プロローグ
才能というモノがすべてむしり取られたような無能、それが僕、《神崎亮太》という人間だ。
そのせいで、学歴も、職歴も、金も、すべてが悲惨な結果。
そんな僕はさらに不幸なことに、治療不可能な未知の病気に感染していた。
「病の進行が早すぎます。今生きている方が不思議なくらいですよ」
そんな話が偶然耳に入った。
普通なら嫌なのかもしれないが、僕は何故か幸福感さえある。
それはこんな人生を終われるからなのか、このチューブで繋がれたモルモットから逃げ出せるからなのかはわからない。
でも、早くその時を来るのを待っていた。
それにしても、今日はすごく眠たい。
そう、思いながら目を閉じた。
「バイタル低下! 危険値です!!」
そんな騒がしい声を聞きながら、意識が落ちていく。
これが死ぬということなんだろうか。
思ってたより、平穏じゃないか。
「目を覚ませ、愚図が」
強い痛みと、怒号で目を覚ました。
目の前にはいやしい顔をした小柄な男がいる。僕の殴ったのは彼らしい。
先ほどまで病室にいた気がするのだが、今は両手足に、かせをつけられ、ボロ衣を来ている。
周りには動物と人のハーフと言うべきか、奇妙な姿をした人間が、同じような姿で繋がれていた。
「あまり殴らないでもらいたい。そいつは既にうちのモノだ」
小柄な男の後ろから、高貴な衣服をまとった男が現れる。
「申し訳ございません……。アルフレッド卿」
アルフレッド卿と呼ばれた男の威圧で、小さい体がさらに小さく縮こまる。
「これから先は、殺すも犯すも、苦痛の表情を楽しむのも、アルフレッド卿のご自由ですので。では……」
そう言いながらそそくさと、小柄な男はどこかへ消えていった。
男の発言を聞いて、アルフレッド卿は眉間にしわを寄せる。
優しく牢屋のような場所から僕を出すと、馬車に乗せた。
その時にはなんとなく現状を把握していた。
自分は奴隷になってしまい、新しい主人はこの人なんだと。
馬車は大きな屋敷の前で止まる。
これを見る限り、大層な大金持ちなのだろう。
そう思っていると、屋敷から小さな少女がかけだしてくる。
アルフレッド卿は、馬車から飛ぶように降り、少女を抱きしめた。
少女はアルフレッド卿の頬にキスをすると、僕を見つめる。
ああ、奴隷を見るのが初めてなのだろうか。
いや、何かが違う。
少女はアルフレッド卿から離れ、僕の方へ近づいてくる。
「初めまして、リョータ! 姿も固有スキルも、夢に見た通り! こんな素敵なことってあるかしら!」
僕は困りながら、少女を見つめる。
僕のことを彼女はリョータと呼んだ。
何故、僕のことを知っている?
いや、そんなことより固有スキルってなんだ?
「あなた、異世界から来たのでしょう? ようこそ、《ヴァールベル》へ!」
◇◆◇◆◇◆◇
「あなたがあの奴隷商で、目覚めるというのはずーっと前から知ってたの」
僕は屋敷の風呂に入り、整った衣服を着せられた後、少女の話を聞いていた。
「それも、私の固有スキルのおかげ! 固有スキルっていうのは神託を受けた人間だけが使える特殊能力みたいなモノね!」
神託? 神のお告げみたいなモノは一度も聞いた覚えがない。
それにしても、この異世界転生という異常事態をすでに納得している自分が少し怖い。
最近、アニメでよくやっていたせいか、脳が慣れているのだろうか。
「リョータ! 話聞いてるの?」
「えっと、聞いてますよ。ジュリエッタお嬢様」
「絶対聞いてなかったわ! でも、お嬢様って言ったから許してあげる」
無邪気な笑顔でこちらを見つめてくる。
そんな純粋な笑顔を僕は何年していないのだろうか。
「私の固有スキルは《夢想観測―スペクテイター―》夢によって、未来を見る。でも、文字通りただの観測者であって、運命は変えられない」
「運命を変えられないなら、どうしてわざわざ僕を屋敷に呼んだのですか」
「話は最後まで聞きなさい! 運命は変えられない。でも、転生者は別よ。いわばこの世界のルールから外れた存在なの。だから、運命が未確定。世界の運命をねじ曲げることだってできる」
世界の運命、えらく話が壮大になってきた。
あっちで無能の僕が世界を救うなんて、荷が重すぎる。
「しかも、リョータはただの転生者じゃないの。すでに神託を受けてるのよ。流石にそちらの世界まで観測はできないから、どうしてなのかは謎だけどね」
「僕はあっちの世界でも、神託を受けたことないと思いますよ。だって、向こうの世界でそんな特殊能力使えなかったですし」
「そりゃそうよ。あなたのスキルは奴隷じゃないと使えないもの」
奴隷じゃないと使えないスキルってなんだ?
疲労が一瞬で回復できて馬車馬のように働ける……みたいな。
なんか、嫌な考えが脳内を駆け回る。
「そんなに不安にならなくても平気よ。あなたの固有スキルは《隷属共鳴―エンパス―》よ」
エンパス……。高い共感能力を持つみたいな意味だったような。
共感能力なんて、あっちでは体感しなかったし、他の意味があるのだろうか。
「簡単に言うと、自分の仕える人間、そう、ご主人様の能力がまるっきり同じように使えるということよ」
なるほど、それならあっちで使えなかった理由が分かる。
まともな職に就いたことがなかった俺は、上司や仕える人間がいなかった。
僕の能力が低いのも納得だ。重要なのは本人のステータスではなく、主人のステータス。
しかし、今、自分のご主人様が誰かが問題だ。
相手が強くなけば、強くならないし、賢くなければ、賢くならない。
それでは意味が全くない。
「僕のご主人様っていうのは、どなたなんですか?」
「良いところに注目するわね!」
ふふんと上機嫌にこちらを見つめる。
さては……。何か嫌な予感がする。
「我が国最強の騎士、アルフレッド卿よ!」
予感は大きく外れた。
先ほど、奴隷商からこの屋敷に連れてきてくれたアルフレッド卿が僕の主人……。
ジュリエッタお嬢様の高らかな宣言と共に、アルフレッド卿が顔出す。
少し、悲しい顔をしているがどうかしたのだろうか。
「ジュリエッタ……。アルフレッド卿なんて、よそよそしい呼び方は辞めてくれないか……。パパとは呼んでくれないのかい」
パパ……。え? アルフレッド卿って、ジュリエッタお嬢様のお父さん!?
というか、助け出してくれた時はあんなに凜々しかったのに、人が違うかのように人相が違う。
娘がかわいらしくて仕方がない、そんな顔をしている。
お父様というより、パパと呼ぶ方が正しい。そんな緩んだ優しい顔つきだ。
「パ……、アルフレッド卿! 仮にも我が国の英雄ですよ! そんな緩んだ顔は許しません!」
「そ、そうか! ジュリエッタが言うんだったら、英雄らしくいよう!」
アルフレッド卿は僕を奴隷商から助け出した時のような凜々しい顔つきへと変わる。
「リョータと言ったな。ジュリエッタの客人ではなく、国を守る騎士として貴様を語るなら、貧弱な奴隷にしか見えん」
「その意見は否定できません。お嬢様が何故、そこまで僕を過信するか、僕は理解できません」
「そうか、俺は貴様の実力を知りたい。貴様は自分の実力を知る必要がある。ならば、向かうは一つしかないな……」
そう言うと、アルフレッド卿は不敵な笑みを浮かべた。