六話
御機嫌よう。今、俺は城にいます。
お城、街に入った時から見えていてなんとなく大きいなとは思っていたがこれほどとは…。俺が今までイメージしてたのは某遊園地にあるお城だが比べ物にならないほど広い。そりゃあ遊園地なんて本当は広くないし、錯覚として大きく見せてるだけとは知っているが迫力が段違いだ。
うちの屋敷も広いと思っていたがこの城と比べれば天と地、月とスッポンだ。確かに男爵家は貴族としてはそこまでの地位にないと言うことを身を以て自覚した。
うぅ、今更ながら緊張してきた。馬車の揺れで腰が痛いのも影響して体が強張る。うまく歩けない。この城の兵士の一人にお茶会の会場まで案内してもらったが、歩くことで精一杯で他は何も目に入ってこなかった。
やっと会場まで辿り着いたが何をしていいかわからない。皆んな何か他のものに熱中しているようで声を掛けられそうにもなく、テーブルには美味しそうなお菓子が並べられているが緊張で喉を通りそうにもない。
そして仕方ないので端っこで大人しくしていようとした瞬間、足がもつれて転んでしまった。恥ずかしい。多分誰も自分が転んだことなんか気付いてもいないだろう。でも、今まで自分は美少女になったと調子に乗っていただけに見向きもされないことがなお恥ずかしかった。泣いてしまいそうだ。
「大丈夫ですか。」
透き通るような綺麗な声が響き、目の前に手が差し伸べられる。
黒くて長い髪、紫の瞳、濃紺のドレス、目の前にいた彼女は自分と同じくらいの歳に見えたが、ずっと大人びていて綺麗だった。
「あ、ありがとうございます…」
彼女の手を取り、立ち上がる。すると彼女は「やっぱり、フリージアのようにお可愛らしい。最初は氷のようにカチコチで心配致しましたが、溶けて春になれば美しく咲き誇る。」といたずらっぽく笑った。
なんと言うかキザである。面はゆい。でも、なんだか不思議と落ち着いて、緊張がだんだん溶けてきた。
「私がフリージアならあなたは太陽ね。だって私の氷を溶かしたんだもの。」
「私が太陽なんておこがましいわ。あなたの半分ほどの可愛さもないし。でもそうね、あなたをフリージアとするのなら私はアヤメ、そう名乗らせていただくわ。」
植物のことはわからないが、アヤメという響きは彼女にとても合っていて、自然と二人で笑い合っていた。これが彼女、アヤメの君との出会いだった。