87頁目.ノエルと準備と再会と……
ヴァスカル城・第二客室前。
ノエルたち3人とエストは、クロネに案内された部屋のひとつ目にたどり着いた。
ノエルが客室の扉を叩くと、聴き覚えのあるはきはきとした返事が返ってくる。
返事のままに扉を開くと、そこにはルカが立っていた。
「ノエルさん! いらしてたんですね! お元気そうで何よりです」
「あぁ、ルカも元気で何よりだ。まさかお前が大魔女に選ばれるとはねぇ。どんな称号かもよく分かっちゃいないが」
「大魔女ですか……。ヴァスカル王が作った称号ですし、何か意味のあるものだとは思うのですが、些かボクには荷が重い呼び名ですね……」
「またそんな卑屈になって……。大海蛇が起こした砂嵐を止められたのは、あなたの研究の成果と協力あってのことですわよ? ちゃんと功績があるじゃありませんの」
「いえ、その功績はボクひとりのものじゃありませんから……。それに他の大魔女の方……サフィアさんも含めて、皆さん凄い方ばかりですし……」
「んー、何があったかはアチキには分からないっスけど、ひとりきりで成し遂げられる功績なんてないんじゃないっスか? 誰かが一緒にいたから成し遂げられた功績なら、それは全員それぞれの功績っス。落ち込むことないと思うっスよ」
その時初めてエストに気づいたルカは、ただ一言こう言った。
「誰……です?」
「まあ、そうなるだろうねぇ……。こいつはエスト。蘇生魔法の協力者の1人で、運命魔法の使い手。そして大魔女の称号を貰う予定の1人だ」
「よろしくっス」
「よ、よろしくお願いします……」
「はい、自己紹介も終わったんだし、とりあえず卑屈になるのはもうおしまいね。お互いの近況を共有しましょう?」
「そ、そうですね! 立ち話もなんですし、こちらへどうぞ。お茶を用意しますね」
ルカに案内され、ノエルたちはソファに腰掛けた。
そして紅茶を飲みながらノエルたちとルカは情報を共有し始めたのだった。
「避暑の風魔法の研究はどうなんだい?」
「ええ、つい先日終わりました! あれからおよそ半年ほど、長い研究でしたが……ようやく! 魔導士1人で魔力を賄えるくらい、消費魔力を抑えた魔法を完成させることができました!」
「おおっ、おめでとう! これで物流の世界に新たな風が吹くんじゃないか?」
「いえ、まだ実用性には欠ける魔力消費量ですから、まだまだ研究を続けないと普及するにはほど遠いんです。ですので、また研究依頼書を発行してもらいました!」
「依頼書って国側が発行するものであって、個人が頼んで発行してもらうものじゃないような……。まあ、国が依頼してくれたんなら何よりだけど」
「まあまあ。それで、ラウディ周辺の魔女探索の方はどうでしたの?」
「あぁ、それは滞りなく。きちんと地図にまとめてありますので、持ってきますね」
そう言って、ルカは寝室らしき部屋に駆けていき、紙の束が入ったカバンを持ってきた。
それらは全て地図だった。
ノエルたちはその地図を手に取って眺める。
「……地図にしては多すぎないか?」
「魔女探し用の地図はこちらの1枚にまとめています。それ以外の地図は、ラウディ周辺の魔力の種類と濃度の分布をまとめたものです」
「あぁ、どうも……。なるほど、あまり目ぼしい魔女はいなかったと…………って、今何て言った?」
「その1枚以外は、ラウディ周辺の魔力の種類と濃度の分布をまとめたものです。以前の大海蛇のようなことが起きていないか、魔女探しついでに調べていたんですよ」
「は……はぁ!? この地図……100枚近くあるぞ!? これ、全部1人でやったってのか!?」
「ええ、ボク1人でやりましたよ。こういう単純作業、好きですので」
「こ、こんなの……半年近くとはいえ、並大抵の作業量じゃないっスよ……? 魔女探しの方がついでじゃないっスか……」
ルカの仕事量に圧倒され、ノエルたちは言葉を失ってしまうのであった。
***
そしてしばらくして、ノエルたちが旅の話の続きを聞かせたあと、ルカはこんなことを言った。
「未来に起こりうるというノエルさんの死については懐疑的ですが、蘇生魔法の研究をする上で誰かの犠牲が必要なのであれば、その研究は止めるべきだと判断します」
「前にも言ったが、アタシには安全な蘇生魔法を作る気しかないよ」
「それなら良いのですが……。あ、そういえば研究はいつ始めるんです? もうある程度人数が集まっていると仰っていましたよね?」
「研究を始めるにはいくつか準備が必要なんだ。それが終わり次第始めようと思っているよ」
「準備……ですか?」
「1.クロネさんの説得。これはクロネさん次第だな。2.光魔法に秀でた魔女に見解を聞く。これはマリンに頼む。3.研究及び魔法発動の場所の確保。これは……全員で話し合うべきか。4.特殊魔法についての研究。これが一番時間かかりそうだな」
ルカは一生懸命にメモを取っている。
すると、サフィアが手を挙げて質問した。
「ファーリの遺産はどうします? 蘇生魔法と関連はないようには思いますけど」
「うーん……。一応、1人の魔女として調べておきたいから……5番目に入れておくか」
「災司についてもどうにかしませんとね。蘇生魔法が完成したとして、連中に持っていかれたりしたらファーリの蘇生に使われる恐れがありますし」
「それについてはイース個人に対してしか使えない魔法を作ればいいだけ……のはずだが、念のために対策は必要か。ただ、どこにいるかも分からない連中をどうすればいいのやら……」
「とりあえずは要対策、と」
ルカはそう言ってメモをすると、ぱたんとそれを閉じた。
「以上をまとめますと、6つの準備が必要ということですね。まだ数年はかかりそうな様子でしょうか」
「そうだねぇ……。少なくとも3年……長くて5年くらいか。まあ、準備だけで数年かかるのは分かっていたし、魔女の5年なんて短いもんだろう?」
「数年何もせずに待てということではないでしょうし、ボクとしてもそれくらい時間を頂ける方が蘇生魔法に役立つ知識が蓄えられることでしょう。ですので、ボクが必要な準備以外が終わり次第呼んでいただければ」
「おっと、ちゃんとどこにいるかクロネさんに連絡しといてくれよ? まあ、ラウディから出るかどうかってのもあるだろうけど」
「ええ、それはもちろんですとも。手紙ばかりでも困ると聞いたので、師匠と直接会って報告するようにしますね」
「あぁ、助かるよ。それじゃ、アタシたちは他の魔女のところに行ってくるから、また明日」
「行ってらっしゃいませ。また明日の『大魔女集会』とやらでお会いしましょう」
そう言って、ノエルたちはルカの部屋を出た。
***
第二客室の隣の部屋、第三客室前。
ノエルが扉をノックすると、すぐにその扉が開いた。
「あ、ノエル! やっぱりあんたたちも来てたんだ」
「ロヴィア……だな。久しぶりだね」
「ご飯を食べる時以外は基本的には私が表に出ているから、目の色で判断しなくても大丈夫よ」
「なるほど、覚えておくよ。そういや、バンダナ外してるんだな」
「耳を隠す必要がなくなったもの。だけど、ほら。ちゃんと腕に結んでるわ」
そう言って、ロヴィアは左腕に巻かれたバンダナを見せる。
すると、ロヴィアとエストの目が合った。
「……そこの人は初めて見る顔ね?」
「蘇生魔法の研究に関わることになったエストっス。ノエルから話は聞いてるっスよ。人の顔をした獣人とは……めちゃくちゃ興味深いっス!」
「お、おぉ……見るからに面白い人ね……。私はロヴィア。よろしくね」
「よろしくっス! ロウィちゃんにも是非会いたいものっスね。面白そうな話が聞けそうな気がするっスし」
「だったら、一緒に食事でもどう? ロウィに会うならそれが一番手っ取り早いわ」
そう言って、ロヴィアは荷物を持ってノエルたちと部屋から出た。
そうして、ノエルたちは城の外にあるレストランに食事をしに行くのであった。
***
食事が机に運ばれてきて間もなく、ロヴィアはグラスを手にする。
「じゃあ、私はこの一杯だけでお暇するけど、くれぐれも! くれぐれも食べさせ過ぎないように!」
「はいはい。じゃあ乾杯するか」
「では、わたくしが音頭を取りましょう。それでは皆さま、グラスを手に。大魔女に選ばれたことを祝って〜」
「「「「かんぱーい!!」」」」
グラスに入った果実酒を飲み干し、ロヴィアは目を瞑る。
すると、額の宝石が光り始め、ロヴィアの髪が浮き始める。
そして、目を開くとその色は透き通った黄緑色になっていた。
「……さあ、食べるわよ〜!」
「喋り方はほぼ変わってないけど、元気の良さが違うな。久しいね、ロウィ」
「ふぃふぁふぃぶい(ひさしぶり)!」
「だーっ! 食いながら喋るな!」
「ごくっ……。ゴメンゴメン! 美味しそうだったからつい……」
「食べ過ぎないように、今回はちゃんとアタシたちが見張っておくからな」
「ご迷惑をおかけします……。それで、アタイに会いたい人がいるって聞いたんだけど」
そう言われ、エストは自己紹介をして、ロウィと色んな話をし始めた。
ロヴィアの話、魂の器がある心の中の話、昔のノーリス王都の話など、何時間も話を広げたのであった。
***
その後、エストと話して満足したロウィはロヴィアと交代し、話は大魔女集会についての話題に変わった。
「大魔女……ねぇ。かなり仰々しい名前だし、ファーリを差し置いてそう名乗るのも気が引けちゃうところがあるわ」
「ファーリと言えば……ロヴィア、お前は原初の大厄災についてどれくらい知っている? 大厄災が起きた頃はまだアルバ大陸にいたと思うが」
「当時のことを人伝に聞いたのが最初だったけど、ノーリスに来たあとにノーリス王立図書館で大厄災の文献は全て読んだわよ。アルバ大陸出身とはいえ、これでもファーリの血を引いた魔女だしね」
「そういや秘術って力も持ってるんスよね? 仕組み自体は魔法と似ていると聞いてるっスけど、ファーリの出生と何か関連があったりして……」
「そもそも秘術は魔力じゃなくて、魂から出る精神力を利用したものなの。だから精霊の力を借りる魔法と作用は似ていても、根本的には違うものよ。まあ、秘術が獣人だけに宿る力とも限らないから、関連がないとは言い切れないけど……」
「なるほど、精霊を見ることができる秘術を持っていたという可能性か。まあその場合、秘術が遺伝しないものという前提が覆ることにはなるし、ただの人間の子供にどうしてそんな精神力が宿っていたのかも分からないわけだが」
あれこれと話を膨らまして魔女談議を始めたノエルたちだったが、しばらくして突然、話の路線を戻した。
「話に夢中になって確認をすっかり忘れていた。融合の秘術の訓練はうまくいっているかい?」
「うーん……。一応訓練はしてるけど、進捗はまずまずといったところかしら」
「アタシたちは3年から5年を目処に、蘇生魔法の研究の準備を終わらせるつもりだ。焦らせるつもりはないから、時間をかけて習得してくれて構わないよ」
「それはありがたい話だわ。工場の切り盛りと土魔法の修行とで、なかなか時間が取れなくって……」
「忙しいのであれば仕方ないさ。魔法もそうだが、新しい力を身体に馴染ませるのには時間がかかるからね」
「そうだ、あなたたちの方はどうなの? ちゃんと人数揃ったんでしょうね?」
ノエルは胸を張って答えた。
「揃った! はずだ!」
「はず、って……。まあ、それだけ自信満々に言えるくらいには良い人材が集まったのね。それは何よりだわ」
「明日の大魔女集会とやらに来るであろう魔女全員が、蘇生魔法の研究に携わることになる。これが偶然なのか、狙ってのことかは知る由もないが……まあ、頼りになる魔女が揃っているよ」
「明日の集会が他の人たちとの初対面だし、自己紹介にはいい場かもしれないわね。あ、だから集会って名前だったりして」
「アタシもそこが引っかかってるんだよな……。称号を授与するだけなら『授与式』で構わないはずだ。なのに、なぜ『集会』などと、今回以外にも集まるかのような名前なんだ……?」
「それは確かにそうですわね……。ただの称号ではないということでしょうか。まあ、明日分かることですし、色々と勘繰るのはやめておきませんと」
「そうだな。じゃあ、そろそろ遅い時間だし、城に戻るか」
そうして、食事代を払い終えた5人は城に戻り、ノエルたちは第三客室でロヴィアと別れた。
その後、ノエルたちは第一客室に戻り、来たる大魔女集会に向けて手早く風呂に入り、十全な睡眠を取るべく、ベッドへと潜り込むのであった。




