表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/29

打撃による衝撃を受け流せない

 山脈の裾野にある、森の一角。

 人里から離れたその場所は、植物と獣、そして、モンスターの領域である。

 そんな場所に暮らす一匹の小さな獣が、何かを察知したように顔を上げた。

 見つけた食料を抱えると、素早く巣穴に向かって駆けだす。

 少し離れた場所でくつろいでいたモンスターも、何かを感じ取ったらしい。

 やおら体を起こすと、その場を離れ始めた。

 ここにいては危険だ。

 どちらも、そう判断した様子であった。

 その周囲にいる生き物は、皆同じだったようだ。

 獣やモンスターの類がいなくなったその場所で、異変が起こった。

 空間から何かがにじみ出るように、何かが現れる。

 一斉に姿を現したそれは、陶器で作られたような体を持つ、巨大な類人猿といったような姿をしていた。

 合計で、十体。

 肉の身体を持たないそれは、多くの獣にとって獲物になりえない。

 しかし。

 体に内包する魔力は、濃密で上質。

 魔力を糧とする類のモンスターにとっては、極上の獲物であった。

 なのだが、そういった類のモンスター達も、巨大な類人猿の気配を察知した途端、離れていく。

 襲うにしても割に合わない。

 いや、それどころか逆に狩られてしまう。

 さらに、相手は群れで動いている様子。

 襲い掛かれば、餌食になるのは自分の方だ。

 今この場所にいた動物やモンスター達にとって、巨大な類人猿は獲物ではなく、脅威であったのだ。


 巨大な類人猿達はお互いに一定の距離を保ちながら、歩き回りつつ周囲に首を巡らせた。

 感知範囲はかなりのもののようで、周辺の生き物ほぼすべての位置を、正確に把握しているらしい。

 とりあえず、周辺の安全を確信したらしい。

 類人猿達は集まると、互いに背を向けて輪を作った。

 大きな体躯に見合う、相応に大きな輪である。

 その中央部分の空間が、再びぐにゃりと歪んだ。

 這い出してきたのは、光沢をもつ、黒曜石の塊のようなモノ。

 抽象化した人の形、のっぺりとした五体を持つナニか。

 その後ろを追うように現れたのは、美しい少女と、奇怪な物体である。

 真四角の箱に、甲殻類の様な節足を持つモノ。

 その上に腰を掛けているのが、美しい少女であった。

 短く切りそろえられた銀色の髪に、白い肌。

 緑色の瞳は、まるで宝石のように輝いている。


「周辺のモンスターは、皆逃げているようでございマスデス」


「危険がないのはよいことです。早く仕事が終われば、それだけ早くマスターの元へ戻れますから」


 少女、ウィーテヴィーデの言葉に、黒い塊、ソッティーは小さくうなずいて答えた。

 後ろ手に手を組み、歩きながらぐるりと周囲を見回す。

 ソッティーの感知範囲は、類人猿十体を合わせたそれよりも広い。

 どうやら、危険は感知できなかったらしい。

 ソッティーは満足げに頷くと、ウィーテヴィーデに向き直った。


「お一人で待たせておくと、転んで腰でも打ちかねません」


「それはいくら何でも、マスターが可哀想な気がしマスデスけど」


「あの方を甘く見てはいけません。良い方にも悪い方にも、こちらの予想を裏切ってくれる方です」


「はぁ。そうなのでございマスデス?」


「忘れたんですか、ウィーテヴィーデ。この拠点防衛特化型自動人形達は、危うくゴリリン・モンローと名付けられるところだったんですよ」


 ウィーテヴィーデと類人猿達は、さっと視線をそらせた。


「なんとかゴリリンだけで思いとどまってもらいましたが。それにしたところで随分な名前です。我が身のことでないとはいえ、背筋が凍ります」


「まぁ、その。特徴はとらえていマスデスし」


「悔しいのは、私もそれぐらいしか名前を思いつかないところです。ネーミングセンスの無さは、マスターに似てしまったのでしょう」


 悔しげに額に指をあてること、しばらく。

 ソッティーは切り替えるように、大きく首を振った。


「さあ、仕事を済ませますよ」


「はいっ!」


 ソッティーの言葉に、ウィーテヴィーデは張り切った様子で返事をする。

 ちなみに、その頃。

 壮志郎は戸棚の上に置いてあったタオルをとろうとして、盛大にスっころんでいた。

 もちろん、腰はシコタマ地面に叩きつけられている。

 幸い、ダンジョンマスターの身体であったので、時間経過で回復はしたのだが。

 結局ソッティー達が戻ってくるまで、その場から一歩も動くことができないでいたのであった。




 ダンジョン魔法の使用には、呪文などは必要ない。

 意志力と魔力を込め手をかざせば、結果が現れる。

 ソッティーが手を振るうと、即座に地面が反応。

 土がゆっくりと円形に窪んで行き、ぽっかりと穴が開いた。

 横幅は、5mは超えているだろう。

 かなり大きなものである。

 深さのほうは、20mはあるだろう。


「先に行きます」


 そういうと、ソッティーは手を後ろに組んだまま、穴の中に飛び込んだ。

 すぐに地面に衝突する、大きな音が、と思われたが。

 地面に着く直前、ソッティーの身体はふわりと宙に静止。

 ゆっくりと穴の一番奥へと降り立った。


「不思議なものです。魔法など初めて使うはずですが。これが自動人形の特性ということですか」


 衝突の衝撃をやわらげる種類の魔法。

 初めて使うはずなのだが、手足を動かすように自然に扱うことができた。

 いささか不思議な感覚ではあったが、ソッティーには何かしら腑に落ちるものがあったらしい。

 組んでいた手を、上へとかざす。

 穴が再び変化をはじめ、一部が大きく裂け始めた。

 地面が段々に変化していき、急ながら階段状になっていく。


「ウィーテヴィーデ、聞こえますか?」


「はい、聞こえマスデス!」


 肉声ではなく、意識に語り掛ける魔法でウィーテヴィーデに声をかける。

 問題なく発動したようで、すぐにウィーテヴィーデも同じ魔法で返答してきた。


「穴を塞ぎながら、下に降りてきてください。ああ、全部埋め立てないでください。15mほどだけで、後は残しておかないと、我々の居場所がなくなりますので。ゴリリン達も、きちんと下ろしてくださいね」


「すぐにとりかかりマスデス!」


 良い返事である。

 ソッティーはさっそく、自分の作業に取り掛かることにした。

 片手を壁面にかざし、歩く。

 すると、土が音もなく押されていき、円形のトンネルのように整備されていった。

 かざした手を時折左右に振ると、トンネルはかっちりとした四角形に変化していく。

 床、壁、天井も、綺麗な平面へと変わっていった。

 しばらく進んだところで、ソッティーは足を止める。

 それから、両手を柏手を打つ要領で打ち鳴らした。

 すると、ソッティーの目の前にあった壁が、大きくうごめき始める。

 その位置から波が広がるように、大きな空洞が形成されていったのだ。

 動きが終わると、ソッティーの目の前には大きな円形の「部屋」が出来上がっていた。


「ソッティー様。お待たせいたしました、こちらは終わりましてございマスデス」


 仕事を終えたらしいウィーテヴィーデが、小走りにやってきた。

 その後ろから、ゴリリン達もやってくる。


「お疲れ様です。一応、形だけは作りました。あとは、必要な形に加工ですかね」


 円形の部屋は、屋根までの高さが5mほど。

 広さは、直径20mぐらいだろうか。


「とりあえず、通路部分に発光苔を植え付けマスデス?」


「そうですね。マスターのことを考えるのであれば、必要でしょうか」


 既に穴を塞いでしまっているため、この場所は完全な暗闇である。

 ソッティーやウィーテヴィーデ、ゴリリン達とも、例え光が無くても周りのものを把握できるスキルをもっていた。

 ダンジョンを作る都合上、必要だろうということで取得してあったスキルによるものである。


「では、ウィーテヴィーデは廊下部分のダンジョン化と、予定してあった発光苔の植え付けを」


「すぐにとりかかりマスデス!」


「ゴリリン達は、ここで待機を」


 本来ゴリリン達はウィーテヴィーデの配下であり、ほかのものの指示は受け付けない。

 だが、特別なスキルを取得させることで、ソッティーや壮志郎の言うことも聞く様に調整されていた。

 もっとも、知能はさほど高くないので、細かいことなどは出来ないのだが。


「さて、私も作業を始めますか」


 そういうと、ソッティーは壁面近くまで歩いて行った。

 片手を壁面に、片手を地面の方へ向けて広げ、壁面に沿って歩き始める。

 その動きに合わせて、壁面と地面が、同時に変化していく。

 今しているのは、壁面と地面のテストパターン作りであった。

 ある程度の長さ毎に区切って、壁面と地面を変化させる。

 その中から、どれがダンジョンにふさわしいかを試す予定だ。

 一先ずは、一回りする分だけ。

 その中で最も良いものが決まったら、さらに別のものも試す。

 試す予定のパターンは、壁床共に50程度。

 さして時間はかからないだろう。

 とりあえず今回は、10パターンずつ試す予定である。

 早く終わらせて、戻りたい。

 作業は丁寧に行うソッティーだったが、内心ではわずかに焦っていた。

 どうにも嫌な予感がしていたのだ。

 それが的中していたことが分かるのは、ダンジョンマスター専用空間に戻って、すぐのことであった。




 部屋に戻ってきたら、死にそうな顔をしたおっさんが床を這いまわっていた。

 ウィーテヴィーデはビクッと体を跳ね上げる。

 ソッティーの方は、特にリアクションが無かった。


「日本だったら、一週間は引きずってたね。整形外科に行ってシップ貰ってるところだったよ。いやぁ、ダンジョンマスターになっててよかったなぁ」


 こんなことでダンジョンマスターになってよかったと本気で思える人間も、なかなかいないだろう。

 それがいいことかどうかはアレだが。


「で、ダンジョンの方はどんな感じ?」


「予定通り、地面と壁面のパターンテストを行っています」


 ソッティーが作ったあの部屋には、ウィーテヴィーデが新たに作った人間に近い形状の自動人形を、六台ほど置いてきていた。

 半数はひたすら歩き回っていて、半数はひたすら壁に体当たりし続けている。


「実際に試してもらうのが、一番確実だからね」


「水や砂などを撒くなどして、状況を変えつつ試していますので、時間はかかりますが。あと二時間ほどで、一度目のテストが終わります」


「早くない?」


「自動人形には休息が不要ですから。都合十時間もあれば、とりあえず適したものは選び出せるものかと」


「さらに改良、ってのは、ダンジョンが実働してからだね。実際の営業でどうなるか確認しないと、分からないところは多そうだし」


 開業前の予定というのは、意外と役に立たなかったりする。

 いくら色々準備して試行錯誤したところで、実際にやってみたら全く役に立ちませんでした、なんてことはよくあることだ。

 当然、入念に準備しておくことは、最低条件である。

 だが、本当に重要なのは開業後、どれだけ柔軟に状況に対応できるか、なのだ。


「臨機応変に対応できるようにしなきゃねぇ。ただ、調整するとき、ダンジョンにいる人達をどうやって外に出すのかが問題かしら」


 まさか、「改装しまーす」と言って回るわけにもいかないだろう。


「改装するとすれば、小部屋だけでしょうし。そのあたりは、扉を閉めてしまえばよろしいかと」


「大部屋の方も、快適にしたくない?」


「住み着かれても困りますので」


 さじ加減というのは難しいものである。


「ある程度居心地はよくしたいんだけどなぁ。居心地と言えば、ウィーテヴィーデちゃんの部屋、どうなってるの?」


 ウィーテヴィーデの部屋は、壮志郎の部屋とは別に作ることになった。

 ダンジョン魔法を使えば、案外簡単にできるらしい。

 壮志郎の部屋からドアを出たところに広がっている、どこにもつながっていない洞窟。

 その壁面から通路を伸ばして、奥まった部分に部屋を作るのだとか。


「今、作っているようです。今後、整備課の人員を増やしても問題ないよう、先んじていくつか部屋も作っておくとか」


 今のところ部屋が必要そうなのは、壮志郎とソッティー、ウィーテヴィーデだけではある。

 だが、今後はもっと増えていくだろうことは、予想できた。

 特にダンジョン内の建物など全般を扱うことになる整備課は、最も人員が必要な場所だろうと、壮志郎は考えている。


「帰ってきて早々お仕事しなくても、と言いたいところだけど。女の子だしね。プライベートは必要だわね」


「自動人形に性別はありません。精神構造も人間と異なりますので、そういったものは本来不要なのですが」


「いいじゃないの。ソッティーもお部屋作っちゃいなさいよ。一人の時間とか必要でしょ」


「今しがた言いましたように、自動人形にはそういったものは本来不要です。無駄な魔力を消費することになりますので、少なくとも今は作る必要はありません」


「まぁまぁ、じゃあ、あれだね。先々の予定ってことで」


「なるべく早くダンジョンを作り、軌道に乗せる必要もありますので。それまで、私は不休で宜しいかと」


「自動人形って社畜な生物なの?」


 壮志郎はどちらかというと、休めるなら休みたいタイプである。

 なんなら「はたらきたくない」まで行ける方だ。


「ですので、あと一日ほど頂ければ、ダンジョンの制作に移れます」


「そんなに急がなくてもいいんじゃないかなぁ、と思うんだけどね。ていうか、急いでもあんまし意味ないっていうか」


「と、言いますと?」


「ダンジョン内に配置するモンスターの選別。最寄りの人里に、どうやってダンジョンができたことを報せるか。色々考えることもやることもあるし」


 ダンジョン内に置く予定のリポップモンスターは、周辺の環境にある程度合わせて設定する予定だった。

 なので、周辺環境調査もしなければならない。


「調査はダンジョンが完成してからでもよろしいのでは。一度に手を広げるには、ダンジョン力がどうしても足りませんので」


「それなのよねぇ。周辺調査とかには、専門のモンスターを呼び出して担当してほしいところだし。情報課みたいなの作りたいのよねぇ」


「確かに。将来的には間違いなく必要な部門かと」


 客商売であるダンジョンでは、市場調査が必須である。

 マーケティング部門はマストなのだ。


「まぁ、そうねぇ。そんなに急がなくてもいいか。周辺調査のモンスター調査は、ダンジョンの建物が完成してからってことで。最寄りの人里に発見してもらうのは、さらにその後って方針で」


 そうなると、壮志郎には当面やることがない。

 どうしたもんかと考えながら、お茶をすする。

 お茶は回転ずしとかにある粉の奴で、いいやつを使っているのか、結構おいしい。


「ていうか、おじさんね。お風呂入ってからもう一つ思い出したことがあるのよ」


「どんなことでしょうか」


「おじさん、ずっと着替えしてないのよね」


 ダンジョンマスターになって結構立つのだが、ずっと着た切り雀であった。

 代謝などが特殊なのであんまり臭わないし汚くなりにくいらしいのだが、さすがにちょっと気になってくる。


「女の子もいるしさ。そういうのほら、気を付けないとね。ウィーテヴィーデちゃんも嫌だろうし」


「自動人形にそういった感覚は無いというのが基本ですが。マスターが気になさるようでしたら、お着替えになってもよろしいかと」


「そうねぇ。おじさんもずっと同じ格好ってピリッとしないし。なんか、タンスとかにあるかしら? スーツとか」


「ダンジョンコアで取り寄せることができたはずですが。確認してみます」


「あ、そうなんだ。え、ダンジョン力要るのそれ」


「確か無料だったはずですが」


 もうずいぶんと手慣れたもので、ソッティーはサクサクダンジョンコアを操作する。


「ありました。やはり無料のようですね」


「ホント? サイズとかは? まあ、アッチでもう把握してるか」


 神様とか天使様のやることである。

 その辺は抜かりないだろう。


「柄などはどのようなものがよろしいですか」


 こういうのがありますが、という感じで、ダンジョンコアの画面を見せたりはしない。

 どうせ見えないからである。


「んー。なんか、灰色っぽい感じの良さげなのがあったら、それでいいよ。スーツっておっさんが着てもある程度様になるようにできてるからね」


 おっさんが本気で何を着ていくか困ったら、スーツにしておけば間違いない。

 それがフォーマルな場所なら、それなりに見られる。

 例え潜入工作の類だったとしても「疲れたリーマン風」に歩いていれば、どんなところでも溶け込むことが可能。

 スーツとおっさんというのは、生卵と醤油レベルに親和性が高い。

 壮志郎の持論の一つだ。


「わかりました。取り寄せます」


「あ、待って。スーツって、出てくるとき、光るの?」


「おそらく、そうなるかと」


「じゃあ、おじさん目瞑ってるから。終わったら教えて」


 壮志郎はぎゅっと目を閉じ、顔を伏せた。

 おっさんが居眠りしているように見える。

 あるいはこれが美少女とかであれば、かわいらしい仕草に見えたかもしれない。

 ソッティーは世の無常、儚さ、切なさなどに思いを馳せながら、ダンジョンコアを操作する。


「出ました」


「へぇー。イイ感じじゃない」


 出てきたスーツは、中々良さそうな品に見えた。

 ベルトとネクタイに、靴下と靴までセットになっている。


「あ、履き替え用の靴下もついてるじゃない。五本指靴下だし。ありがたいわぁー、これいいすっごくいいのよ、蒸れなくて」


 ホントかどうかは分からないが、水虫の時にいいという人もいる。

 幸いにして壮志郎は水虫になったことはないのだが、快適なので愛用していた。


「早速着替えてこようかな。トイレで」


「なぜそんなところで」


「ほら。ウィーテヴィーデちゃんが入ってきたら、可哀想じゃない」


 おっさんの着替えを見せられるというのは、かなりの精神的苦痛だろう。

 同じおっさんである壮志郎でも、眺めていたいものではない。


「自動人形にそういった気遣いは不要です。私達はマスターにお仕えするように作られたモノですので」


 ソッティーは意外と、その辺の矜持的なものを大事にしているらしい。

 自動人形としての誇りとかなのだろうか。

 意見が分かれるところだろうが、壮志郎は誇りがあるのはいいことだと思っている。


「おじさん的にも、見られながら着替えるのアレだしね。じゃあ、サクッと着替えてくるよ」


 おっさんが着替えたり、飯を食べたり、風呂にはいったり。

 暇を持て余してボードゲームをやったり、ダンジョンの従業員三人でボドゲ大会をやったり。

 その罰ゲームで、ウィーテヴィーデが「可愛いダンスを踊る」というのを引き、地味な精神的ダメージを受けたり。

 同じく壮志郎が罰ゲームで「ミカンジュースの搾りカスのモノマネ」を披露したり。

 そんなことをしているうちに、ダンジョンの壁面と床パターンの試験が終わった。

 時間にして、大体丸一日ぐらいである。

 その間、ソッティーとウィーテヴィーデはダンジョン予定地とダンジョンマスター専用空間を何度か行き来しているのだが、特に問題はなさそうだった。

 通勤が安全に行えるのは、いいことである。


「壁と、床パターンの選定が終わりました」


「ごくろうさまー。イイ感じになった?」


「特に問題ないかと思います。直接ご覧になりますか?」


「おじさん、行っていいの?」


 ダンジョンマスターであるおっさんは、ダンジョンにとって心臓部そのものである。

 本来なら、ダンジョンマスター専用空間に引きこもっているのが、一番安全だ。

 何しろこの場所は、世界から切り離された、完全な隔離空間である。


「絶対に安全とは言い切れませんが、地下の閉鎖空間ですので。襲われたりする心配はないものかと。ダンジョンコアの安全装置もありますし」


 ダンジョンマスターが「現世」に行く場合、安全装置の様なモノがかけられる。

 危険な目にあったりすると、ダンジョンマスター専用空間に強制転移されるのだ。


「色々な制約もありますので一概には言えませんが、今回のケースでは問題ないものかと」


「そうね。それじゃあ、行ってみようかな」


 正直、こうして提案してもらったのはありがたかった。

 壮志郎自身、やはり自分の目で確かめたいと思っていたからだ。

 全部を全部部下任せ、というのは、やはり少々気にかかる。

 スキルによって壮志郎の気性を把握してくれているソッティーが、そのあたり気を回してくれたのだろう。


「わかりました。いつ頃向かわれますか?」


「すぐ行けるなら、行っちゃおうか。あ、ウィーテヴィーデちゃんにも来てほしいし、行ける時間合わせた方がいいか」


「自動人形にお気遣いは無用です。マスターのご予定に合わせます」


「ソッティーって意外と体育会系だよねぇ。まあ、とりあえず聞いてみてよ。おじさんスーツに着替えてくるから」


「わかりました。そう、ついでなのですが、現地に行かれるようでしたら、発光苔の確認も致しますか?」


「ああ、照明の色合いか。イイね、それもやっちゃおう。忙しいだろうけど、よろしくねー」


 壮志郎はトイレに飛び込むと、急いで着替え始めた。

 滅多に仕事などに遅れることがない壮志郎だが、長く生きていれば早着替えのスキルも身に付くものである。

 ただ、一つ誤算があった。


「あああああああ!!! 肘っ! ヒジ打ったっ! そこからのオデコ!! せっまっ! 思ったよりも狭いわこれっ!」


 トイレが思ったよりも狭かったのである。

 というより、思ったよりも体が動いていた、とでもいえばいいのだろうか。

 普段から運動をしていないおっさんというのは、自分の体の可動域を把握しきれていない。

 自分の体を、自分が思った通りに動かす能力なども、著しく低下している。

 よって、狭い場所で着替えようなどとすると、めちゃくちゃ体をぶつけまくってしまうのだ。

 おっさんは狭い場所で着替えるだけで、ボロボロになってしまう種族である。

 壮志郎の持論の一つだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 惜しい! いっそTS若返りで美少女にしたら見た目、匂い、記憶力、頭の回転、身体能力と全て改善していたのに しかしネーミングセンスが・・・ 中学二年生くらいにしておけばあるいは・・・
[良い点]   「あの方を甘く見てはいけません。良い方にも悪い方にも、こちらの予想を裏切ってくれる方です」  慎重で、幅広い対応がとれる選択を好む。 これは主人公の美点ですね。 できないことがある…
[良い点] 更新乙い [一言] おっさんのネーミングセンスは、変に凝ろうとするのが悲惨さを助長しているに一票。 地味目の日本人名を無難につけていけば、実に無難に乗り切れるのかもしれない。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ