平凡魔騎士の英雄記
――兜越しに聞こえてくるのは、獣のような勇ましく殺意が篭った敵の雄叫びと、苦痛の悲鳴。
「オオォォォ! クタバレ人間ドモガアァァアア!」
「我々ノ力ヲ見セツケロー!」
「根絶ヤシニシテヤレェェェエエ!?」
……滑舌が悪い上に、あまり聞いていて気持ちいいものじゃないな。
「シネェェーー!!」
背後から殺意が込められた声が聞こえたボクは、振り返り際に振りかざす敵のナイフを体を逸らして避け、この手に持つ白銀の大剣で敵を横に真っ二つに斬り裂く。
「……新手が来たみたいだね」
遠方に視線を向けると、兜のレンズ越しに敵の増員部隊がこちらに近づいてくるのが見えた。
ボクはまだ遠い場所にいる敵の増員部隊に目掛けて手をかざし、特殊強化鎧に備え付けられた「魔法強化機能」によって威力が上昇した〈火球〉を撃ち放つ。
肉眼で見えない距離まで飛んで行くと、しばらくして遠方から大きな爆発と土煙が舞い上がった。
「ひとまずこれで少しは安心かな。通信機オン――『みんな敵の増援は阻止した。現状報告を』」
『こちらアンナ、右翼からの敵は順調に排除中。問題無しよ』
『こちらチャック。空中戦力はたった今全滅させました。これから右翼の援護に向かいます』
二人の方は順調のようだね。
「『左翼を任せたクスベルの方は?』」
『こちらも滞りなく進んでいる。人狼族の他に巨人族も攻めて来ていたけれど、無事に壊滅させた』
あー……やっぱり人狼やハーピー以外からも攻めて来ていたか……。
「『了解。ナット、森林からの襲撃はあったか?』」
『ああ、アサシンや猿人が進軍して来ていたが、だいぶ前に全滅させたぜ』
「ナットの直感通りだった訳だ。『分かった。ナットは引き続き森林側の監視及び迎撃を頼むよ』」
『了解』
仲間達との通信を切ったボクは再び接近し始めてきている敵に大剣を構える。
血と鉄と焦げ臭いにおいが混ざった生暖かい風が鎧の隙間を抜けて肌に感じる。
「ハァ……あとどれくらい倒したらいいんだろう……」
どうしてかこの戦争の最前線に出されたボクは、独りそう口にする。
開発したばかりの特殊強化鎧の実装実験として、誰でもいいからと選ばれたのが、本当にたまたま、その時本部に残っていたボク。
そんな理由で最前線に送り込まれるなんて、ブラックもいいところだと思うよ、ホント。
既に過ぎた過去の事を考えつつ、力一杯踏み込んだボクは、鎧の「身体強化機能」で一気に敵との距離を詰めた。
「――〈加速〉!」
鎧の機能で、体が疲労しないちょっとの魔力で発動した魔法を大剣にのせて、敵六人の首を一気に斬り飛ばす。
大剣を振り抜いた姿勢から体制を整える頃には敵部隊に取り囲まれていた。
敵のど真ん中に自分から突っ込んだんだから当たり前か。
「大人しく引き上げてくれないかな。ボクも無駄な争いはしたくないんだ」
「ハッ! 人間ナド、我ラ獣人族ニ殺サレテ当然ノ劣等ナ生キ物。黙ッテナブリ殺サレレバイイノダッ!」
そう目の前の獣耳を生やした人狼が嘲笑う。
「そっか……。悪いけど、ボク達だって黙ってやられるつもりは無いっ」
気付けば数えることも出来ないほどの数の敵に囲まれていた。
「――いくぞっ!!」
ボクは生き残る為に、仲間の為に、目の前に広がる無数の敵に向けて、この白銀の大剣を振るう。
――――◇ ◇ ◇ ◇ ◇――――
「んっ、朝刊が出てるな。この時間帯には珍しいね」
あの戦争が終わってから、早いもので四年と九ヶ月が経つ。
戦争の最前線にいたボクは現在、中世時代の古風な雰囲気のある街中の巡回任務の合間に寄った喫茶店でコーヒーを注文しながら、今日の朝刊を広げて記事を読んでいく。
ボクの名前はユウト。ユウト・カミカワ。
家名はあるけど別に貴族と言うわけではない。
ボクの仕事は、この国の魔法が使える騎士「魔騎士」として街の平和を守る事だ。
……なんて言っても、下っ端の下っ端である一兵のボクは安全な街中の巡回くらいしか仕事が無いんだけどね。
「もうすぐ寒い冬の時期か……。この"異世界"でも雪って降るのかねぇ……」
あ、後ついでに説明するとしたら――ボクは「異世界転移者」と言うものだ、多分。
高校も卒業したボクは、就職して社会人の仲間入り寸前だったのだけれど、ある日前触れもなく転移させられたみたいで、気付いたらこの世界の街中に放り出されていた。
唯一の救いは、ボクの事を心配してくれる家族が既に事故で亡くなっているという事かな。
「テンプレートなチート能力も無く異世界に連れてこられて……。運良く親切な魔騎士さんに保護されてこの仕事に就かせてもらったけど、よくよく考えたら危ない状況だったからなぁ」
あの時の魔騎士さんには本当に感謝しなきゃね。
「はい、コーヒーおまたせ。いつも来てくれてありがとうね、ユウトくん」
「こちらこそ、いつも美味しいコーヒーをありがとうございます。いただきます」
カウンターからコーヒーを渡してくる顔馴染みの店員のおばちゃん。
いつも休憩時間にここのコーヒーを飲むのがボクの日課なんだよね。
最新のニュースを読みながら湯気が立つ熱々のコーヒーを喉に流して行く。
――カラカラーンっ。
このお店にお客さんが入店した合図の鈴の音が聞こえてくる。
まあ、昼時のこの時間帯は人が多いからね。
「さてさて、他にニュースはっと……」
「――久しぶりね。ユウト」
「――んっ?」
誰がボクを呼んだのだろうと振り替えてみると、そこにはボクのよく知っている昔の仲間がいた。
「あっ! アンナじゃないか、久しぶりだね」
「貴方も変わり無さそうね。隣いいかしら?」
赤毛ロングのナイススタイルをしたこの女性はアンナ。昔ボクと一緒にあの戦争で戦った戦友というやつだ。
「もちろん良いよ」
「ありがとう、失礼するわね」
「休日ならともかく、魔騎士の制服姿で来るなんて珍しいね」
「ええ、ちょうどユウトを探していたのよ」
カウンター越しにボクと同じコーヒーを注文した後のアンナの言葉が気になった。
「ボクを? 何か用事かい?」
「そうなのよ。実は……ユウトにお願いがあって来たの」
「お願いって……?」
普段は明るい性格のアンナが珍しく、顔を曇らせている。
どうかしたのかな?
「あの戦争後、元の業務に戻ったユウト以外の私たち先鋭組の四人が今も戦場の前線を任せられているのは知っているでしょ?」
「うん……」
あの戦争で最前線を任せられていたボク達……。まあ、ボクに関してはあの特殊強化鎧があったからなんだけど。
特殊強化鎧が無ければ平凡な能力しかないボクはお役御免と戦場から外された訳だけど、一緒に戦った彼女たち――「アンナ」「チャック」「クスベル」「ナット」は、持って生まれた優れた才能であの戦争で活躍した。
チャック――眼鏡を掛けた小柄な見た目と裏腹に、彼の優れた魔法操作能力による遠距離射撃魔法は戦場のスナイパーとして華々しい活躍を見せた。
クスベル――銀色のロン毛が印象深い彼の、超範囲攻撃魔法は戦場の頼もしい戦力として数えられた。
ナット――普通の男性よりも鍛え抜かれた肉体を更に超強化魔法で上乗せされた彼の力は、どんなに強度な敵の防御をも崩した。
そして彼女、アンナ――基礎魔法である〈変身魔法〉の可能性と才能を開花させた彼女は、様々な生物の能力を活かすことができる〈混同変身魔法〉をオリジナルで生み出し、戦場の怪物として畏怖された。
「今、私達を仕切っているのはギルズ隊長って人なんだけど……」
「ギルズ……ああ〜、確か本部の結構上の立場にいる人だよね。特殊強化鎧も無事に実戦使用可能と判断されて、多分その人が適任者だと判断されたんだろうね。その人がどうかした?」
アンナが深いため息と一緒に口を開く。
「そのギルズ隊長の指示が非常に無茶振りばかりのもので……正直、私達みんなもう限界なのよ」
もう一度ため息を着くアンナの顔は確かにやつれていた。
「……それで、その人の愚痴話とボクへのお願いの繋がりって、一体……」
「だから――ユウトに、私達の隊長として戻ってきて欲しいのよ」
疲れ切った様な瞳がボクを写してそう話す。
――でも……。
「何か認められる才能が有ったり、戦果を出したならともかく、平凡な一兵に過ぎないボクに、前線に出る出ないを決めることは出来ない。上の指示に従うしか無いんだよ……」
「っでも!? ――いいえ、確かにその通りね……」
期待していた望みが消えた……そんな顔をさせてしまった。
「ごめん。元隊長として、何か手助けになれればよかったんだけど」
「いいえ、突然無茶苦茶な事をお願いしてごめんなさい……。私はもう持ち場に戻らないといけないから」
「まだコーヒーも届いてないのに、もう帰るのかい?」
「代わりにユウトが飲んでちょうだい、じゃあね」
お代をテーブルに置いていくと、アンナはそのまま店を出て行ってしまった。
ふと視線を落とした記事に、この国の防壁の外で今もなお亜人達からの襲撃を防いでいるという記事が載っている。
「漫画みたいに、異種族関係無く仲良く出来ないのかな……」
この世界では、人間と亜人は完全に敵対している。
ボク達魔騎士は、亜人達の侵略を防ぐ為に、日々命を掛けて戦っている。
いや、戦っていた……か。
前線から外されたボクには直接関係の無い話、なんだよね。
「……ボクに出来ることなんて……ねぇ」
「はい、おまちどう……あれ? さっきのお嬢ちゃんは帰ったのかい? じゃあ捨てるのも勿体無いし、ユウトくんにあげるよ」
「えっ、あ……どうも……」
目の前に並べられた二つの容器を見て、ボクは思わず顔を歪めて笑ってしまった。
「二杯も飲めるかな……」
――――◇ ◇ ◇ ◇ ◇――――
その日の夜、いつもの様に業務を終えたボクは寮の部屋で日課の本を読む。
最近夜が冷えてきて中々寝付けないので、読書が進むすすむ。
「――さて、そろそろ寝るか。うん? 何かが窓の外に……」
電気を消してベッドに入ろうと思ったら、窓をカンカンと誰かが叩く音がした。
窓を開けると、一羽の「フクロウ」が部屋の中に入ってきた。
フクロウが机の上に降りると、その体を光らせて次第に形を変えていく。
「これは、伝達用の使い魔か」
変化し終えたフクロウは一枚の手紙になった。
「これはアンナの字……っ?!」
その手紙には短く一言だけが書かれていた。
その内容を理解すると同時に、外から大きな爆発音と、それに遅れて強い振動がこの寮まで届き建物が大きく揺れる。
「――ゆ、揺れが治った。防壁の外で……アンナ達に何かあったのか?」
ボクは制服に袖を通し、現場に近いと思われる騒ぎが大きい街中を目指して寮を飛び出す。
「手紙に書いてあった『助けて』って……何があったんだよ、アンナっ!」
今も続く振動と騒音の中、通りに溢れかえるパニックになっている人達による人垣をかき分けて、ボクは防壁の下へと向かって走り抜ける。
――――◇ ◇ ◇ ◇ ◇――――
「ハァ……! ハァ……! ――外側の防壁は、ボロボロか……。前線の魔騎士達は一体何処に――」
肩で息をしながら、ボクは持ってきた望遠鏡で辺りを見渡してみんなを探す……すると。
「――っあ!? 特殊強化鎧がっ! 多分着ているのはギルズ隊長か、ならその近くにアンナ達が……居たっ」
距離からして一〇〇メートルも離れていない場所、ちょうど防壁と敵部隊の間の位置にアンナやチャック、クスベルにナットを発見した。
しかし、様子がおかしい……。
「何か、ギルズ隊長と揉めている……? それに、防壁の周りに亜人達が取り囲んでいると言うのに何であんな一箇所に固まっているんだ……? ――よしっ〈風耳〉」
風に乗って遠くの話し声を聞く魔法を発動する。
本来あまり遠くの声は聞こえないけど、辺り一面から爆発による爆風が向かい風としてボクの方に向いている今、アンナ達の声もここまで聞こえてくるだろう。
『いい加減にしろよっ!? こんな作戦に何の意味があんだよ!』
『ナット! 今はギルズ隊長と揉めている場合じゃないわ。オーガの群れが直ぐそこまで来ているのよ!』
『アンナ、私もナットの意見に賛成だ……。特殊強化鎧を着ているはずの隊長を守る陣形を保って、防壁の守備もしないなんてどうかしている』
『クスベル、貴様もナットと同じく私の命令を聞けんのかっ!?』
……あのままじゃマズイかもしれない。
ここまで来るのに強化魔法を使って走って来てだいぶ魔力を消費しているけど、仕方がない。
ボクはもう一度強化魔法を体に掛けてボコボコになった地面を走っていく。
「ハァ、ハァ! 鈍った体には、キツい……!」
――――◇ ◇ ◇ ◇ ◇――――
「――もう容赦できんっ! 命令無視の反逆罪として、ナット、貴様を死刑にするっ!!」
「なっ?!」
ギルズ隊長はその手に持つ白銀の大剣を掲げると、ナットを拘束魔法で動きを封じる。
「隊長、正気かっ!?」
「やめて下さい、ギルズ隊長!」
「黙れっ!! 私はこんな所で死ぬ訳にはいかないんだ! 絶対に生きて"元の世界"に――」
「――あっ。〈強制睡眠〉」
いつギルズ隊長が大剣を振り抜くかと、鬼気迫る状況の中、終始状況を見守っていたチャックがギルズ隊長目掛けて手をかざすと、睡眠魔法を隊長に掛ける。
次の瞬間、ナットの拘束が解けるとギルズ隊長はそのまま地面へと倒れた。
「ちゃ、チャック……! ギルズ隊長を止める為とはいえ、隊長無しでこの後どうするつもりよっ!?」
既に限界でパニック寸前なのかアンナが慌てふためき始める。
「大丈夫ですよ、みんな。僕達の隊長は、ここに戻って来てくれたみたいですよ」
そう言うとチャックは、まだ少し離れた場所にいるボクの方を指刺してみんなの視線をこっちに示す。
「ハァ……ハァ……。や、やぁ……久し……ぶり。みんな」
格好を付けれないほど息を上げているボクを、みんなが見てくる。
クスベルは腰に手を当て溜息を吐きながら。
ナットはニヒヒッと嬉しそうに笑って。
チャックは無言で微笑んで眼鏡を掛け直し。
そしてアンナはポロポロと涙を流してボクに近づいてくる。
「アンナ……」
辛い思いをしたみたいだからね。
ここはそっと抱きしめて……。
――バチイィィンンっ。
そう思っていたら……首が折れるんじゃないかというくらいの力強い衝撃がボクの頬を襲い、次の瞬間にはボクの体は後方へと叩き飛ばされていた。
「――痛ったっ!? えっ……あ、アンナさん……?」
「――っそい」
「えっ? えっと……ごめん、聞き取れなくて……わ、ワンモアプリーズ?」
少し状況を整理しようと少しふざけてみる。
するとアンナが倒れたボクに近づいてくると、もう一度手を振りかぶり、さっきと反対側にビンタを放つ。
「ブホッ?! 痛っ!!」
「おっそいのよっ!? どれだけ私達が待っていたと思っているのよ、このバカ野郎!!」
そう言って制服の襟を掴むとブンブンとボクを揺らし続ける。
叩かれて揺さぶられて、もうボロボロ何だけど、ボク……。
「ターイチョウ、ギルズの野郎が戦闘不能になっちまって困ってるんだ。代わりに指揮ってくれないか?」
「ナット……ボクはもう隊長じゃあ……」
「何を言っているんだ。私達の事を心配してここまで来てくれたんじゃないか」
「それに、やはり私達の隊長は"隊長"ではないと」
「クスベル、チャックまで……。アンナ?」
そう話している間に、アンナはギルズ隊長の下へと向かう。
ああ、とりあえず介抱だけでもするんだね。
「この鎧使うんだからどいてよね。邪魔」
――かと思ったが、無理矢理ギルズ隊長から鎧を引き剥がしていく。
「ええ……」
乱暴に全て脱がすと、変身魔法で強化した腕力でギルズ隊長を防壁の方へと投げ飛ばした。
咄嗟の事に反応できなかったボクの代わりに、チャックが防御魔法をギルズ隊長の方向に飛ばしていた。
墜落する前に魔法が間に合うと良いんだけど……。
「ほら、貴方の特殊強化鎧よ」
そう言って特殊強化鎧の兜をボクへと渡してきた。
……しょうがないな、まったく。
「……分かったよ。とりあえず、今回だけだからね」
これから昔みたいに敵である亜人の大群と命をかけた戦いをしないといけないというのに、自分でもどうしてか……自然と笑みが溢れていた。
みんなと一緒にいれるのが嬉しいのかな、ボクは。
特殊強化鎧を起動させた頃にはみんなも既に準備が出来ていた。
チャックは遠距離砲撃魔法陣を発動させて。
クスベルは幾つもの爆炎系、衝撃系、斬撃系の魔法陣を周囲に展開させて。
ナットは超強化魔法を何重にも掛けて準備運動を。
そしてアンナは神話に出てくる様な複合生物へと変身している。
「じゃあ隊長……指示を」
「もちろん、昔と同じ様に……みんなは好きに動いて敵を追い払って。後はボクが何とかするからっ!」
「「「「了解!」」」」
その返事を最後にみんなは一斉に飛び出し、防壁を取り囲む敵達に向かっていく。
「固まって戦うより、各々がバラバラに戦った方がみんなの力を発揮できる。それをボクがサポートするのがいつものやり方だったな。――あ、雪……」
空を見上げると、ふわふわと雪が降ってきた。
「これが戦場じゃなくて、彼女とデートとかだったらな……。さて、魔法強化機能を起動! 〈索敵〉」
兜のレンズに敵部隊の全貌が一覧にされる。
「おお、おお、凄い勢いで敵の数が減っていってるよ、アンナ達が早速暴れてる証拠だな。けど、それでも中々減らないし、結構多いな……昔程じゃあ無いみたいだけど。これには確かにギルズ隊長もビビるよね……」
あの時、ギルズ隊長が言っていた「元の世界」という言葉。
「もしかすると、ギルズ隊長も"僕"と同じ……。いや、今気にする事では無いか。じゃ、ボクも動くとするか」
この特殊強化鎧の機能で軽々と持ち上げられる白銀の大剣を肩に担ぎ、まず最初にクスベル側に固まっている奥の敵に目指して走り出す。
「〈加速〉。そしてこの勢いのまま――〈飛翔〉!」
魔法によって浮遊したボクの体は、助走による猛スピードに乗って上昇していき、雪降る空の中を突き抜けて敵部隊の上空を取る。
位置取りは完了した。
ボクは魔法を解除し、重力による高速の降下の勢いに乗って、敵部隊のど真ん中に向けて大剣をかざす。
――ドッゴザザザァァァン!!
落下による衝撃波と土煙が周りを覆っていて肉眼では見えないけど、〈索敵〉と兜のレンズのおかげで問題なしっと。
「隙アリッ!」
「おっと」
土煙に紛れてアサシン達が襲ってきたけど僕には丸わかりだ。
敵の忍者刀みたいな剣を受太刀し、強化した筋力で殴り飛ばす。
「「死ネェェ!」」
「っ――〈魔法矢〉」
続けて背後から二人襲ってくるのを数多の〈魔法矢〉で蜂の巣にする。
一本分の魔力で一〇〇本も発動してくれるんだから、特殊強化鎧さまさまだね。
土煙が晴れると、突然現れたボクとやられた仲間達の姿に動揺して、周りの敵は慌てている。
「悪いけど……ボクの仲間達を傷付けるなら容赦はしないよ――」
この力はボクの実力では無い。
平凡無力な一人の魔騎士でしかない僕だけど……。
「ボクが仲間達を、守ってみせるっ!!」
――――◇ ◇ ◇ ◇ ◇――――
あの後、懲戒免職となってまさしく戦場と離れる事になってから早"五〇年"が過ぎた。
あれから戦争がどうやって終戦したのかは分からないけど、防壁が取り壊されてこうして"ワシ"が自由気ままに街の外を散歩出来る様になったという事は……つまりは平和になったという事かねぇ。
「近頃冷えてきたなぁ。さてさて、久しぶりに今度、アンナ達と集まって昔話でもしようかねぇ……」
おや?
向かいの道から馬車が向かってくるねぇ。
馬車に跳ねられるのも御免だからねぇ、端に避けてっと……。
「寒い……お兄様、この国にはどの様な目的で?」
「ああ、今度お父様がこの国で取引をされる予定みたいだから、その交渉願いが書かれた手紙を届けにいくんだよ。それと、風邪をひくといけないからオレのコートを羽織れ」
「ありがとうございます、お兄様」
「ふむ、美味い物がある国だと良いがな、主人よ」
おやおや……随分な内容を大声で話して……。
仲の良い兄妹みたいだねぇ。
馬車が遠ざかって行き、周りに静けさが戻ってくる。
ふと肌寒さが強くなったのを感じ、視線を上げてみると、空からふわふわとあの時と同じ様な雪が降ってきた。
「雪かぁ……。さて、そろそろ戻って、いつもの暖かいコーヒーを頂こうとするかねぇ」