでいて、どんな生物がいるかもわかってきていた。
中には、危険なものも少なからずいるらしい。
「その方がよさそうですか?」
「どうなるかわかんないけど将来ダンジョンの近くに何かを作ってってなったら、モンスターは少ない方がいいかなぁー、って思ったんすけど」
確かに、安全を確保できる方が作業はしやすいだろう。
ダンジョン側としてはさっさとダンジョン探索に専念してもらいたいので、そちらの方が都合がよくも思える。
だが、ソッティーは首を傾げた。
「周辺にモンスターが少ないという状況は、不自然では。かえって警戒されませんか」
「それもそうっすね。居るはずのものが居ねぇってのは、気にするかぁ」
「そういうものなのでございマスデス?」
「マスターが、おやつ用にプリンとゼリーを作ってたのを見たのに、冷蔵庫にはプリンしかない。なんてことになったら、不審に思う。そんなかんじじゃねぇーっすか?」
ウィーテヴィーデは、美少女がしてはいけない表情で固まった。
情報量が多すぎて処理落ちしたのかもしれない。
「その例えはいかがなものかと」
「申し訳ねぇっす」
ウィーテヴィーデが復活するのを待って、会議が続けられた。
とりあえず、当面の行動が決められる。
ウィーテヴィーデはダンジョン施設の研究。
アーペインは村の風土や風習、人間関係、周辺の地形、ダンジョン周辺の地形とモンスター、植生の調査。
ソッティーは、壮志郎の介護である。
ただの仕事内容の確認のようだが、定期的にこういったことをしておかないと、互いの認識に齟齬が出て大変なことになったりするのだ。
業務内容がダンジョンの制作維持管理などという物騒なものであるだけに、こういったことをおろそかにすることはできない。
ついでに、こういった場で意見具申が行われたりもする。
「いや、そうそう。間引きの件で思い出したんすけど、戦闘訓練が必要だと思うんすよ」
「貴方の部下達のですか?」
「俺も含めてっすね。今のままだと、どうしても経験が偏るんすよ」
リポップモンスターとの戦闘などは、訓練として行っている。
だが、ウィーテヴィーデなどが制作する関係上、どうしてもモンスターは自動人形種が多くなってしまっていた。
「俺ら外で戦う機会があるかもしれないっすから。それだといろいろ、支障が出るかもしれねぇーっすし」
「ない、とは言い切れませんか。わかりました。マスターに掛け合って対策を立てておきます」
「よろしくっす。しっかし、ソッティーさんってマスターのこと買ってるっすよねぇ」
「このダンジョンの最高意思決定権は、マスターにありますので」
「それはそうなんすけど。それを置いといても、かなり信頼してるよーに見えるんすよ」
「どうでしょう。自分では判断しかねますが。とりあえず、面白い人物であることは間違いないかと」
「なるほど。同じ意見っすね」
「ところで。ソッティー様から甘いにおいがするのでございマスデスが、どういうことでございマスデス?」
戻ってきたらしいウィーテヴィーデが、唐突に尋ねてくる。
かなり真剣な表情だ。
「ああ。マスターが水ようかんを作っていたので、その匂いが移ったのかと」
「水ようかん? それについて詳しくお聞きしたいでございマスデス」
「いや、みんな面白れぇーっすわ」
心底楽しそうに呟き、アーペインは大声をあげて笑いそうになるのをこらえた。
壮志郎が着々と家事スキルを上げている間にも、周囲の情勢は動き続けていた。
村から出された連絡は本部へ無事に届き、調査隊の選抜が始まったらしい。
どんなに離れた場所であっても、ギルドの情報というのは簡単に手に入った。
何しろ彼らは教会であり、ダンジョンマスターの直接の上司は天使様や神様である。
大本が同じなので、情報はいくらでも確認できるのだ。
もっとも、向こうは全くそのことを知らないわけだが。
「おおよその予測通り、ギルドの調査団はあと十五日前後で村に到着するようです」
「あー。そうなんだ。じゃぁ、アーさんの方、間に合いそうねぇ」
アーペインは、明日から出張研修に行くことになっていた。
出張先は、桑島・九郎衛門のダンジョン“水琴窟”だ。
「ていうか、他のダンジョンって行っていいのね」
「情報、物資交換等、色々と行き来しなければならない都合もあるからかと」
直接顔を合わせなければ済まない用事、というのもある。
書面や通話だけで済む仕事ならそれでいいのだろうが、何しろダンジョンの製作維持管理というのは複雑極まる上に、連携が重要な仕事だ。
ちょっとしたニュアンスの齟齬で、取り返しのつかない事態になることもありうる。
「今回、瞬間移動で行くって言ってたっけ? すごいよねぇ」
ダンジョン“水琴窟”までは、ワープ的なもので送り届けてもらえるらしい。
5番が天使的な力でやってくれるらしいのだが、ぶっちゃけ壮志郎には話の八割ぐらいが理解できていなかった。
なんかワープで送り届けてくれるんだ、ぐらいなものである。
「アーさんのほかには、誰が行くんだっけ?」
「各課から五体ずつ行くことになっております」
「そんなに行くんだ! 結構多いのね」
「ちなみに何体行くか聞かれたのはこれで八回目です」
「そんなに聞いてたっけ? あー、でも、桑島さんにお礼しないとなぁ。快く受け入れてくれたわけだし」
戦闘訓練がしたい、というアーペインからの要望を聞いた壮志郎は、あれこれと方法を探した。
ダンジョンコアで検索してみたり、他のダンジョンマスターに相談してみたりしたところ、桑島から「うちのダンジョンに寄こしてみないか」と誘われたのである。
「研修って四泊五日の予定だったよね。大変そうだなぁ」
「ダンジョン探索をさせて頂ける、という話でしたが」
準備や試験のために作っている、人間には公開していないテストダンジョンがあるらしい。
今回は、特別にそれを使わせてくれるというのだ。
「やっぱりあれかな。手土産は羊羹がいいかな?」
「日本酒も準備して有りますが」
「いいじゃない、甘いもので日本酒飲むのも美味しいよ? とくに羊羹ね。おじさん、コンビニのポケット羊羹でカップ酒呑むの好きだったなぁ」
「そういえば、ここの所、晩酌をなさいませんね」
壮志郎は、意外とお酒もいける口だった。
日本時代は毎晩晩酌していたものだったが、ダンジョンマスターになってからは、時々しか飲んでいない。
「どうも職場で一人飲みするのって気が引けてさぁ。世の自営業の人達ってたいへんだよね。自宅が職場って、ずっと仕事場にいるわけでしょ? 心があれなのよ、落ち着かないのよ」
「いっそ、ウィーテヴィーデにマスターがお休みになられる場所を作らせてみては。と、言いたいところですが。かえって落ち着かれないでしょうね」
「自分の為だけのスペースとか気が引けてしょうがないよね」
壮志郎に限らず、贅沢すぎる空間にいると落ち着かなくなる人種は多い。
清く正しいおっさんなどは、まさにその最たるもの。
おっさんとは、ラグジュアリーな空間より、雑多でこぎたない空間の方が落ち着く生き物である。
壮志郎の持論の一つだ。
「では、雑多でこぎたない空間を作らせるのも手かと」
「それもなんか違わない? まあ、そんなことより、アーさん達の出張の準備しないとだね。忙しい忙しい」
従業員が動くとなると、それなりに用意や準備が必要になるのだ。
出発は明日なので、最終チェックなどもしなければならない。
なんだかんだとやることが多い壮志郎であった。




