95頁目.ノエルと伝令と作戦開始と……
ヴァスカル中の国民の命を脅かそうとしている災司を泳がせ、彼らの本命であろうファーリの遺産を正面から守る。
そんなノエルの立てた作戦に、クロネを始めとする数人は頭を悩ませていた。
「一時的とはいえ、呪いによって皆を苦しませるということじゃな……? であれば、ワシはその作戦には断固反対じゃ」
「アチキも反対っス。いくら連中の作戦を止めるためとはいえ、やっぱり国民を巻き込むのは良くないっスよ」
「さっきも言ったが、だからといって騒動が起きる前に全て浄化してしまうのは危険だ。ちゃんとすぐに浄化はさせるから、少しの辛抱をして欲しいだけなんだがな……」
「他の方法は無いんでしょうか? ボクとしても、人を苦しませる前提の作戦というのはいかがなものかと……」
それを聞いたノエルたちは、再び黙って悩み込んでしまう。
すると、ロヴィアが首を傾げてこんなことを言った。
「そもそも連中が呪いをばら撒こうとしてる目的って、国民を人質に取ることと騒動を起こして王国兵士たちをたくさん駆り出すことよね? でも、どうやって作戦の合図を確認するのかしら? 図書館と住宅街ってそれなりに距離あったわよね?」
「そう言われますと確かに……。目や耳で確認するにも遠すぎますし、足で現場から走ったとしても図書館付近の警備が戻るのは時間の問題のはずですわ」
「んー……。ワタシみたいに空間魔法が使えるならまだしも、そうじゃないと信じた上での推測だが、連中は他に騒動の発生を確認する方法があるんじゃないか?」
「連中が起動した呪いの魔具によって人々が苦しみ、通報。それに反応して、王国兵士たちが詰所や持ち場から集まってくる。その隙に禁書庫に潜り込む……か。……って、なんだ簡単な方法があるじゃないか!」
「ノエル様、何か分かったんですか?」
ノエルは自信ありげに言った。
「あぁ、なぜ気づけなかったのか、自分でもビックリだよ。クロネさん、王国兵士たちの詰所はどこにある?」
「この王城と王立図書館の間じゃな。そりゃ、城の警備をしとるんじゃから、近くにあるに決まっておろう?」
「じゃあ、詰所から武装した王国兵士が大量に、それも急ぎ足で出てきたらどう思う?」
「まあ、何か重大な事件があったって思いますわね…………あっ」
「そう。別に現場にいなくたって、連中は事件の発生を知ることができるのさ」
「でも普通は通報があっても、その情報が伝令によって詰所に伝えられるのって時間がかかることよね? それこそ王国兵士たちが出ていくのを見る前に、現場から自分たちの足で戻る方が簡単じゃない?」
そんなロヴィアの疑問に、数人が納得している。
それに対して、クロネはこう返した。
「ヴァスカル国内では有名な話なんじゃが、王国兵士たちはルカが作った魔具の力で一瞬にして伝令が可能なんじゃ。言葉を風魔法に乗せ、遠くへ素早く運ぶ魔具を使って、な」
「あぁ……。王国兵士が何か変な道具に向かって情報伝達しているのを見たことがあったから、魔具か何かだろうとは思っていたが……。まさかルカの作品だったとはね」
「そんなものを作ったこともありましたね……。ボクが学生の頃、王国兵士さんたちが情報の伝達に困っていらっしゃったので、師匠の力もお借りしつつ魔具を作ったのですよ」
「なるほどな。その時から、魔女として立派に仕事をしていたってわけだ。流石はルカ、と言ったところか?」
「とにかくじゃ。王国兵士たちは独自の情報伝達手段を持っておる。無論、作戦を綿密に立てている以上、連中がそれを知らぬはずはなかろう。つまり、災司は詰所を見て事件の発生を知り、ことを起こそうとしておるというわけじゃな」
ノエルは話をまとめるべく、思考を巡らせる。
そして数秒後、ある結論を出した。
「連中は呪いによって騒動を起こし、王国兵士たちを禁書庫付近から減らそうとしている。そして、奴らは詰所を見張った上で騒動の発生を知る。つまり、騒動が起きている現場にはいないってわけだ」
「騒動が起きている現場にはいない……。ってことはもしかして!」
「そう、ここでこの話に至った元の議題に戻ろう。アタシはここの国民を実際に呪いで苦しませて通報させる前提で、あの作戦を立てていた。だが、別にそんなことをしなくても、王国兵士たちが集まるくらいのことを起こせば良かったんだ!」
「つまり、わたくしたちのうちの誰かがおとりになるってことですの?」
「無駄に戦力を割くのはあまり好ましくない。それに、おとりになるにしても連中が呪いを起動するタイミングと合わせるのは至難の技だ。だから、こんな作戦でいこうと考えている」
ノエルは自分が考えた新たな作戦をサフィアたちに伝える。
その瞬間、8人は満場一致で頷き合うのであった。
***
災司たちが指定した日の昼過ぎになった。
ファーリの遺産を渡す予定の夕刻まではまだ時間はあるが、ノエルたちは準備を万端に整えていた。
そして、円卓を囲んで作戦の最終確認をしているノエルたちの元へ、ヴァスカル王がやってきた。
「脅迫状に書いてある通り、今日が奴らの攻めてくる日だ。もちろん遺産を渡す気などないが……その様子だとヴァスカルの民の命を救えるのだな?」
「あぁ、任せて欲しい。だから国王様は、連中にしっかり遺産を渡さないと伝える覚悟をしておいてくれ。いくらアタシたちの力があるとはいえ、民の命が駆け引きの道具に使われる状況には変わりないからな」
「それで、どのような作戦なのだ?」
「この話が連中に聞かれているとも分からないから詳細は伏せるが、夕刻になったら国王様は城門の前で連中を待って欲しい。そして、奴らが来ると同時にきっと何かが起こるはずだ。そうしたら、それに対応するよう王国兵士に伝えてくれ」
「……なるほど。少しの心配はあれど、今回はあなた方の言う通りにしよう。この一件はあなた方の大魔女としての実力が試される場でもある。あなた方を大魔女に任命した余が信じずに誰が信じようというのか!」
ノエルたちは胸を撫で下ろし、国王の宣言に感謝の意を示す。
続けて、ノエルは国王に言った。
「あと、禁書庫への入館許可を欲しい。今日中にファーリの遺産を守り切ることが最終目標なわけだから、それくらいは構わないだろう?」
「無論構わん。だが、遺産のある部屋は遺産を守る結界によって、扉からしか入れない。その扉の突破を許さぬよう、そして遺産そのものが誰かの目に見られぬよう、お願いしたい」
「アタシたち8人の力があれば、災司なんて敵じゃないさ。これまでもたくさんの脅威と戦ってきたんだ。こんなところで負けてたまるかっての!」
「……では、健闘を祈る。きっとあなた方が大魔女で良かったと思えるよう、こちらも奮闘させていただこう」
そう言って、ヴァスカル王は円卓のある部屋から出ていった。
「これで最後の手筈が整った。あとは連中に一泡吹かせて、徹底的に撃退するだけだ!」
こうして、ノエルたちはそれぞれ持ち場について災司の襲来を待つのであった。
***
それから数時間が過ぎ、夕刻となった。
王城の上に作られた防護結界・狂える聖盾の付近から、ルフールは城門前のヴァスカル王を見張っていた。
両手に収まるくらいの大きさの光る結晶は、正しく魔法が発動していることをルフールに教えている。
そんな中、ルフールは災司が来るのをただ待っているのだった。
「いくら空間魔法で瞬間的に移動ができるからって、ワタシが見張りをする羽目になるとは……。まだなのか?」
その時だった。
大通りから、明らかに城門に向けて歩いてくる2つの影が見えてきた。
1つは小柄な少女のもの。
そしてもう1つは筋肉質な大男のものだった。
「来た来た……。あの包帯をしている黒ローブが、目撃情報のあった災司だな」
ヴァスカル王は少し身構え、お付きの王国兵士はヴァスカル王を守ろうと前に立つ。
「さて、ここからどうなるかが見ものだが……。まあ、見た限りだと本当に遺産を渡すつもりはなさそうだ。ワタシの方も準備しなきゃね」
城門前を見張りつつ、ルフールは魔導書を開く。
すると、ヴァスカル王が首を振り、2つの人影が驚いている素振りを見せるのが見えた。
「お、そろそろだな……」
間もなく、2つの人影のうち大きい方から黒いモヤが浮かび上がった。
その瞬間、2つの人影は大通りへと逃げていき、国王は王国兵士を数人追わせるのだった。
それを確認したルフールは、魔導書を破って地面に置き、呪文を唱える。
すると、目の前の景色は一瞬で詰所の付近へと切り替わるのであった。
「よし、転移成功だ。さて、王国兵士たちの様子は……っと」
ルフールが覗き込むと、王国兵士たちが詰所に集まってきている様子が伺える。
そして、詰所の入り口にある大きなベルがカンカンと鳴らされ、その中からローブに武装した王国兵士たちが出てきたのであった。
「来た来たぁ! 木彫りの魔具の魔法がうまく起動したと見える! っと……ちゃんと報告もしなきゃな」
ルフールは再び地面の魔導書に手を当てて、呪文を唱える。
するとその瞬間、彼女はノエルたちの元へと転移したのだった。
「おっ、戻ってきたっスね。ってことは……」
「あぁ、ちゃんと全て予想通りに動いているよ。国王は遺産の引き渡しを断り、災司が呪いを発動。それによって国民から通報を受けた王国兵士たちが、ちゃんと大量に出動しているのを確認した」
「昨日のうちに木彫りの魔具は全て急ぎで回収して、災司の魔法の起動に合わせて浄化の光魔法と小爆発の火魔法が出るようにわたくしが改造しておきましたわ……。全く、なんて恐ろしいことをさせますの……」
「でもルフールの防護結界があるんだから、傷一つ付かない……んだよな?」
「そう言ってワタシの方を見ないでくれよ。魔法はちゃんとヴァスカル中に展開されているのを確認しているし、効果も確認済みだ。木彫りの魔具が爆発したってだけでも人は恐ろしくなって通報する、か。本当に誰だこんな作戦考えたのは!」
7人は一斉にノエルの方へと振り向く。
すると、ノエルは開き直ったようにこう言った。
「ど、どれもこれも、お前たちの魔法の実力を信頼しての作戦なんだ。そうだ……これを受け入れたお前たちも同罪なんだからな!」
「あーっ! ノエル様、それだけは言わないって信じてたのに!」
「私、今回の作戦にあんまり加わってないのに、そんなこと言われるのは心外すぎるんだけど! サフィアちゃんにも、私にもちゃんと謝って!」
「わたくしは喜べばいいのか、怒ればいいのか……」
「防護結界ってそんなことのために使う予定なかったんだけどな……」
「お前たち、いい加減に黙らんか。どんな言葉が魔法の鍵となるか分からない以上、大きい声での私語は慎むように言ったはずじゃぞ。それとも、ここがどこか……忘れたとは言わせんからな?」
そんなクロネの一言に、一同は言葉を慎む。
ノエルたちは周りを見回して、こう返した。
「ここはヴァスカル王立図書館の地下3階。禁書庫の奥のさらに奥。ファーリの遺産が眠る部屋の前の大広間……。その名を『ファーリの資料庫』と呼ばれる、原初魔法の宝庫だ」




