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89頁目.ノエルと大魔女と禁書庫と……

 ヴァスカル王は手に持った書類をめくって、名前を読み上げた。



「次は央の国・ノーリス担当。土魔法の使い手、ロヴィア!」


「私の選考理由は? 国内で知名度がある自覚がないんだけど」


「先代ノーリス王の不祥事を暴き、国政をひっくり返したのだ。自覚はなくとも、国民の中では信頼の的という報告が上がっている」


「それも、魔法と秘術の両方を扱える魔女というだけで、並大抵の災司(ファリス)は近づこうとは思うまいよ。お主は、存在そのものが抑止力と言っても過言ではないんじゃ」


「ふーん。そう言われると悪い気はしないわね。あ、私の要望は、望んだら美味しいものを好きなだけ食べられる待遇であれば何でもいいわ。身体を借りてるロウィにちゃんとお返しをしなきゃだし」


「なるほど、伝えておく。それでは、円卓へ」



 ロヴィアは北の国担当の付近にあった椅子に腰掛け、ノエル達の方を眺めるのだった。

 ヴァスカル王は名前を読み上げ続ける。



「続けて、北西の国・プリング担当。火魔法の使い手、マリン!」


「あら、わたくしですの? てっきり姉様が選ばれるのかと」


「確かにプリングに結界を張り、サラマンダーの獣人以外も過ごせるようになったのはエストのおかげだ。しかし、それだけではプリングは観光都市にはならなかった。そう、あなたが作った獣人闘技場こそが選考理由なのだよ」


「どうやらその闘技場で『マリン杯』なる大会が開かれているくらいには、マリンの知名度はとてつもないものらしいの。それに加えて先日の災司(ファリス)騒ぎの解決もあったし、強さの誇示も十分と言えよう」


「でしたら……わたくしの要望は『マリン杯』の永遠の撤回だけですわ。あのバカ(オクトー)が開催すると言った時点で、国側から却下されればどうしようもないでしょう」


「よほど堪えたんだなぁ、あの闘技大会……。まあ確かにオクトーがいる限りは開催され続けてもおかしくはないが……」



 マリンの必死の頼みをヴァスカル王は諫めて言った。



「伝えておこう。では、円卓には?」


「もちろん着きますわ。サフィーがいるというのに、わたくしが大魔女にならない道理がありませんもの」


「分かった。それでは、あちらへ」



 マリンはサフィーの隣に用意された席に座る。

 残るはノエルとエストの2人になった。



「では、北東の国・ヘルフス担当。運命魔法の使い手、エスト!」


「まあそりゃそうっスよなぁ。とはいえ、そんなに実績があるとは思ってないんスけど?」


「魔女としての知名度より、観光ガイドとしての知名度で選ばせてもらった」


「それ…… 災司(ファリス)対策になってるっスか……?」


「じゃから、これから魔女としての知名度も上げてもらう枠じゃな。運命魔法を扱える魔女というのも珍しいし、実力を発揮するには自己犠牲が伴うじゃろうから難しいことだとは思うがの」


「これからの努力次第ってことっスか……」



 肩を落とすエストを見て、ノエルはクロネに言った。



「待てよ。こいつは将来、精霊と魔法の繋がりを解明してのける魔女だぞ。そのために、この国にクロネさんの話を聞きに来たんだからな」


「精霊……。まさかノエルの口からその言葉が出るとはの。あれは物語の中の空想に過ぎんとか言っとった頃から、何の心境の変化があったのやら……」


「簡単な話、アタシが精霊を見たのさ。それも、ヘルフスで大厄災の呪いを祓った時に、な。続きはあとで教えるが、精霊と特殊魔法について深める場を近いうちに設けたいと考えているから、予定は開けておいてくれよ?」


「なるほど、精霊を……。よし、分かった。じゃが、大魔女集会は希望すればいつでも招集できる仕組みじゃから、ぜひその立場……まだノエルは大魔女ではないが、活用して欲しいものじゃ」


「とにかく、こいつは運命魔法と精霊の研究の権威として大成する奴だ。あまり見くびらないでもらいたい」


「そいつは悪かった。そういえばお前が認めた仲間じゃったな。それでは、こちらへ来るかの?」



 エストは胸を張って頷いた。



「これからのアチキはヘルフス担当の大魔女。だったらいくらでも実績を重ねてやるっスよ! プリングでの経験を存分に発揮してやるっス!」


「ヘルフス王への要望はあるかね?」


「んー、特にないっス。っていうかヘルフス王にはいつも何かしら要望を伝えてるんで。大魔女になったからって何か変わるわけでもないと思うっスから」


「そうであったか。では、円卓へ」



 ノエル1人を残して、エストは席に着いた。

 ヴァスカル王は書類をぱらりとめくって、最後の書類を読み上げる。



「最後だ。北の国・メモラ担当。闇魔法の使い手、ノエル!」


「残ってる場所からして、そうなるのは分かっていたが……。ひとつ聞いてもいいか?」


「ひとつと言わず、いくらでも構わんよ」


「……アタシはメモラで大事な息子を失って、それから各地を何年も転々としていた。だが、他の8人と違って、アタシには実績と呼べるものが何もないんだ。アタシは本当に、大魔女なんて呼ばれていい魔女なのか?」


「実績は確かにない。だが、魔法の実力は他の8人を上回るものだと聞いている。それでもかね?」


「実力だけで抑止力にはなれないだろう。そのために知名度や実績が必要なんだからな」



 ヴァスカル王は顎に手を当てて悩んでいる。



「……ふむ、なるほど。それでは、なぜ我々があなたを大魔女に任命しようと思ったのか、説明が必要みたいだな。まさか説明が必要だとは思わなかったのだが」


「え? それってどういう……」


「メモラ担当、闇魔法の使い手、ノエル。あなたには大魔女()()の任を与えようと考えているのだ」


「統……括……?」


「あなたは他の8人と何らかの関わりがあり、彼女らの実績を陰ながら支える存在だった。そして、それと同時に彼女達の中心にいる存在だった。そんな人物が大魔女に選ばれないはずもあるまい?」



 ヴァスカル王の問いかけに首を傾げるノエルだったが、やがて理解し始めた。



「アタシが……中心に……。まあそう言われてみると……?」


「えっ、自覚なかったんですか、ノエル様!?」


「呆れましたわ……。何か様子がおかしいと思っていれば、そんなことに気づかず悩んでいたなんて……」


「ま、その無自覚さが信頼の証拠っスね。無意識での善意はリーダーの資質の源っスから」


「ノエルがいなかったら、ロウィとも再会できなかったんだし、大魔女の中にあんたがいないなんてあり得ないでしょ。この中で一番、大魔女って称号が似合う魔女だってのに」


「お前ら……」



 ルフールも、クロネも、サティーヌも同じように頷いている。

 ノエルはヴァスカル王に向き合って、言った。



「分かった。アタシも要望は言っていいんだよな?」


「もちろんだ。それに、あなたはより特別な待遇として扱われる人物。どんなことでも構わない」


「……アタシとイースが住んでいた家。あそこの周辺をアタシたち以外立入禁止にして、もし既に誰か住んでいたりしたら追い払ってくれ」


「む……。その周辺の立ち退きを国の責任で請け負って欲しい、ということか……。一応伝えておこう」


「もちろん新居の斡旋も含めてやってくれよ。アタシのせいで恨み辛みが出るのはゴメンだからね」


「了承した。では、最後の席に座ってもらおう」



 ノエルはヴァスカル王に礼をし、円卓の一番大きな椅子に座った。

 横にはロヴィアとマリンが座っている。

 ヴァスカル王はノエルたちを見回してこう言った。



「さて、全ての大魔女が揃ったところで、大魔女集会を始めようではないか。この集会こそ今回集まってもらった目的とも言えるが、重要なのは議題だ」


「ただの集まりじゃないとは思っていたが、何かアタシたちに依頼するようなことがあったんだな? それも災司(ファリス)に関する」


「察しが早くて助かる。あなた方は知っているだろうか。この国の禁書庫の最奥に封じられている『ファーリの遺産』を……」


「昨日初めて知ったが、一応知っているよ。って、まさかそれと災司(ファリス)が関連してるってことは……」


「これを見て欲しい」



 ヴァスカル王は文字が書かれた小さな紙をノエルたちに見せた。



災印(ファーレン)が描いてありますわね……。その内容は……」


「『ファーリの遺産を渡せ。さもなくば、ヴァスカル中の民の命はないと思え』……か。何やら物騒な脅迫文っスねぇ?」


「もちろん渡す気がないから集めたんだよな?」


「その通りだが、問題はここからだ。指定されているのは今日から5日後の夕刻。それまでに災司(ファリス)を探し出し、ヴァスカルの民を救わねばならぬ。だが、どのようにしてヴァスカルの民の命を脅かそうとしているのかが分からぬのだ」


「そこでアタシたちの出番ってわけか。なるほど、腕が鳴るねぇ」


「ノエル、これは命がかかっていることですわよ。控えなさいな」


「う、そうだったな……。非礼を詫びるよ……」



 ノエルは頭を掻き、ヴァスカル王に尋ねた。



「それで、そいつをどうにかするのはもちろん構わない。だが、報酬はどれくらい出るんだ? 大魔女の称号の対価とはいえ、流石に重い仕事だぞ」


「では、何を望む?」


「決まっている。『ファーリの遺産』とは何なのか、この目で確かめたい」


「……なるほど。ファーリの直系たる、我が王家の者しか中身を知らぬあの由緒正しき神器を、その目で見たいと申すか」


「あぁ、なんたってあの大厄災本人様の遺産だ。災司(ファリス)が狙うのも当然といえば当然だが、守る立場のアタシたちすら中身を知らないというのは、些か守る必然性に欠けると思ってね」


「幾分か遠回しな言い方だな。見たければ見たいと言えば良いものを」


「おぉ、見せてくれるのか!?」



 ノエルは食い入るようにヴァスカル王に目を向ける。

 ヴァスカル王が周りを見ると、他の8人も同じように彼の方を見つめているのであった。



「……良かろう。予告の日までにファーリの遺産を守りきり、ヴァスカルの民の命を欠けず救うことができた暁には、あなた方に見せると約束しよう」


「感謝するよ、国王様! これで、俄然やる気が湧いてきたってもんさ!」


「ええ、それで蘇生魔法のヒントが得られれば、研究が一気に進みますわね! まあ、中身がどんなものか分からないので、完全に期待しているわけではありませんが……」


「ワシも中身についてはよう知らん。じゃが、魔導書でないことは確かじゃから、魔法の研究に役立つかは保証せんぞ」



 はしゃぐノエルとマリンに、クロネが口を挟む。



「ん? どうして魔導書じゃないって分かるんだ?」


「ファーリが使っていたという原初魔法の魔導書は全て、遺産とは別の形で禁書庫に保管されておるんじゃ。それも許可なく読むことはできんし、仮に読んだとしても消費魔力量が圧倒的に足りんがな」


「ほう、特殊魔法の魔導書があるのは知っていたが、原初魔法の魔導書まで保管されていたのか……。クロネさんの承認があっても閲覧は無理なのか?」


「許可の一任はされとらんから申請されたら時間はかかるが、一応閲覧は可能じゃよ。とはいえ、ワシに頼むよりそこの国王に頼む方が早いと思うぞ」


「早速、大魔女の特権の使い所ってやつか。では、ヴァスカル王。ファーリの遺産は別次元だから特権じゃ無理だとしても、禁書庫の原初魔法の文献の閲覧許可くらいはもらえるかい?」


「……良かろう。ただし、魔法の研究に使うだけに留めて欲しい。流出されると困るというのもあるが、もしも凄まじい魔力量を持つ魔導士が原初魔法を使えてしまえば何が起こるか分からぬからな」



 ノエルたちはマリンの指輪の光魔法の威力を思い返し、身震いする。

 そして、ノエルは頷いて言った。



「分かった。参考資料にする程度に留めておくし、頭の中にだけ記録しておくよ。あ、そうだ。その許可はアタシたち全員に出たものと考えていいのか?」


「魔法であなた方に変身し、大魔女の権限で禁書庫に入る輩が現れる可能性もある。それを考えると、クロネを通してもらう方が安全であろうな。頼めるか?」


「そういうことであれば、ワシが禁書庫の受付となろう。どれだけ良くできた偽りの姿を用いようとも、ワシの目を誤魔化せはせんからな」


「よしきた。じゃあ、早速災司(ファリス)の連中の炙り出し方と、どのようにしてヴァスカル中の命を人質に取っているのか。これらを話し合おうじゃないか。そして、この話が終わったら存分に禁書庫を読み漁るとしよう……!」



 ソワレの代理であるサティーヌを除く8人は、一斉に声を上げて歓喜の声を上げた。

 今この時こそ、8人の大魔女が一致団結した最初の瞬間なのであった。

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