84頁目.ノエルと覚悟と変えられない運命と……
「あ、そういえば」
その日の夕食後。
ようやく身体の力が戻り、食事を完食したサフィアは声を上げた。
「ん? どうかしたか?」
「ノエル様もお姉ちゃんも、呪いを祓うのに夢中になって、当の目的をすっかり忘れてない?」
「当の目的……? そういえば姉様の修行を手伝うつもりではありましたが、何か忘れているような……って、あっ」
「あぁ……。そういや、そういう目的でこいつの修行を手伝ってたんだっけ……。もうそろそろ頃合いだろうし、聞いておこうか」
「おっ、何の話っスか?」
「エスト、お前の友人としてお前に尋ねたいことがあるんだ」
ノエルは息を呑んで、真剣な眼差しでエストを見つめて言った。
「お前、あの時の……蘇生魔法についての占いで何を見た……?」
「っ……!」
エストは驚き、眉間にシワを寄せる。
「そ、それは言えないって言ったはずっスよね……?」
「あぁ、そしてあの時アタシはお前の占いに間違いはないからと言って、一度身を引いたよ。だが、今回の一件でお前のことをさらに知って、こう思ったのさ」
ノエルはぴっ、とエストの眉間に逆さ手で指を差す。
「運命魔法がお前にとってまだ未知の魔法なのであれば、占いの結果にも間違いがあるんじゃないか、ってね。実際、クリスがそれを証明したわけだし」
「い、いや……。そんな……ことは……」
「そもそも、だ。お前はアタシたちに伝える以前に、自分で自分が見たものを信じられなかったんじゃないのかい? あの時のお前は、絶望とか悲嘆を感じさせる……そんな表情をしていたよ」
「あれは……。いや、あれはアチキ自身を信じられなかったなんて……そんなことじゃないっス……!」
「お前は今、アタシたちの未来に信じられない光景を見たことを否定しなかったな?」
「うぐっ、しまったっス……!」
エストは不意に口を押さえる。
マリンとサフィアは心配そうにエストを見つめており、ノエルは手を引っ込め、気を抜いて言った。
「だからこそ、友人として心配しているのさ。アタシたちの未来にあった、信じられない光景ってのをお前だけに抱え込ませたくないんだよ」
「はぁぁ……。まさかこんな展開になるなんて、占いでも出なかったっスよ……。こんな簡単な罠に引っかかっちまうなんて……」
「別に罠にかけたつもりはないさ。アタシはアタシの思っていることを言っただけだからね」
「で、では……姉様が何を見たのか、聞かせて頂けるんですの?」
「本当は言いたくないっスよ……。でも、こんなに心配されている以上は言うしかないじゃないっスか。ただ、その前に聞いておかなきゃならないことがあるっス」
エストはノエルたちに尋ねる。
「アチキが何を見たのか聞きたいっていうのは、どんな未来をも受け入れる覚悟があるってことで間違いないっスか……?」
「あぁ、無論だ。それだけが確定した未来じゃないって、お前が教えてくれたことだしね」
「姉様が見た未来がどんなに絶望的なものだったとしても、それを変えるのがわたくしたち魔女の役目ですわ」
「うん! それにその運命だってエストさんがいるから知ることができるんだし、一緒に対策も考えましょうよ!」
前向きに答えた3人だったが、エストはまだ不安そうな顔で聞いた。
「もし、もしもっス。その運命が変えられないものだとしても……っスか?」
「うーん……もし変えられないのだとしても、それはそういう運命なんだから受け入れるしかないんじゃないか? それにさっきも言ったが、占いで見た運命は変えられる可能性もあるだろう?」
「そういうことじゃないんス。この運命を聞いたら、ノエルたちのこれからが無駄になる可能性もあるって言ってるんス! そんなこと、アチキは嫌なんスよ……」
「これからが無駄になるくらいの過酷な未来……。あたしだったらちょっと躊躇っちゃうかも……」
「しかし姉様の言い方ですと……ここまでやってきたことは無駄にならない、ということですわよね? でしたら、蘇生魔法が失敗するというわけではなく、その過程で何か起こるのでしょうか……?」
「蘇生魔法が成功するんだったら、何が起ころうと別に気にしなくて良いとは思うけどな……。まさか、誰かが死ぬとかそんなことじゃあるまい……し…………」
ノエルたち3人はしばらく考え、ハッとしてエストの方を見た。
エストは泣きそうな顔で言葉を溢したのだった。
「……だから言いたくなかったんスよ」
「変えられない……運命なのか?」
「もちろんノエルたちが足を止めるか、アチキが手を貸さなかったら変えられるっスよ。まだ運命魔法で運命を変えなくても引き返せる分岐点っスから」
「一体誰が……死ぬんですの……?」
「そ、それは…………」
「アタシだろう? 無理して言わなくても大丈夫だ」
エストは驚き、顔を歪めたままそれを否定をしなかった。
マリンとサフィアは信じられないという表情をして固まっている。
「どうして……そう思ったんスか?」
「お前はこの運命を知ることでアタシたちの『これからが無駄になる』と言った。つまりそれは、アタシたちがこれから無意味な時間を過ごすことになる、とも置き換えられる」
「そうっス。無意味な時間を過ごして、蘇生魔法は無意味な魔法になるっスよ」
「ここでもしサフィーが死ぬのだと知れば、アタシはすぐに蘇生魔法の研究から身を引くさ。それがマリンでも、だ。だが、だからといって研究から身を引いたとしても、これからは有意義なものになるんじゃないのかい? まず、この時点で矛盾している」
「ノエルが死ぬとしても、それは同じなんじゃないっスか?」
「いや、もしアタシだけが死ぬのであれば、アタシは研究を続けるさ。あぁ、確かに研究を続けるのは無意味な時間と捉えることもできるかもしれないね? そう、お前は……まるでアタシが蘇生魔法作りを続けるような言い方をしたんだよ」
これもエストは否定しなかった。
すると、マリンとサフィアがほぼ同時にノエルの手をそれぞれ力強く握って言った。
「あ……あなたが止まらないのなら、わたくしが止めますわ。姉様が力を貸さなくても、あなたなら蘇生魔法を完成させかねませんし!」
「あたしも……ノエル様が死ぬなんて、そんな未来は嫌です……! これからを無駄になんて絶対にさせません!」
「マリン……サフィー……」
「アチキも止めるっスよ。ほら、さっさと蘇生魔法の研究を諦めて──」
「はぁぁぁぁ…………」
それは、ノエルの渾身の溜息の音だった。
マリンたちがノエルの顔を覗き込むと、そこには怒りでも悲しみでもない、ただ呆れた表情があったのだった。
「は──はぁ!? どうしてそんな呆れた顔をしているんですの!?」
「あたしたち、何か変なこと言いましたっけ!?」
「急に溜息なんて吐くからびっくりしたっスよ! どういうつもりっスか!」
「お前らなぁ……。さっきの『運命なんて変えてみせる!』みたいな意気込みはどこに消えたんだい! それに、アタシはこいつの占いに間違いがあってもおかしくないって、ずっと思ってるからな!?」
「「「はぁぁぁ〜!?」」」
ノエルのあまりの奇想天外な反応に、マリンたちも呆れて声を荒げる。
そして、お互いに顔を見合わせ、4人は大笑いするのであった。
「全く……諦めが悪い女ですこと!」
「お前に言われる筋合いはないが……。今回ばかりはそう認めざるを得ないかねぇ……」
「でも、だからこそ、この運命は変えなきゃいけないと思うんです! 諦めの悪さで言ったら、あたしの師匠が世界一なんだから!」
「はー、まさかこんなことになるなんて思わなかったっスねぇ。占いの結果を自分たちでねじ曲げようとするなんて、話に聞いていた大厄災の呪いの力じゃあるまいし……」
「アタシたちは、自分たちの手でこの運命を変えるんだ。あんな魔法を吸収したり、魔法の影響をねじ曲げるだけの意味の分からない物体と一緒にするんじゃないよ」
そんなことを話しながら、ノエルたちはずっと談笑し続けていた。
結局、エストは占いで見たノエルの死について見たものを全て語り、ノエルはそれを話半分に聞くのであった。
***
そして、しばらくして夜も更けてきた頃、ノエルはエストにこう言った。
「いいか、エスト。アタシたちはこの未来から目を背けるわけじゃない。ちゃんと向き合うためにこの旅を続けなきゃいけないんだ。だから……お前も協力してくれないかい?」
「死ぬかもしれないってのに、本当に前向きでいられて羨ましいっスよ……」
「お前の見た運命を聞いた限りだと、アタシは蘇生魔法のために自死するんだろう? そんなこと聞かされて、ただ前向きでいられるとでも思ったか?」
「まあそれはそうっスけど。じゃあなんでそんなに前向きなこと言ってるんスか? 無理してるんスか?」
「いいや、無理はしていない。死ぬのはもちろん怖いけど、だからって立ち止まる理由にはならないからね。それに、こいつらがいるし、お前もこれまでにも多くの人が支えてくれているんだ。それを無駄にするようなことを軽々しく口にはできないさ」
ノエルはエストに向けて手を差し出す。
「もう一度尋ねるぞ。アタシの、アタシたちの運命を変えるためにお前の力を借りたい! 協力してくれないか?」
「……その運命がアチキの運命でもそうでなくても、もう関係ないっスね! 分かったっス、蘇生魔法作り、アチキの力をどうぞ使って欲しいっス!」
「ありがとう、エスト!」
「よろしくお願い致しますわ、姉様……!」
「これからもよろしくお願いします、エストさん!」
「こちらこそっス!!」
こうして、ノエルたちはエストを蘇生魔法作りの仲間に引き入れることに成功したのだった。
そして自分たちの運命を知ったノエルたちは、それを変えるべく旅を続けることにしたのであった。




