ダンジョンマスターはおっさんだけど、部下は案外優秀っぽい
施設課の数名を引き連れて森へやってきたアーペインは、どうしたものかとため息を吐いた。
今回の仕事は、周辺に生息する動植物やモンスターの調査だ。
なのだが、このままだとどうにも上手く行きそうになかった。
周りの動物やモンスターの気配が、軒並み逃げて行ってしまっているのだ。
原因は、施設課の人員のせいである。
「ていうかなんで施設課だっつってんのに、君らそんなドチャクソ戦闘力高い感じになってんの?」
「いえ、なんかこう。ソッティー様が最低限このぐらいは必要だみたいな感じのことをおっしゃっていたそうで」
ソッティーに言われたら、ウィーテヴィーデは粛々とそれに従うだろう。
うちのダンジョンでソッティーに面と向かって意見出来るのは、マスターぐらいだろうな。
と、アーペインは思っている。
アーペイン自身、ソッティーに逆らおうとは思わない。
あまりにけた違いな化け物過ぎて、自分と比較するのもばかばかしくなってくる。
ちなみに。
そもそも壮志郎がソッティーにつぎ込んだダンジョン力の量は異常である。
何しろ新人のダンジョンマスターが「モンスターも含めたダンジョン全体」を作る量すべてを、ソッティー一体につぎ込んでいるのだ。
新規ダンジョン開業資金ともいえる樽一杯分のダンジョン力というのは、実はかなりの高額である。
言ってみれば「デパートの土地建物の購入資金と、人件費と品物購入費と光熱費全部もろもろ全部ぶっこんだ額」なわけだから、それも当然だろう。
「まぁ、じゃぁ、しょうがねぇか。とりあえず、どんなのがいるか記録しつつ、観察していこうか。別に狩ってこいって言われてるわけじゃないし、逃げられてもいいでしょ」
どんな動物やモンスターがいるか、どんな植生なのか、どんな地形なのか。
そういったことを調べてくるだけなので、別に逃げられても構わないのだ。
できるなら2、3匹は狩っておきたかったが、その辺は追々でも構わない。
「いうて、君らみたいなビジュアル見たらビビるのもわかんだよなぁ。俺も怖ぇし」
「はぁ。そうでしょうか」
施設課の従業員は、ほぼ全員が人間の形をしていなかった。
様々なモンスターを混ぜ合わせたキメラをモデルにした、現代抽象彫刻といったようなビジュアルである。
「んじゃ、とりあえず歩き回ってみっかね」
とにかくまずはモンスター探しだ。
アーペインには、様々な種類の高度な探知能力が与えられていた。
それを使えば、おおよそどの方向へ行けばいいのかは判断が付く。
アーペインと施設課の面々は、森の中へと分け入っていった。
周辺の調査は、驚くほどあっさり終わった。
アーペインの能力が高かったこともあるのだが、施設課の従業員が思いのほか優秀だったことも原因である。
「全員で知覚を共有してるからほぼほぼ死角とかねぇーっすし、念話で会話しつつ情報共有してるから、スキル由来の知識とか全員が共有してるようなもんだし」
「はぁー。自動人形って便利なのねぇ」
報告を大方聞き終え、今は駄弁りながらお茶を飲んでいるところであった。
要点をしっかりと押さえ、それでいて簡潔で必要事項をきちんと踏まえた素晴らしい報告だったのだ、が。
壮志郎の頭からはすでに大部分が失われつつあった。
おっさんの記憶というのは脆く儚いのだ。
少しでも記憶を長く留めておくためには、書類などの紙媒体が必要となる。
パソコンやスマホなどに記録しておいてもよいのでは、と思うかもしれないが、それでは不十分と言わざるを得ない。
おっさんは記録したことそのものも忘れるからだ。
よって、何かの折に目に飛び込んで、「あ、そういえば何かメモってたな」と思い起こさせるためのキーが必要になる。
それが紙媒体なのだ。
リマインド機能とか使えばいいじゃん、と思うかもしれないが、それはおっさんを理解していないモノの考えだろう。
そんな高度な機能を使いこなせるようなら、そもそもおっさんではないのだ。
おっさんとは、紙の書類とかにメチャクチャお世話になる生き物なのである。
壮志郎の持論の一つだ。
「で、結局あれかぁ。最初予定してた調査全部すんじゃったんだ」
「そうなんすよ。マジ施設課のメンツ有能だったんすよね。目立つしアレっちゃアレだったんすけど」
アーペインの腕が良かったのもあったのだが、施設課の面々は実に有能だった。
あまりに手際よく作業を進めてくれたおかげで、数日かかる予定の仕事があっという間に終わってしまったほどである。
「じゃあ、もうダンジョン用のリポップモンスター用意できるんだ?」
「どれにするか決めて頂ければ、すぐにでも可能かと」
「決めるにしても、姿は見れないにしてもさ。ある程度の情報を見比べてみたさあるよねぇ」
「そのために私が今、ダンジョン周辺に生息するモンスターや生き物の情報を紙に書き出しているのですが」
「うん、そうだったね。ごめんなさい」
ちなみに、似たようなやり取りは既に三回ぐらい行っていた。
多分あと三回はやるだろう。
おじさんは話や情報だけでなく、現在の状況すら容易く忘れてしまうのだ。
人の夢とかけておっさんの記憶と解く。
その心は、何方も儚いでしょう。
「あとで、アーペイン殿からの報告の内容も書類にまとめて、ファイルに入れておきます。バインダーして書棚に差しておきますので、内容をお忘れになった時はそちらを確認してください」
もうすでに忘れてきてるんだけど。
とは、壮志郎は言わなかった。
どうせそう思われてるだろうな、と思ったからである。
「じゃあ、そのモンスターを選んだらさ。早速設置してみようかしらね。そのあとは、どうするんだっけ?」
「周辺の人里の調査っすかね」
人里への潜入は、実は割と重要な案件である。
市場の調査なども重要なのだが、それ以前にもっと大切なことがあった。
ダンジョンの存在に気が付いてもらえるよう、誘導することである。
どんなにいいダンジョンを作っても、客が来てくれなくては話にならない。
「誘導する方法は、まぁ、行ってみないとってやつだねぇ」
どんな方法でダンジョンに気が付かせるかは、ケースバイケースになるだろう。
「状況分かんないと適切な誘導方法もわかんねっすからね」
「人里に行ったらさ、何か美味しいものとかあるのかしら。名物とか」
どっか行ったらとりあえず名物が食べてみたくなるのが人の性である。
そんな壮志郎の何気ない呟きに、激しく反応を示すものが居た。
ウィーテヴィーデだ。
ものすごい表情と目力で、壮志郎とアーペインを見据えている。
一瞬、何かしらの殺意でも抱いているのかと誤解しそうなほどの目力だ。
実際にこもっているのは食欲である。
「マスター。この周辺は、人種にとって過酷な土地です。作物も育たず、塩すら満足に手に入りません。そういったものを期待するのは無駄かと」
だから、この土地にダンジョンを作ることになった様なモノなのである。
「そりゃそうか。じゃあ、美味しいものは望めないやね」
「そういうもんが作れるようにするのが、俺達の仕事ってことっすね。感慨ぶけぇなぁ」
一国の国王をやっていたアーペインからすれば、なるほど感慨深いものがあるだろう。
アーペインが国王をやっていたころ、ダンジョンから産出される品々には随分世話になったものである。
というより、「国」などという大きな共同体を維持するほどの物品を手に入れるのに、ダンジョンは必要不可欠だった。
文明というのは「モノ食い虫」である。
金食い虫と似たようなもので、供給が無ければあっという間に消滅する。
「ダンジョンは神の御業、なんつってたし、そうなんだろうなとは思ってたけど。まさかこんな感じで運営されてるもんだとは思わなかったんすけどねぇ」
「世の中、ふたを開けてみるとびっくりすることって多いよね」
大したことないと思っていたものが、実は途轍もなく素晴らしいものだったり。
クソ下種野郎だとばかり思っていた人物が、実は尊敬すべき人物であったりする。
ままならないのが世の中なのだ。
「ていうかさ。ダンジョンって見つかったら、その後どうなるの? 普通に冒険者の人が押し寄せてくるの?」
「そんな訳ねぇじゃないっすか。まず調査が入るんすよ。ギルドの。っていうか、要するに教会の」
この世界の冒険者ギルドは、教会が仕切っている。
ダンジョンを作ったのが神様だから、というのが建前らしい。
「調査? そういうのがあるの?」
「いきなり冒険者を入れて、数を減らすのも得策ではないと思っているものかと。冒険者というのはつまるところ資源採掘のための労働者ですから」
「ダンジョンの難易度に見合った冒険者を送り出す。そういうのもギルドの仕事っすからね。その方が上がりもデカくなるし、連中も必死っすよ」
ソッティーやアーペインの言う通り、ギルドは冒険者を意外と丁寧に扱っているらしい。
アガリがデカくなるから、というなんとも生臭い理由によるものではあるのだが。
「調査って、どんな調査するの?」
「冒険者ギルドが囲ってる腕のいい連中を潜らせて、査定するんすよ。バチボコの凄腕ぞろいっすよ。俺の時代だと、ドラゴンを素手で捻り殺す奴とか居たもんすけど。今の時代ってどうなんすかね」
「なにそれ怖い。ダンジョン壊されないかしら」
「教会が連れてくるような連中なら、ダンジョンのことメチャクチャ丁重に扱うっすよ」
アーペインは案外、冒険者ギルドや教会について詳しいようだった。
まあ、元は王様だったわけで、資源の採掘と管理を一手に引き受けている教会のことをよく知っているのは、ある種当然である。
「へぇー。じゃあ、ダンジョンの査定人みたいなもんなんだ」
「そっすねぇー。実際に入って採掘して、ランク付けするらしいっすよ。そういえば、ビジュアルとか機能性とかも査定するとか何とか云ってたっすねぇ。ぶっちゃけ資源さえ出りゃいいと思ってたんで、興味なかったっすけど」
昔のアーペインの立場的に、ダンジョンに求めるものは採掘物のみである。
見た目がどんなだろうと、知ったこっちゃないのだ。
だが、その話を聞いて、ウィーテヴィーデがキュッと眉間に皺を寄せた。
「その連中は、ダンジョンのビジュアルでランクを付けるのでございマスデス?」
「ビジュアルだけじゃねぇみたいっすけど、そんな感じっすかねぇ。どこそこのダンジョンは美しいだの、あそこのダンジョンは機能美に満ちてるとか。そんな話してたような、して無かったような」
「マスター、意見具申しマスデス」
「なにかしら?」
いつになく真剣な面持ちのウィーテヴィーデに、壮志郎は若干気圧された。
「教会とかいう連中に舐められるのは面白くないでございマスデス。すこし、ダンジョンに手を加える許可を頂きたいでございマスデス」
実に直球な申し出である。
普通なら、もう少し「ダンジョン全体の沽券にかかわる」とか「評価を上げたほうが運営に有利」とか、それなりのオブラートに包みそうなところだろう。
だが、壮志郎は案外そういうバカ正直さが嫌いではなかった。
「いいんじゃない? 施設課の課長さんがそう思うなら、そうすべきだとおじさん思うよ」
「有難うございマスデス!」
「あ、でも一応どんなことするのか、ソッティーと相談しといてね」
GOサインは出すけど、実務の方はからっきしなマスター。
それが壮志郎なのである。
まあ、それなりに実力のある実務者にしてみれば、その位の方がありがたいのかもしれない。
もちろん、それなりに実力がある、というのが大前提だが。
早速案を練り始めたのだろう。
ウィーテヴィーデは両手を組むと、考え込むような表情で目を閉じた。
壮志郎から見て毎度思うのだが、ウィーテヴィーデは少々表情が分かりやすすぎる気がする。
どうせ人前に出るわけでもないので、気にしなくてもいいのだろうけれども。
「いろいろ悩ましいなぁ。で、何の話してたんだっけ?」
「周辺の調査終わって、リポップモンスターの選定をしよう、そのためにソッティーさんが書類作りしてる。って感じっすかね」
「ああ、そうだった。うん。忘れてた」
話が脱線すると、すぐに本筋を忘れてしまう。
おっさんの記憶というのは、その位儚いのだ。
それが分かっているにもかかわらず、おっさんは話を脱線させることを止めない。
おっさんは話を脱線させるのが大好きだからだ。
あれこれとクダを巻いたり、話しているうちに自分でも何の話をしているかわかんなくなる。
でも話すのが好きなので止めない。
それがおっさんという生き物なのである。
壮志郎の持論の一つだ。
「で、いよいよ人里の方の調査だな。って話になって、名物はどうのって話してたところっすかね」
「はいはいはい。そうだったそうだった。じゃあ、アーさんの準備をしなくちゃいけないんだ」
「それで、相談なんすけど。流石に俺一人で調査ってわけにもいかねぇと思うんで、部下を呼び出してほしいと思うんすよ」
そりゃ当然だろうと、壮志郎も思う。
わざわざ改めてこんなことを言うからには、何かしら理由があるのだ。
「なんか、呼び出すのはこういうの、っていう要望があるのかしら?」
「やっぱ、マスターは話が早くって助かるわ。いや、ぶっちゃけ俺もまだどんなモンスターがいいか、考えがまとまってるわけじゃないんすけどね。少数精鋭がいいだろう、っていうのは、間違えねぇかなって程度で」
アーペインの部下ということは、調査課の所属ということになる。
仕事内容は、かなり危険なものとなるはずだ。
身を隠したり、人の中に紛れ込んだりするのが得意である必要がある。
状況を的確に判断する頭も必要だろう。
当然、戦闘能力も高い方がいい。
壮志郎的に言うなら、「マンガやアニメに出てくるスーパースパイ的なやつ」という感じになるだろうか。
「めちゃめちゃダンジョン力かかりそうね」
それ自体には、別に否はなかった。
設備課の人員も一通りそろったし、ダンジョンの方にはそもそもダンジョン力はあまり必要ない。
なので、モンスターにダンジョン力を割いてしまっても、全く問題ないのだ。
「必要な条件がまとまったら、何かに書き出して報告してくれるかしら。ほら、おじさん直接聞いても忘れちゃうから」
「了解っす。ソッティーさんと相談して決めることにするっす」
「そうね。っていうか、ソッティー何してるんだっけ?」
「ダンジョン周辺に生息するモンスターや生き物の情報を紙に書き出しているのですが」
「ああ、そうだったそうだった。ゆっくりやってね。ゆっくり」
おっさんの記憶というのは、人の夢に似たりなのである。
小部屋に出すモンスターの選定を終えたので、試しに戦ってみよう、ということになった。
戦うのは当然、アーペインである。
「なんでアーさんが戦うの? ソッティーでもいいんじゃない?」
「それでもいいんでしょうけども。ほら、俺が一番客層にちけぇっすから」
本人の言う通り、一番客層に近いのはアーペインである。
ソッティーやウィーテヴィーデは、人型からかけ離れすぎているため、「ダンジョン内で冒険者が戦う場合」のテストにならない。
一応は壮志郎も人型なのだが、あまりにもポンコツおっさん過ぎて戦う準備をしている最中に負傷するであろうことが予想されたので、テストには不向きということになった。
「適材適所っすね」
「おじさんすることなくて楽だわぁ」
壮志郎、ソッティー、ウィーテヴィーデ、アーペイン、それから施設課の面々は、ダンジョン予定地に来ていた。
設置したリポップモンスターの、性能テストのためである。
小部屋の中に、選定したリポップモンスターを設置。
実際に戦ってみて、様子を確認するのだ。
小部屋の中にはアーペインが入り、廊下のところに壮志郎、ソッティー、ウィーテヴィーデが並んでいる。
大部屋と小部屋をつなぐ廊下は結構広くとってあり、人が三人並んで歩けるぐらいの広さがあった。
「結局、飛び道具対策ってどうなったの?」
大部屋から小部屋に来る時、モンスターが狙撃されるかもしれない問題である。
「部屋に完全に入りきるまでは、シールドを張る形にしました」
「なにシールドって。SF的なヤツ?」
「SF的なやつではなく、魔法的なやつです」
部屋を中央から区切る、バリアー的なものを張るのだそうだ。
冒険者が完全に小部屋に入ると解除されるもので、強度はかなり高いのだとか。
「どのぐらい硬いの?」
「部屋の扉と同程度といったところです」
かなり丈夫だということだ。
それで壊されるぐらいであれば、ダンジョンの壁とかもぶち抜かれるだろう。
「そこまでの火力を持ってくる理由もないでしょうから、問題なかろうものかと」
いくつも壁を作るというのは手間だが、しょうがない。
小部屋側の扉も閉めてしまってから、内部にモンスターを呼び出す。
という方法でもいいのだが、それだと逃げる手段が無くなってしまう。
安全性を考えるなら、今の方がましだと思われる。
「なかなかうまい手段って思いつかないもんよねぇ」
まあ、簡単に行くのであれば、誰も苦労しない。
壮志郎はヌボーっとした目で、小部屋を区切っている青い半透明な光の壁を見やった。
あれが、件のシールドとかいうものなのだろう。
触ってみたいような気もするが、そこまででもなかったので実行には移さなかった。
歳をとってくると、どうにもいろんなものに対する興味が薄れていく気がする。
というより、色々なものに興味を持つだけの体力がないのだろう。
人間というのは意外と、何をするのにも体力を必要とするものなのだ。
おっさんになると、生きるのにやっとで、そっちに割く体力がなくなってきてしまう。
何しろ心臓を動かすのにも一苦労、歩くのだって重労働なのだ。
おっさんとは、生命活動を行うだけで疲れてしまう生き物なのである。
壮志郎の持論の一つだ。
「そろそろ、始めます。アーペイン殿、ご準備を」
ソッティーの合図で、テストが始まった。
シールドが消え、その向こう側から現れたのは、大型の猪である。
この世界でも、イノシシは割とよくいるタイプの生き物らしい。
額にナポレオンフィッシュみたいなでっぱりがあるとか、牙が鋭いとか違いはあるのだが。
まあ、細かい違いはあるものの、「おおよそ猪」ということで間違いないだろう。
アーペインはイノシシに対して半身に構え、イノシシ側にある腕を胸の高さに持ち上げている。
逆手に持ったナイフの切っ先は、イノシシに向けられているようだ。
空いているもう一方の手は腰のあたりにあり、手のひらがイノシシの方へと向けられていた。
先に動いたのは、イノシシだ。
何度か地面を掻くような動きを見せたあと、突進を開始。
それを見て取ったアーペインは、ナイフを持っていない、空いた方の手をわずかに動かす。
瞬間、アーペインの手のひらから、閃光が迸った。
薄紫色の靄の塊のようなものが高速で飛び出し、イノシシの顔に直撃したのだ。
おそらくは、魔法攻撃である。
その位は壮志郎にも察しがついた。
ただ、威力はあまりなかったようだ。
イノシシの突進は止まらない。
それが予想外ではなかったらしく、アーペインは特に気にする様子もなく、すっと横に動いた。
一直線に進むイノシシは、アーペインのわきをすり抜け走り抜けていく。
「あの魔法は目つぶしが目的だったようです。本来なら猪も進路を変えるところだったのでしょうが、目が見えずそのまま直進するしかなかったようですね」
ソッティーは聞かずとも、壮志郎の疑問に答えてくれた。
出来る部下を持つと、質問すらしなくてもいいものらしい。
アーペインに躱されたイノシシは、壁間近で体を反転。
再び突撃を仕掛ける、かと思いきや。
どういうわけか、そのままどっさりと倒れ込んでしまった。
そして、空気中に溶けていくように体が消えて行ってしまう。
残ったのは、コブシ大の白い塊。
塩の結晶だけである。
「え? なに、どういうこと?」
「すれ違いざま、首のあたりをナイフで掻き切っていたようです」
「マジで? すごくない?」
「かなりの技術であることは間違いないかと」
「そうでもねぇーっすよ。ナイフと単発魔法使った格闘術は、生前じゃぁ必須スキルだったっすし」
アーペインは苦笑いしながら、塩の結晶を拾い上げた。
「ゴブリンってなぁ、魔力保有量はそこそこなんすけど、出力がちいせぇんすよ。なもんで、でっけぇ魔法とかは打てねぇもんすから。こんな感じで、小技でやり合うしかねぇんすよね」
「それで、さっきの感じになるのか。拳銃とナイフで戦ってる人っぽい動きだなぁ。いや、ゲームとか映画でしかそんな人見たことないけど」
とりあえず、テストは終わったのだが。
「なんの参考にもならないでございマスデス」
「そうねぇ。ちょっと鮮やかすぎるかしら」
アーペインがあまりにも速攻で倒してしまったので、どうもこうも参考にならなかった。
「アーさんって強いんでしょ? うちのダンジョンに来るような冒険者よりずっと」
「束になっても敵わないものかと」
今回のテストの目的には、リポップモンスターの行動をどう設定するかを決める、というものも含まれていた。
小部屋に出現させるモンスターは、見た目こそモデルになった動物やモンスターそっくりであったが、中身はまったくの別物。
擬態化装甲を張り付けた、自動人形であった。
外とダンジョン内を差別化するための方策であり、利点はいくつかある。
出現モンスターを変えることで、「ここはダンジョンだ」とわかりやすく伝えることができるとか。
ソッティーやウィーテヴィーデが居るので、自動人形の方が指示や調整をしやすいとか。
生身のモンスターよりも、自動人形の方が行動などに無理が利かせやすいとか。
その他諸々ひっくるめて検討した結果、とりあえず現段階では小部屋のモンスターはすべて自動人形にする、ということになったのだ。
「せっかく細かく調整できるから色々してみたかったところだけども。まぁ、仕方ないかぁ。手加減してやってみてもらっても、意味ないだろうし」
達人が手加減したところで、素人と同じ動きにはならないだろうと、壮志郎は思っていた。
実際のところは、どうかはわからない。
格闘技とかそういうのにかかわることのない人生を歩んできているからである。
「でも、これって一番弱い部屋なんでしょ? 他のところも順繰りに試してみてもらってもいい? そっちなら、参考になるかもだし」
このイノシシは、一番難易度が低いモンスターとして設定されていた。
他の部屋は、イノシシの数が増えていたり、全く別のモンスターが現れたりするようにしてある。
「こうなったらついでだから、ソッティーとウィーテヴィーデちゃんにも戦ってもらっちゃおうか。どうせ、アーさんの部下を呼び出すダンジョン力が溜まるまで、暇なんだし」
人里に潜入するのは、アーペインの部下をある程度揃えてから、ということになっていた。
今はまだダンジョン力がないので、一体も呼び出すことができない。
つまり、割かしすることがなく、暇だったりするのだ。
「わかりましたでございマスデス!」
「そうですね。それもよろしいかと」
「せっかくだから、おじさんもやってみようかなぁ。運動がてら」
「やめたほうがいいと思いマスデス」
「マスター、最悪死ぬんじゃねぇっすか?」
「まずは散歩程度の運動から始めるのがよろしいものかと」
なんて自分のことをよくわかってくれている部下達なのだろう。
壮志郎は感動のあまり、にっこりとほほ笑んだ。
目元に光るのは、涙ではない。
おっさんからにじみ出た汁であった。
涙がきれいとか言われるのは、若いうちだけなのだ。
ある程度の歳になって、特におっさんが泣いたりすると、引くほどうっとおしがられる。
何か特別な理由がない限り、美しい涙、なんて絶対に言われないのだ。
そして、大体においておっさんには「何か特別な理由」というのが降りかかることはない。
なぜならおっさんの生き方とは、強い感動もなく、かわりに深い悲しみもないものだからである。
壮志郎の持論の一つだ。
いよいよモンスターの仮設置までこぎつけました
次回辺りに近隣の人里まで行ってみたいと思います




